File28 カルテと残像

「着いた……ここが最上階……」

 

 星崎の声で僕は我に返った。

 

 窓に張られた板は隙間だらけで、漂う埃に反射した日差しが光線になって幾つも伸びている。

 

「充電を節約しよう……」

 

 僕はスマホのライトを切ると大事にポケットに仕舞った。

 

 最上階は応接間や会議室が並び、医療器具の残骸は見当たらない。

 

 ボロボロの絨毯が敷かれた廊下を進んでいくと、目的の院長室が見えてきた。

 

 僕が先を急ごうとすると、不意に星崎の足が止まる。

 

 彼女の見上げる先を見て、僕も思わず固まった。

 

『カウンセリングルーム』

 

 そう書かれた白いプレートが先ほどの話を裏付けているようで、得体の知れない不気味さがある。

 

 僕はたまらず星崎に声をかけた。

 

「行こう……まずは院長室だ……」

 

 そう言って前に進もうとする僕の手を、彼女は強く引いた。

 

「ぬえっ……⁉」

 

 崩れた態勢の僕の目に飛び込んできたのは、カウンセリングルームに向かって前蹴りを放つ星崎の姿だった。

 

 ベキッ……‼

 

 腐った扉が蝶番ごと部屋の中に吹き飛んだ。

 

 嘘だろ……⁉

 

 突然の暴挙に言葉を失った僕を引き連れ星崎が部屋の中に侵入する。

 

 部屋の中には枯れた観葉植物と虫食いだらけのカーテン、そして、ソファに腰かけた一体のマネキンが待っていた。

 

 がっくりと肩を落としたマネキンの背中が言葉にならないほど不気味な空気を発している。

 

「おい……ヤバい部屋だ……! 出よう……!」

「さっきの仮説を証明しないと公園と病院の繋がりは分からない……カウンセリングと称した洗脳実験が行われていた可能性がある」

 

 星崎は僕の手首を握ったままずんずん進み、マネキンの顔が見える位置にまで歩み出た。

 

 怖々薄目を開けて見ると、マネキンには顔が無かった。

 

 不気味ではあったけれど、別に怪しいところはない。

 

「マジでここの院長は頭がおかしいヤツなんじゃないのか……?」

 

 僕の言葉を無視して星崎は机の上を凝視している。

 

 そこには埃にまみれたカルテが置かれていた。

 

「おい……それ……」

「中を確認する……」

 

 そう言って星崎はカルテの表紙を二本の指で摘まみ静かにページをめくった。

 

 カルテにはたった一言だけこう書かれていた。

 



『可愛いですね』

 



 ゾクゾクゾク……‼

 

 鳥肌が皮膚を覆いつくす。

 

 星崎も表情を強張らせて、じりじりと後退りながらつぶやいた。

 

「空野の見たサイト……どうやらただのサイトじゃなさそう……」

「あのサイトの管理人……いったい何者なんだ……?」

 

 狂り……狂りと、錆びた歯車が回り始めた気がした。

 

 けれどその歯車が一体何を動かす為のものなのか、この時の僕らはまだ何も気づいていなかった。

 

「可愛いですね」ただそれだけ書かれた一枚きりのカルテとマネキンを残し、僕らはカウンセリングルームを後にした。

 

「サイトの管理人と医院長は同一人物かな?」

「分からない。だけど可能性は十分……」

 

 僕らは目の前に立ち塞がる医院長室の扉の前で立ち止まる。

 

 扉の脇には、やはり枯れた鉢植えの観葉植物がこうべを垂れたまま沈黙を守っていた。

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