File4 アリゲーターとアリゲーターガー
さっきから無言で星崎の後について歩き続けている。
あたりの景色は
そうなるとさすがに少し不安になってくる。
『探しています』と書かれた行方不明者のビラが目について、僕はゴクリと息を呑んだ。
随分古いものらしかったが、”行方不明”というワードは不安を後押しするのに十分だった。
僕は厳ついタトゥーだらけの黒人がこちらを見ながらスマイルするのを想像して、思わず星崎に声をかける。
「どこまで連れて行くつもりだよ? ナビゲーターってヤバい奴じゃないだろうな?」
「……」
星崎はしばらく黙ってから足を止め、こちらを振り向いて口を開いた。
「アリゲーターガーを知ってる?」
「ワニみたいなやつだろ?」
それを聞いた星崎は小さく首を横にふった。
「空野が言ってるのは多分アリゲーター。アリゲーターガーとアリゲーターはまったくの別物」
何となく間違いを上から指摘されているようで腹が立つ。
悔しいので僕は少し語気を強めて言い返した。
「そうですか。それで? アリゲーターガーがどう関係してるんだよ?」
「アリゲーターガーは魚類で、アリゲーターは爬虫類。全くの別物。でもアリゲーターガーの鋭いキバと長い口吻がアリゲーターに似ている。だからアリゲーターガーという名前になった」
「おい⁉ いったい何の話だよ?」
思わず首をかしげた僕を星崎は無表情のまま見つめていたが、やがてフイと前を向いてこう続けた。
「ナビゲーターとナビゲーター……も、似ているけど全くの別物……」
「は⁉ よく聞こえない!」
後半、心なしか尻すぼみになった星崎の声に、どことなく先程までとは違う嫌な予感がする。
聞き間違いでなければ、コイツ……
「とにかくついて来ればわかる……安心してほしい」
それだけ言って星崎は歩く速度をわずかに上げた。
これ以上説明する気は無いということだろうか?
僕は星崎に聞こえるようにため息をついてから、仕方なく彼女の言う通りにした。
商店街の裏路地は食べ物屋のダクトから出る臭いで充満していた。
食欲をそそる匂いもあれば、生ゴミやヘドロのような臭いもする。
ごちゃまぜになった匂いと臭いの戦いは、判定の末臭いの方が勝つらしい。
この世界はきっとどの分野でも同じなんだろう。
善意と悪意の二つが戦えば、長い時間をかけて必ず悪意が判定勝ちするように出来ている。
当然のような気もするし、考えたところで詮無いことのようにも思う。
そんな事をぼんやりと考えていると、突然足を止めた星崎にぶつかりそうになって、僕は思わず「うっ……」と声を漏らした。
「いきなり止まるなよ!」
「着いた。彼を紹介する」
星崎の言葉で、再び厳つい黒人のイメージが脳裏をかすめた。
ゴクリと唾を呑んで星崎が指差す方に目を向ける。
午後六時の夕闇がひときわ濃くなった路地裏の暗がりから、彼は音もなく姿を現した。
「彼がわたし達のナビゲーターニャー。宇宙猫のドラリオン」
尻すぼみになった星崎の唇から、かすかに「にゃぁ……」と聞こえたのはやはり聞き間違えではなかったらしい。
これで日本語でも喋ればいいものを、よく肥えたキジトラはふてぶてしい声で「ニ゙ャー」と声を出し、星崎の足にスルリと纏わりついた。
「おい……本気で言ってるのか? 嘘にしたってもう少しマシな……」
そこまで言って見下ろした星崎の顔には、見たこと無いような笑顔が浮かんでいた。「にゃあー?」とか何とか言いながらキジトラと戯れる星崎に、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
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