File29 ハンドサインと欠陥マネキン

 カチャ……

 

 充満する不穏とは不釣り合いな小気味の良い音を立ててドアノブが回った。

 

 部屋一面に配置された大量のマネキンに出迎えられ、またしても僕たちは息を呑んだ。

 

 凹凸も何も無い、のっぺらぼうのマネキンたち。

 

 ただ、胸のふくらみとマネキンの仕草から、それらが女性であることは理解できた。

 

 今にもマネキンの口から絶叫が聞こえてきそうで、僕は気が狂いそうになる。

 

 遠くでカン……カン……と鳴り始めた金属の警告音が、じわじわと心臓を締め上げ、脂汗がにじんでくる。

 

「星崎……早く鍵を探そう……この部屋は本当にヤバい……」

「同感……院長の机を探す……なんとなくマネキンには触らないほうがいいと思う……」

「僕もそう思うよ……」

 

 無数に立ち並ぶマネキンに触れないように、僕らはなかば這いつくばるようにして部屋を進んだ。

 

 板張りの窓から見える空は、いつの間にか随分と黄色味がかっていて、かすかに日没の気配を帯び始めている。

 

「急いだ方がよさそうだ……」

「焦りは禁物……慎重に……」

 

 そんなことを話しながら進むうち、僕らは院長室の机にたどり着いた。

 

 そこには首の無いマネキンが腰かけていた。

 

 首の断面は滑らかで、はじめから首がなかったようにも見える。

 

 マネキンの右手は小指と人差し指を立て、親指を中指と薬指で覆っていた。

 

「これは悪魔崇拝のハンドサイン……秘密結社はそれぞれ独自のハンドサインを持っている……」

 

 星崎の言葉で気になって見ると、左手は引き出しの中に差し込まれ、手の形はわからなかった。

 

「左手が隠れてるな……」

「確認するしかない……」

 

 そう言って伸ばした星崎の手を僕は思わず掴んで言った。

 

「おい……! 触るのはマズいんじゃなかったのかよ……?」

「不用意なリスクは避ける。けれどこれは必要なリスク……」

 

 僕に手を握られたまま、星崎はマネキンに触れないようゆっくりと引き出しに手をかけた。

 

 カタカタと音を立てながら開く引き出しの奥から、マネキンの手が全貌を明らかにする。

 

 指の無いマネキンの左手。

 

 その断面は首とは明らかに異なり、乱暴にへし折られたような歪なものだった。

 

「誰かがハンドサインを隠すために指を奪った……」

「考えすぎだろ……」

「じゃあ他の可能性を示してほしい」

「それは……」

 

 その時指の無い手の下に、何かが光っているのが目に留まった。

 

「これ……鍵じゃないか……?」

 

 僕が手を伸ばすと星崎が叫んだ。

 

「空野……! マネキンに触ったら……!」

 

 チャリ……

 

 僕は鍵の束を掴むためにすでにマネキンの手を脇にどけた後だった。

 

 カタカタ……

 

 マネキンの群れが、小さく音を立てたような気がした。

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