File33 違和感と非常灯
落ちれば二人とも助からない……
そんな状況がすぐに僕の邪念を払ってくれた。
お尻と太もものことを考える余裕は微塵もない。
脛の筋肉とハムストリングを小刻みに痙攣させながら、僕は少しずつ垂直の通気口を降りていく。
足の筋肉だけでは足りず、結局両手も使いながら僕は落下と静止を繰り返す。
途中何度も星崎が「重くない?」と確認したけれど、当然返事をする余裕はなかった。
ただ小さく頷きながら、バランスをとることと力の抜き差しに全神経を集中させる。
滝のように汗が噴き出してきて、限界が近づいてきたその時、踵が壁ではなく空に触れた。
「よし……下の階に着いた……!」
僕はズルズルと、滑るように下を目指し、星崎が横穴と水平になるように位置どった。
すかさず星崎は横穴に滑り込み、僕に手を伸ばした。
その手を掴んで、僕も横穴に転がり込む。
僕らは今日二度目の床ドンみたいな格好になって、思わず声を殺して笑いあった。
「はぁ……死ぬかと思った……」
僕が笑いながら言うと
「こっちのセリフ。生きた心地がしなかった」
そう星崎が返してくる。
「僕に乗っかってただけのくせに!」
「変態にお尻を預ける恐怖を空野はまだ知らない」
僕らはもう一度小さく笑いあってから、真顔に戻った。
まだ安全には程遠い。
「とにかく通気口を出よう……ここにいたらいつか追いつめられる」
「廊下は避けるべき。どこかの部屋、なるべく階段に近い場所がいい」
僕らは大急ぎで通気口を這いまわった。
網目を見つけるたびにそこから下を覗き、条件に合う部屋かどうかを確認する。
やっと条件に合うリネン室を発見し、僕らはそっとカートに積まれたリネンの上に飛び降りた。
「この階にもマネキン達がいるかも。ここからは会話は極力禁止」
静かに僕は頷いて、リネン室の扉に備え付けられた窓から廊下を覗き込んだ。
違和感がある。
その正体が分からずにしばらく首を捻っていると、ぽそ……と星崎がつぶやいた。
「おかしい……スマホを出してないのになぜ明るい……?」
「それだ……! 違和感の正体はそれだ……!」
廊下の蛍光灯に明かりが灯っている。
古いせいか、どことなく緑がかった不気味な光。
それが廃棄物の堆積した廊下や、ひび割れて染みだらけのコンクリートを薄ぼんやりと照らし出していた。
「でもなんで今頃明かりが……?」
「非常電源か発電機が作動したんだと思う……理由は不明」
まるで異界に迷い込んだような気分だった。
現実味を著しく欠いた光景に、再び鳥肌が立ったその時、コキ……と音がして、エレベーターからマネキンが現れた。
数体のマネキンは廊下へと出てくると、まるで病棟を巡回するナースのように、一つ一つ、病室の扉を開けていく。
「マネキンだ……僕たちを探してる……」
「部屋に入った隙に、階段へ向かう……音を立てずに出来るだけ早く……」
僕らは息を潜めたまま、マネキン達が病室に入るタイミングを待つことにした。
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