File34 出鼻と火花

 じっと様子を窺っていると、奴らの行動パターンが分かってきた。

 

 四人並んだマネキンは一つ飛ばしで二体が病室に入り、残り二体は廊下に待機している。

 

「今はまだ距離がある……絶対に二体見張りがいるなら、距離が開いている今のうちに行こう……」

 

 耳打ちすると星崎も小さく頷いた。

 

 二体が部屋に入って出てくるまではおよそ一分程度。

 

 中に入ってから三十秒数えて、僕らはリネン室を飛び出すことにする。

 

「よし……行こう……!」

 

 リネン室の斜め前の階段に向かって、僕らは勢いよく駆けだした。

 

 その音を聞きつけて二体のマネキンがぐるん……! と首を回転させる。

 

 コキ……コキコキコキコキコキ……!

 

 叫ぶように音を立てると、すぐに部屋から残りの二体も顔を出した。

 

 まるでそうプログラミングされているように、同じタイミング、同じ姿で、部屋から首を出すマネキンに再び背筋が凍り付く。

 

「星崎……! 急げ……!」

「急いでいる……!」

 

 迫りくるマネキン達を尻目に、僕らは階段にたどり着いた。

 

「三階のナースステーションに……!」

 

 星崎はそう言って手すりを掴むと同時に固まった。

 

「おい……⁉ 急げったら……!」

 

 叫びながら覗き込むと、階段の踊り場は大量のマネキン達に埋め尽くされていた。

 

 コキ……コ、キ……

 

 その中の一体が嘲笑うようにこちらを見て首を鳴らす。

 

 ダメだ……ここは通れない……

 

 僕は星崎の手を掴んで、もと来た方へと引き返した。

 

 すると廊下のマネキン達もまた、ありもしない顔に意地の悪い笑みを浮かべてコキコキと首を鳴らして僕たちを出迎える。

 

「なめやがって……」

 

 ふと床に落ちたモップに目がいった。

 

 相手は四人……

 

 狭い廊下なら実質は一対一……

 

 それなら……

 

「もう二度とやらないつもりだったけど……やってやるよ……!」

 

 僕はそう叫んでモップを掴んだ。

 

「空野……⁉ 無理は禁物……!」

「大丈夫……中学のころ剣道で県代表……!」

 

 モップを正眼に構えて呼吸を整える。

 

 長い上に邪魔なモジャモジャがついたモップが気がかりではあるけれど、素手よりは百倍マシに思えた。

 

 頭の中でイメージする。

 

 出来るだけ最短で勝負を決めるイメージ。

 

 剣士時代に得意だった、相手の出鼻を挫く小手打ち。

 

 その感覚を……思い出せ……!

 

「きぃぇえええええええ……!」

 

 僕は気合の声を上げた。

 

 背後でビクッ……と星崎が身を固くしたのを感じる。

 

 それと同時に、最前列のマネキンも僕めがけて不気味な動きで襲い掛かってきた。

 

 ここだ……

 

「小手ぇええええええ……!」

 

 振り上げようと高くなったマネキンの右手をモップが叩き落す。

 

 同時にマネキンは砕けて無くなった右手を見つめて物凄い声で悲鳴をあげた。

 

 頭の中でチカチカと火花が散った。

 

 恐怖とアドレナリンが鍔迫り合いするみたいな、激しい火花だった。

 

 怯むな……チャンスだ……!

 

 僕はマネキンのこめかみを狙って、変則的な面のような一太刀を振るった。

 

 その衝撃でマネキンの首が地面に落下する。

 

 するとマネキンは二、三歩その場でたたらを踏んでから崩れ落ちるようにして動かなくなった。

 

「行こう……!」

 

 僕は星崎に声をかけ、残る三体めがけて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る