File21 黒フードと細い路地
「なーお……」と高い声を出し、キジトラがアーケードの奥に歩き出す。
「行こう」とつぶやき、星崎も歩き出したので僕はしかたなく後に従った。
とても嫌な予感がする。
ところどころひび割れて雑草が生えたアーケードの両脇には、錆びたシャッターがぴったりと閉ざされた商店の亡骸が並んでいた。
時折街路樹がパキパキと音をたてる。
そういう時は見上げると、たいていカラスが漆黒に光る眼でこちらを凝視しながら、物言わぬ警告を発していた。
「なあ……本当に行くのか? 公園を調べに来たんだろ?」
思わず声をかけると星崎は振り向きもせずに答えて言った。
「公園を調べている。正確には公園の謎を調べている。あの場所を直接調べても、多分答えは出てこない……ドラリオンに従うべき」
最後の一言以外は、至極真っ当に思える。
ただその根拠が一匹の野良猫に掛かっているというのがひどく心許ない。
だいたいにして、この猫は本当に信用していいのだろうか……?
危険な方へ方へと進み続けるキジトラの背中に、一抹の不吉を垣間見た。
もう一度星崎を呼び止めようと顔を上げると、立ち止まった彼女が一点を見つめて固まっている。
僕もゆっくりと視線をあげる。
彼女が見つめる先を確認するために。
打ち捨てられた総合病院の前に、それはいた。
黒いフード付きのローブと長い袖。
手首から先と顔は、服に隠れて見えない。
代わりに右手の袖の中からガムテープの端がこぼれ出て、ビラビラと風に吹かれて揺れていた。
す、スレンダーマン……⁉
病院前と書かれたバス停の屋根の下にいたそいつもこちらに気づいたらしく、じぃぃぃ……と僕らの方を窺っていた。
嫌な予感がする。
たまらなく嫌な予感がする。
頭の中で、カン……! カン……! と金槌が鉄塊を打つような警告音が鳴り響いた。
火花を伴う激しい警告音。
しかしそれはどうやら相手にも伝わったらしい。
僕が駆けだすよりも早く黒フードは僕らに向かって猛然と駆け寄ってきた。
僕はまたしても星崎の手を握って駆けだした。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい……!」
それ以外の言葉が出てこない。
なのに言葉はとめどなく口から溢れてくる。
さすがの彼女も同じ心境らしく、何も言わずに全力で足を動かし逃げることに集中していた。
長いアーケードを星崎の足で逃げ切るのは無理だ……!
どうしたらいい? どうしたらいい?
逃げ込める場所を求めて辺りを見回す。
その間にも黒フードはどんどん僕らに迫ってくる。
ローブの袖を振り乱し走る黒フードは、まったく出鱈目な動きだった。
それなのに嫌になるくらい早い……!
星崎が遅すぎるんだよ……‼
頭の中で訳のわからない自問自答を喚き散らしながら、とにかく僕は星崎を引っ張った。
その時だった。
「にゃーん……」
ドラリオンの声がした。
藁をも縋る思いで声の方に振り向くと、店と店の間に細い路地があるのが見えた。
このままじゃ捕まる……!
一か八かに賭けるしかない……!
「星崎……! こっちだ……!」
僕はほとんど直角に舵を切り、ドラリオンの方へと走った。
細い路地へと飛び込んだ。
体を横向きにして、奥へ奥へと突き進む。
お願いだ……体がつっかえて入ってこれませんように……
星崎もそう思ったのだろう。
肩で息をしながら二人同時に振り向いた。
しかし僕らの祈りも虚しく、黒フードも体を横に向けてジタバタと路地に侵入してきている。
慌てて僕らは前に進み、路地の角を曲がった。
曲がった先は……
行き止まりになっていた。
「にゃーお……」
まるで嘲笑うように、キジトラが路地の奥で声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます