File27 多数派と少数派
ナースセンターと院長室どちらに向かうか僕らは話し合った。
何となく近くのナースセンターの方を提案すると星崎が難しい顔をする。
「もしまた鍵がかかっていると想定した場合、ナースセンターに院長室の鍵は無いように思う……でも院長室ならすべての鍵が揃う可能性がある……かも」
的を得ているような気もするし、そもそも鍵がどこかにあるという前提が的外れな気もする。
それでも案内図の手形は、確かに誰かがここにいたことを示していて、何かしらの意味があるようにも思えた。
お化け公園のスレンダーマンを写真に撮る。
そんな目的で始めたはずの暇つぶしが、いつの間にか思わぬ方へと転がり始めている。
それもうんと恐ろしい方向に……
以前星崎が口にした言葉は、今やある種の現実味を帯びて僕の中でループし続けていた。
『この街で善くないことが起こり始めている』と。
「空野?」
「ああ……ごめん。考え事してた」
慌てて星崎の方に目をやると、彼女はやや不安そうにこちらを見つめている。
「何を考えていた?」
「いや……お化け公園とこの病院に何の関係があるのかなって……」
星崎はしばらく考え込んでから何かを言いかけ、言うのをやめた。
「おい⁉ 何言いかけたんだよ? 気持ち悪いだろ?」
「多分聞いた方が気分が悪くなる。それに単なる妄想の域」
怖さを紛らわせるため、そしていつもの仕返しをする絶好のチャンスを逃さないために、僕は大げさにいやらしい笑みを浮かべて言ってやった。
「ははーん。さては流石の電波少女も何も思いつかなかったと見た。正直にわからないって言えばいいんですよ?」
ジト目でこちらを見上げた星崎は「ふぅ……」と小さくため息をついてから前を見つめて話し始める。
「ビビりの空野に配慮しただけ。そんなに聞きたいなら教える。仮にあの公園で動画のような出来事が頻繁にあったとして、それでも警察が動いていないという場合、考えられる可能性が一つある。でもこの仮説が正しければ、状況はすでに相当悪い……」
「なんだよ……? もったいつけるなよ?」
僕が続きを急かすと、星崎は「わかった……」とつぶやきこう言った。
「それは被害者がいないということ」
「はあ?」
「正確には被害届を出す人間がいないということ。それなら警察は動かないし、事件が表面化することも無い」
「何言ってるかさっぱりわからない」
「つまり、この病院は犯人とグル、あるいは同一人物で、被害者を病院で洗脳……あるいは別のナニカに変えてから世に放っている……」
「いやいや……さすがにないから……」
一瞬感じた鋭い悪寒を紛らわせるために、僕が呆れたようにそう言うと、彼女は黒縁メガネの奥から、真剣な眼差しを投げかけてきた。
その目に「うっ……」と言葉が詰まる。
「洗脳技術は大昔から研究されているし、現代ではその精度も非常に高くなっている。1945年に設立された統合諜報対象局、後の
「フェイクとかデマじゃ……」
その言葉に星崎はいつも以上に反応し、強い口調で答えた。
「デマとは思わない。デマと言うなら、大勢いる洗脳被害者がすべて嘘つきということになる。レアケースであったとしても、本物が存在するなら、それはデマじゃない」
彼女の言う通りかもしれない……
多数派によって作られたこの世界では、少数派の言葉が黙殺されることを僕もよく知っている。
そして多数派にも少数派にも属せない僕は、いてもいなくても同じ透明人間だということも……
階段を登るに連れて明るくなる院内とは裏腹に、どんよりと重たい雲が、僕の胸の中に渦巻いた。
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