第3話性なる夜
平林がオレに耳打ちした。
「愛ちゃん、妊娠してるらしいわよ」
魂消た。さて、どこのどいつが彼女を孕ませたのか分からない。
産むつもりなのか?どの男の子供かも知らずに。二股掛けていたと、この前話していたが。
「なぁ、平林。愛ちゃんどうする気なの?産むの?」
「ううん、堕ろすらしいわよ」
「人間の命を軽く見てるね。あの子は。でも、それが身のためかもしれない。よし、平林、今日は坪井を呼んで飲むぞ!」
「秋田君、係長に払わすつもりでしょ?」
「エヘッ、バレた?アイツ、いい給料もらってるからね」
「秋田君、係長も良いけど、もっと女の子と飲もうよ。恋愛したいんでしょ?」
「そう言う、お前は、男は必要無いのか?」
「私は、男に興味無いから。自由が良いもの。秋田君は寂しいんでしょ?」
オレはその言葉がグサリと来た。
夜。
「乾杯」
オレと平林は、坪井を呼んで飲んだ。坪井は、谷課長からの圧力と下からの突き上げに苦しんでいるようだった。彼は既婚者である。子供はいない。
だが、坪井に恋愛のノウハウを聴く気は起きない。
「なぁ〜、坪井。何で、お前みたいなハゲが既婚者なのよ」
「うるせぇな、デブ。悔しかったら結婚してみろ」
「何だと?それは、オレに対する宣戦布告か?オレだって、その気になりゃ、結婚出来るね。いっぱい、結婚しやる!」
「馬鹿、結婚は1回で良いんだ」
「お前、この前、経費でキャバクラ代支払ったろ?」
「……な、何で知ってんだ!」
「これ、問題にしても良いんだぜ」
「……わかった。条件は?」
「ま、女の子との飲み会をセッティングしてくれよ」
「わ、分かった」
「秋田君、超悪代官」
「うるせぇ、ババア。こうなりゃな、手段は選ばないんだ!」
と、オレは次の飲み会に期待した。
平林と坪井は黙って、ビールを飲んでいた。
「今度、知り合いの看護師との飲み会を開いてやるから、キャバクラの事は忘れてくれ」
「……分かった」
週末。
坪井にしては、オシャレな店を予約していた。
かわいい看護師3人に対して、オレと坪井、何故か谷課長が参加していた。
デブ、ハゲ、ジジイの飲み会に女子たちはにこやかに席に着いた。
それぞれの飲物で乾杯した。
話しは、仕事の話しか推しの男の子の話しをしている。K-POPアイドルなんて、オレたちは知らない。
女子らは、オレらの給料の事しか興味無いならしい。
谷は住宅ローンがあと15年残っているし、坪井は薄毛治療に金を注ぎ込んでいるし、オレなんか飲み会代を二百万円貯金しているだけだ。
そう、3人とも金持ちではない。
女子はそれを見抜くと、興味がなさそうだった。
坪井を連れて喫煙室へ行った。
「おいっ、坪井。何だよ、クソガキらは?オレ帰る」
「え?」
「金しか興味無い女は、好きじゃないから」
と、言って席に戻ると、
「ちょっと、用事が出来た。帰るね」と、言って店を出た。
後日、谷課長と坪井は二次会でカラオケに行き、谷課長が石原裕次郎の曲を歌った事しか聞かなかった。
オレは外回りの最中、いつも現場近くの公園のベンチに座りタバコを吸っていた。
このベンチは、7月だと言うのに、日陰になっていて少し暑さが和らぐのだ。
スマホを見ながら、喫煙していると、
「こんにちは」
と、声を掛けられた。見ると大学生位の女の子だった。変な宗教の勧誘だと思い無視した。
「お隣、座っても良いですか?」
「良いよ。タバコ吸ってるけど」
「タバコって、いいですよね?」
「は?何が?嫌いな女の子多いよ」
「私の父がタバコを良く吸っていて、タバコの匂いで父を良く思い出すんです」
「思い出す?」
「はい。私が高校2年生の時に、交通事故に遭って……」
オレは気まずい感じになった。
「ゴメンね。亡くなったんだね」
「いいえ、生きています」
「何だよ、紛らわしいな。気を遣ったわ」
「すいません」
女の子は見れば、かわいいと言うよりキレイだった。きっと、美人局だ。引っかかるか!クソガキが!
「オジサン、いつもこのベンチに座ってますよね?営業ですか?」
「そうだよ。万年平社員の営業だよ」
「大変ですよね」
「分かるの?」
「いいえ」
この女の子、どこかネジが緩んでいる。
オレは、現場の帰りだったから、
「君、名前は?」
「宮里理恵です」
「リエちゃんで良いね。リエちゃん、かき氷食べよっか?」
「いいんですか?」
「1回だけだからね」
「はい」
いつものコメダで、2人してかき氷を食べた。
「オジサン、お名前は?」
「そのオジサンは辞めてくれよ。まぁ、オジサンだけど。秋田。秋田学一昨日から下血の止まらない45歳の青年です」
キャハハハ。と、宮里は笑い、
「青年じゃないですよね?秋田さん。下血ですか?」
「切れ痔なのよ」
「うわっ、大変ですね」
「君は大学生?」
「いいえ。24歳のフリーターです」
「何やってんの?バイトは」
「塾講師です。個別学習の」
「へぇ〜」
オレは興味無かった。
「いつも、夕方からなんでこの近所に住んでいるんですが、昼間に秋田さんを良く見かけるので声を掛けたんです」
「その手には乗らないよ」
「その手とは?」
「美人局」
「……アハハハハ。違いますよ!私、勇気を出して声をおかけしたんですから」
オレはアイスコーヒーをストローでチューチュー吸った。
「オレに何の用かな」
「私、仕事頑張ってる人憧れるんです。特に秋田さんみたいなサラリーマンに。猛者って感じしますよね?」
オレは意味が分からなかった。
「猛者?何の?」
「人生の」
「オレは、飲み代だけ稼げば良いんだよ。そうだ、お酒飲める?今夜、バイト何時まで?」
「9時です」
「今日は花金だから、飲もうか?」
「花金って何ですか?」
「……これだよ。ジェネレーションギャップ。兎に角、金曜日は無敵だから、この辺りなら、パチンコ屋あるでしょ?マリオン。そこにいるから、バイト終わったら連絡して。とりあえずLINE交換しよっ」
「ハイッ!」
宮里は嬉しそうだった。多分、美人局ではないと確信した。
30分後、喫茶店でまた夜と言って別れた。
5時まで仕事して、マリオンに向かった。
海物語を打ったら、2500円で確変を引いた。
9時にスマホのバイブがする。換金して店を出た。5万円勝ちだった。
外には、昼間と全く違う格好の宮里が立っていた。
先生って感じの女の子が、オレに向かって手を振った。
今夜は性なる夜になりそうだ。
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