File5 ドラリオンと怪電波

 しばらくすると星崎は我に返ったように真顔に戻り、キジトラを地面にゆっくりと下ろした。

 キジトラは撫でられ足りないのか、喉をゴロゴロ鳴らしながら星崎に纏わり続けている。

 

「彼がナビゲーターニャー。宇宙猫のドラリオン。ドラリオン、この人は空野だよ」

 

「なあー」と返事をするキジトラを横目に、僕は星崎の方を向いて腕を組んで言った。

 

「で? こちらの宇宙猫様は何をナビゲートしてくれるんでしょうか?」

「さっきも言ったように、彼は宇宙猫で地球の平和を守ってる。ねドラリオン?」

「その通りにゃ」


 星崎はキジトラの脇に手を差し入れて持ち上げると、下手くそな腹話術の出来損ないでそう言った。


 ふてぶてしくこちらを見据えるキジトラと睨み合いながら、僕はため息交じり続けた。

 

「そうですか……で? このキジトラについていけば、宇宙人のアジトが見つかるわけ?」

「うん。ドラリオンは普通の猫じゃない。尻尾がアンテナになってて奇怪な電波に反応する。ドラリオンのアンテナが反応すると、奇妙な事が起きる。絶対に」

 

 ”絶対に”

 

 その声に宿る自信と真剣さに、なぜか気圧された僕がいた。


 キジトラの向こうに覗く星崎の顔には緊張とわずかばかりの恐怖が見え隠れする。

 

「どういう意味だよ……?」

 

 星崎の与太話なんて信じていない。

 そう自分に言い聞かせながらも、口をついたのは弱々しい声だった。


「初めて奇妙な事に遭遇したのは一月くらい前のこと」 


 星崎は猫を再び手放して、ポツリポツリと話し始めた。

 

 その日星崎はいつものように商店街裏を根城にするこのキジトラに会いに来ていたのだという。

 

 いつもなら名前を呼べば必ず出てくるキジトラがその日はいくら呼んでも出てこなかったらしい。

 

 もしかすると事故か喧嘩でもして動けなくなっているのかもと不安になり、星崎はあちこちを探し回ったのだという。

 

 しかしいくら探してもキジトラは見つからず、日も完全に暮れて街灯の明かりだけがポツり……ポツり……と夜の街に佇むころに、星崎は諦めて帰ることにした。


「明日もう一度探そう」 


 そう思って家の方に足を向けると、聞き覚えのある声がしたらしい。

 

「にゃーん……にゃーん……」

 

 慌てて声の方に振り返ると、公園の街灯の明かりの中に例のキジトラがいた。


「良かった……」と安堵したらしいが、何やら様子がおかしかった。 


 キジトラはお尻を高く上げて、毛を逆立たせて、尻尾をまっすぐに夜空に伸ばしていたという。


 

「その時、街灯の明かりがジジジッ……と音を立てて明滅した。まるでストロボみたいに激しく明滅する世界の中で、わたしは見た」

「見たって……何を見たんだよ……?」

「あれは……スレンダーマンだと思う……」

「スレンダーマン……⁉」


 コクリと頷き、星崎はUFOマークのトートバックから一枚の資料を取り出した。


 ホームプリンターで印刷したと思しきその紙切れには、黒く細長い人影のようなものが写っていた。

 

「スレンダーマンはサムシング・オーフル・フォーラムでエリック・クヌーゼンが創作したと言われている。でも実際にはそれ以前から似たような怪物の報告例は世界中に存在する。ドイツの黒い男シュヴァルツマンも、チェコの案山子男ハストルマンも、ブルガリアの黒い化け物トルバランも、スレンダーマンと同じような容姿の特徴を持っているし、子どもを攫うブギーマンの類というのも同じ」

「でも……子どもが攫われたのを見たわけじゃないんだろ?」

「日本では年間に子どもの行方不明者だけ八千人以上いる。世界だと八百万人以上。この街でも子どもの行方不明事件が過去に十二件確認できた。新たに発生する前に止めるべき」

 

 まだ犯人も被害者もいないはずだった。

 星崎の妄想や想像の域を出ないはずだった。


 それなのに星崎の言葉が、まるでこれから起こることを予言しているみたいで、身体の奥が冷たくなっていくのを感じる。


 それほどまでに、彼女の言葉には強い確信と、揺るがぬ芯があった。

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