File22 至近距離と死神の手

 絶望的だ……

 

 後ろの曲がり角から、今にも黒フードが顔を出すんじゃないかと思うと、僕は振り向くことが出来なかった。

 

 なのに視線の先には高いコンクリートの塀が立ち塞がって、確固たる意志を持って僕らを阻んでいる。

 

「もう……」

 

 僕が口を開きかけたその時、星崎がつぶやいた。

 

「空野……はぁはぁ……早く前に……進んで……! ドラリオンに……従って……」

 

 耳を疑った。

 

 恐怖で頭がおかしくなったんじゃないかと思った。

 

 そう思うと、僕は思わず語気を荒げて言った。

 

「この期に及んでドラリオンに従え⁉ 頭は大丈夫かよ……⁉」

 

 すると星崎は僕を強く押して言った。

 

「冷静に……はぁっ……なるべき……! あそこ……!」

 

 そう言って星崎は壁を指さす。

 

 そこには毛づくろいするキジトラと壁しかない。

 

「行き止まりだろ‼ 見てわからないのか⁉」

「見てないのは……空野……! ドラリオンの……後ろっ……!」

 

 もう一度目を凝らすと、キジトラの背後に小さな穴が開いていた。

 

 コンクリートが崩れてできた、ギリギリ通れるくらいの穴。

 

 ドラリオンは毛づくろいが済むと、するりとその穴を潜って壁の向こう側に消えてしまった。

 

 僕は慌てて先に進み、背負っていたリュックを穴の奥に放り込んだ。

 

 星崎の手からトートバッグを引ったくりそれも穴の奥へと押し込み、次いで体をねじ込んでいく。

 

 思った以上に狭い穴だった。

 

 尖ったコンクリートが身体に食い込み凄く痛い。

 

 それでも必死で藻掻く僕を、後ろから鈍い衝撃が襲った。

 

 どうやら星崎が僕を穴の奥へと蹴り込んでいるらしい……

 

 後で覚えてろ…… 

 

 そんなことを思った矢先、体が穴の奥へと転がり出た。

 

 慌てて立ち上がり、穴から出てきた星崎の手を掴む。

 

「急げ急げ急げ急げ……!」

 

 叫びながら両手を引っ張り、星崎もそれに合わせて地面を蹴った。

 

「一気に行くぞ……! せーの……!」

 

 掛け声で一気に彼女を引っ張り出しすと、勢いあまって僕は尻もちをつき、星崎は僕の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。

 

「……っ‼」

「むっ……⁉」

 

 すごく顔が近くて、僕らは慌てて顔を逸らしてから我に返って穴を見る。

 

 穴からは向こう側に立つ黒フードの革靴の先が覗いていた。

 

「行こう……」

 

 小声で耳打ちしてその場を立ち去ろうとすると、背後からこの世のものとは思えないような咆哮が響き、やがてその声も聞こえなくなった。

 

 先に進みながら恐る恐る振り向いた穴からは、やせ細った白い腕が伸び、地面を滅茶苦茶に搔き毟っているのが見えた。

 

 それはスレンダーマンというよりも、死神の手のようだと僕は思った。

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