第21話説教と出会い
月曜日の朝。
現場に向かう途中、オレは社用車を運転しながら、金曜日の宮里の醜態を説教した。
「お前な、営業三課の仕事を理解しているのか?営業では、飲み会も仕事なんだ。たまたま、知り合いの工務店だったから問題は無いとは言い切れないが、これが接待なら大問題だぞ!分かっているのか!宮里」
「す、すいません」
「酔っ払って脱ぎ魔って、最悪だぞ!オレは間違った事をすれば当然、説教する。酒を飲むなと言わない。自分の酔い方を確認しろ!お前、暫く会社の飲み会は謹慎な。これは、係長にも言っておく。坪井係長も、心配していたんだ。これから、暫く友達と飲んで練習して、脱ぎ魔とおさらばしたら、会社の飲み会に誘ってやる。分かったな?」
「は、はいっ。……うぅっ」
リエは涙を流した。だが、先輩であるオレは後輩の失態の尻拭いをしなければならない。
リエとは距離を置こう。
こんな、爆弾娘を野放しには出来ない。これは、オレの責任であり、彼女の問題だ。
プライベートで脱ぎ魔と言われていても構わない。だが、オレの飲み会は仕事だ。
今夜は、今後の会社関連の飲み会の相談を坪井係長としなくてはならない。
外回りをして、帰社してから未だに気落ちしているリエを見て、これでオレが嫌われてもしょうがない。
先輩として、言うべきことは言った。後は本人次第だ。
定時に、リエは静かにオフィスを出て行った。
「がっかり長……おいっ、坪井がっかり長」
「な、なんだ、秋田か」
「坪井、もう出よう」
「待て待て、後3分」
「何の仕事だ?」
「メンタルヘルスの」
と、坪井が言ったのでPCの画面を見たら、ネット将棋してやがった。
今夜、坪井も説教だ!なんなら、オレが係長にでもなってやる。
「あぁ〜、詰んじゃった」
「……馬鹿か!バラすぞ!」
「だって、今日は月曜日。仕事上がってこないもん」
「だからって、将棋はダメだろ。せめて、部下の手伝いくらいは」
「で、今夜の店は?」
「そうだな、金山の「山ちゃん」でどうかな?」
「手羽先ですか?秋田プロ」
「うむ。今夜は手羽先でビールだ」
「タクシーチケット余ってるから、それ使おうよ」
「やはり、役職持ちは待遇が良いな」
「秋田こそ、殆ど飲み会は経費じゃないか?何、金曜日の2万円って?」
「あれは、田端工務店の社長との懇親会だから」
「でも、領収書には、「オールドクロック」って、バーじゃないか?」
「坪井、お前は現場を知らんのだよ」
17時30分。
会社にタクシーを呼び、金山付近の手羽先の世界の山ちゃんに向かった。
到着して、枝豆と生ビールで乾杯した。
手羽先は20本注文した。
「なぁ、坪井。最近の若い衆は接待には向いてないね。この前も事件があったし」
「誰か、何かやらかした?」
「まぁね。知り合いだから、大事には至らなかったけど」
「この前、営業二課の新人が接待で全裸になったらしいよ」
「えっ?男?」
坪井は枝豆を口に頬張りながら、
「男、男。しかも、包茎」
「アハハハ。いいじゃないか?男気があって」
「それが、林社長と他社の懇談会の時だったんだ」
「それで、どうなったの?」
「林社長が怒り狂い、ソイツ清掃課に飛ばされちゃった」
手羽先が出てきた。甘辛醤油味のアツアツの手羽先だった。坪井は一本手掴みして、美味しそうに食べた。
オレは、粗熱が飛ばないと食べられない。猫舌なのだ。
「3カ月前に、白川を清掃課に飛ばしただろ?秋田。アイツ、今月一杯で退職らしいな」
「ほう。アノ馬鹿は要らねぇや」
「秋田、お前は林社長と飲んだ事ある?」
「……な、無いよ」
「いやね?この前、高級料亭で林社長と秋田っぽい奴がいたって、ここの顧問弁護士が言っていたからさぁ。まさかね?平社員と社長何て飲めないから普通は」
「……」
「あの人の前で、醜態さらすと首か飛ばされるかのどっちかだから気を付けろよ!」
「オメェに言われたかねぇよ。将棋野郎」
オレは冷めた手羽先を掴み、2つに折り前歯で肉を引っ張りながら食べた。
これが、手羽先の食べ方である。
すると、女1人で手羽先を食べているのを見逃さなかった。
一人焼肉はオレもあるが、1人手羽先は無い。
その頃、オレ達は瓶ビールを飲んでいた。スーパードライを。
オレは女に声を掛けた。1人で楽しむ女性客は多いが、その女はつまらなそうに食べていたので、声を掛けたのだ。
「お姉さん、お一人ですか?」
「怪しい者ではありません」
オレと坪井は名刺を出した。
