File7 おばけ公園とポルターガイスト


 南十字町みなみじゅうじちょうの北側は中央山脈の麓にあたり、寂しい地域だった。

 

 東西に走る線路を中心に住宅街や繁華街、オフィスなんかが立ち並び、南方にはリアス式海岸が美しい太平洋の避暑地が点在する。

 

 それなのに北に向かって踏切を越えると、あたりの景色はガラリと変わる。

 

 古い団地が増え、空き地や廃墟、寂れた公園が目立ってくる。

 

 以前は町工場や林業でそれなりに栄えていたらしいが、今や繁栄の痕跡は見る影もなく、過疎化が進んだ所謂ゴーストタウンだった。

 

 燃料費の高騰と国が進めた都市集約型経済政策の煽りを受けて、末端の交通インフラはどんどん排除されていった。

 

 結果、交通手段を失った老人たちは都市近郊の施設に移り住み、労働人口はますます都市部に集中した。

 

 そうして生まれたのが、一歩都市部を出た場所に打ち捨てられたように存在するゴーストタウンの数々である。

 



 北へ北へと歩みを進める僕らの背後では、煌々と明かりを灯す繁華街が、そろり……そろり……と遠ざかっていく。

 

 幽霊を見ただの、化け物がいただの、そんな噂が後を絶たない北地区には、おあつらえ向きの古い電灯が、とつ……とつ……と頼りない明かりを投げかけながら、まばらに立ちすくんでいた。

 

「ねえ知ってる……?」

 

 突然口を開いた星崎に驚き、僕はすごい速さで星崎の方に顔を向けた。

 

 まるで怖がっているみたいでバツが悪い……

 

 僕は必要以上にゆっくり視線を戻して言葉の続きを待つことにした。

 

「政府が人口を都市に集約している理由」

「ガソリンが値上がりして輸送コストが増大したからだろ? 人口も減ってるし、みんなで一箇所に集まったほうが合理的だから」

 

 星崎は不満げに目を細めると、小さく咳払いをした。

 

 あ。なんかムカつくこと言われる気がする。

 

「とってもお利口な答え。でもそれこそが政府の思惑通りの反応。3Sさんエス政策は知ってるよね?」

「知らない……」

連合国軍最高司令官総司令部GHQが日本人を政治に無関心にさせるために三種類のエスから始まる娯楽で愚民化した政策。スクリーン、スポーツ、それから……」

「それから?」


 言い淀む星崎に続きを促すと、星崎は消え入りそうな声で「セックス……」とつぶやき咳払いした。

 

「とにかく……! 世界中の政府が実践している愚民化政策。奴らはそれを次の段階に進めるために都市集約政策を打ち出している」

「なんだよそれ⁉ 今度は歩く距離を少なくして足腰でも弱くするのかよ?」

「空野にしては鋭い。でも真の目的はもっと別にある」

 

 思わずため息が出たが、いちいち引っかかる物言いにもそろそろ慣れたきた。


「悪かったな……ではその真の目的とやらをご教授願えますか?」

「よろしい。奴らは新型の電波を使って人間の思考回路をコントロールしようとしている。でもその電波は直線的で山間部には届きにくい。遮蔽物の少ない平野に人口を集めて、一斉に洗脳するのが真の目的」

 

 やっぱりどう考えても僕の方がまともだ……

 

 それなのになぜか星崎は勝ち誇ったような満足げな顔で前方を見据えている。

 

 何か言い返してやろうと口を開きかけた僕に向かって、星崎は手のひらを掲げて止まるように合図した。

 

「何だよ?」

「静かに……目的地に着いた……」

 

 暗闇に目を凝らすと雑草が茂った小さな公園がぼんやりと浮かび上がってきた。


 そこは『おばけ公園』と呼ばれる地元では有名な心霊スポットで思わず二の腕に鳥肌が立つ。

 

 何も言わず、僕らは同時にちらりとドラリオンに目をやった。


 キジトラは相変わらずのふてぶてしい表情を浮かべながら、闇の奥をじぃぃ……と見据えて固まっていたが



 ピク。



 尻尾の先が波打った。

 

 同時に、公園の中央に立った電灯が突然チカチカと光を発し始め、繰り返されるストロボが無人の公園を照らし出す。

 

 僕らはまたしても、同じ場所に視線が釘付けになっていた。

 

 キィ……コォ……

 キィ……コォ……

 

 錆びたブランコの鎖がひとりでに揺れて不気味な音を立てている。

 

 その揺れ方は異様で、小さく揺れたかと思うと今度は大きく揺れ、そうかと思えばまた小さく揺れるといった具合に、とても風で揺れているようには見えなかった。


 背筋がゾクゾクして、頭の中に火花が散るのを感じる。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ……!

 これは絶対に普通じゃない……!

 日常まともじゃない……!

 

 得体の知れない何か。


 でも確実に言えるのは危険な何かが、今、ここに、確かに存在しているということ。


「ポルターガイスト……あるいはサイコキネシスかもしれない……」

「は?」

「とにかく正体を突き止める……」


 そう言うなりポラロイドカメラを取り出して公園に突撃しようとする星崎の手を掴んで、僕は公園とは反対側、もと来た道を駆け出した。


 同時に電灯が激しく明滅を繰り返し、三つ並んだブランコのどれもが激しく暴れ始めたのを背中越しに感じたが、振り返る余裕など微塵もなかった。

 

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