「林建設……し、失礼しました。私は、熱田区にある高校の教諭です。名刺はありませんが。うちの父親が、小杉工業の経営者で林建設様にはお世話になっています」
と、女は座布団の上の脚を正座して、答えた。
「そんな、固くならなくても。一緒に飲みませんか?」
「い、良いんですか?」
「はい、こちらのテーブルへ。あっ、店員さん、この方と一緒に飲むから支払いはこっちで」
「かしこまりました」
「で、お姉さんは何て名前だい?」
とオレが尋ねると、
「小杉真理です。高校で世界史を教えています」
「オレも高校の時は世界史を受けていましたよ!がっかり長は?」
「僕?僕は地理」
「何だ、カノッサの屈辱も知らねぇだろ?馬鹿はほっといて、お姉さんオレとしゃべりましょう」
「……な、何だと?秋田!お姉さん、コイツ、短小包茎でEDなんです」
「きっさま、プラトンを知らねえな?ね?先生」
「……面白い方々なんですね」
その時、初めて小杉は笑った。
「先生は、今なに飲んでんの?」
「コーン茶割りです」
「何食べたい?」
「……明太子だし巻き玉子ですかね」
「がっかり長は?」
「僕は待ってね……」
「店員さん、コーン茶割り3つと、明太子だし巻き玉子2つ」
「かしこまりました」
聞けば、小杉は35歳で独身らしい。今日は2人で飲む予定だったが、友達が急な残業で1人で飲んでいたらしい。
坪井は既婚者なので、ライバルはいない。よし、この美しき教諭との恋愛を妄想したが、自分の腹や顔を確認すると、残念ながらその資格は無いようだ。
相当飲んだ、オレらは連絡先を交換して、たまに会う事にした。
その晩は、月曜日だったので21時に解散して、帰宅した。
オレはシャワーを浴びて、冷凍庫からカルピス味のジュースを取り出し、立て続けに2杯飲んだ。
LINEの通知音が鳴る。
確認すると、小杉からだった。
「今夜はごちそう様でした。また、会える日を楽しみにしています」
「こちらこそ、ありがとうございました」
と、返信した。
PCで、小杉工業の担当か所を検索した。
護岸工事と、小学校の校庭工事の2つだった。
だが、オレだけ動いても、ましてや娘を知ったからと言って、小杉工業の仕事を増やす事は出来ない。
何か策はないのか?
また、LINEの通知音が鳴る。
リエからだった。
「こんばんは。お疲れ様です。もう一度、チャンスを下さい。1カ月間、自分の限界が解る様に飲みます。ですから、1カ月後にもう一度、チャンスを下さい」
オレは、
「自信が付いたら、連絡してくれ」
と。
23時には就寝した。
翌朝、8時半出社。
いつもの様に喫煙室へ。西がいた。
「よっ、おはよう」
「おはようございます」
「皆んな、元気か?」
「最近、僕は飲み会に誘われないのですが、何か失敗しましたか?」
「え?飲みたいの?」
「そりゃもう。飲みたいッス。カミさんも飲め飲めと言うとります」
「家族の理解があるなら、今夜はどう?空いてる?」
「空いてます。いつも、空けとります」
「じゃ、今日は忙しいから1時間残業してから、タクシーでそうだな?おでんの「大番」に行こう。がっかり長から、タクシーチケットもらったんだ。18時半まで仕事な。後、今夜遅くまで飲んでも良いが、二日酔いで欠勤したら、飲み会は無しな!」
「はいっ!」
仕事は間もなく工事完了の現場の資料作りで昼休みも取れなかった。
電話とキーボードの往復。西も若いだけあって、直ぐにタイピングが早くなり資料を作っていた。
午後からは、関係部署との連絡で結局19時まで残業した。
オレと西は、疲れ切って涼しいタクシーでおでんの「大番」に向かった。ババアとその娘が店を切り盛りしていた。
「こんばんは」
「あら〜、久し振り。秋田しゃん。今日は息子さん?」
「婆さん違うよ!部下だよ!部下」
「あら〜、かわいい子。オバサンが食べちゃおっかなぁ〜」
「コイツ、ちんこデカいよ」
「そんな、かわいい子にはサービス。その大きなモノを拭いてね♡はいっ、お絞り」
「クソババア、単なるお絞りじゃねえか!何が拭いてねだ!ふざけるのは顔だけにしろよ!」
「まぁまぁ、秋田さん」
「豚足2つと、キープの焼酎あと、おでんテキトーで。辛子、たっぷりな」
「はいはい。……あらっ、もう、空よ。新しいの下ろす?」
「うん、そうして」
味噌煮の豚足が出てきた。
これに辛子を付けてむしゃぶりつくと美味いのだ。
西も、満足気だ。オレはホッとした。
その時、LINE電話の通知音が鳴った。
小杉からだった。
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