ひまわり
この日、僕は小説を読み終えるはずだった。
いつもなら家で小説を読むのだが、朝読んだところの続きが気になり学校に持っていってしまった。
学校で小説が終わる最後のページまで読んだところで、六校時目の始まりを知らせる鐘が鳴ってしまった。
僕は仕方なく机の横にかけてあるカバンを開け、本をそっとしまった。六校時目は国語だ。
僕はいつも通り、隣の席にいる明日花に声をかけた。
『教科書忘れたから見せてくれない?』
そうすると彼女は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
『いいよけど、また忘れたの?』
彼女は少しいたずらな笑みを浮かべながら僕の顔見つめている。
『明日は忘れないでね』
そう言うと引きずる音を立てながら自分の机と僕の机をくっつけた。僕は相変わらず申し訳なさそうに授業をやり過ごす。この時間は僕にとって地獄だったことを今でも覚えている。
授業が終わり僕はトイレに行ってから帰りの支度をしようとしていた。
『ノート、筆箱…あれ?』
授業が始まる前、確かにカバンの中にしまったはずの小説がそこにはなかったのだ。
僕はそこで小説をなくしてしまった。
いや、いつも教科書を取る誰かに取られてしまったのだろう。
本当はこの時点で取られたことに気がついていたが信じたくなかった。あれは両親がくれた最初で最後の誕生日プレゼントであり、僕にとって生きる意味を与えてくれる唯一の物だったから。
だから僕はみんなが帰った後の教室に一人残り小説を探した。
当然ながらどれだけ探しても見つかることはなく諦めて帰ろうとした時、ガラガラガラと音がしたと思ったら『どうしたの?』と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声がした方に目を向けると、そこには赤いランドセルを背負った明日花が心配そうにこちらを見つめている。
『何か探してるの?』
『うん…僕にとって一番大切な物…』
『そっか、そんなに大切な物なんだね。でも、もう帰らないと。日が暮れちゃうよ』
彼女が言う通り、外は今にも日が暮れてしまいそうなほど暗かった。時計の針はいつのまにか十八時を指している。
日が暮れちゃう前に一緒に帰ろうか。探し物ならあとでゆっくり探せばいいよ。私も手伝うし!』
そう言って彼女は僕の手を強引に引っ張った。
僕は全てを奪われた気分だった。誰だか知らないが、嫌がらせをしてくる人は教科書だけでなく、僕に唯一生き甲斐を与えてくれた物までも一瞬で奪っていってしまったのだ。
何もかもにやる気をなくしてしまった僕は、妙にご機嫌な明日花に手を引かれながら帰路につく。
『探し物、そんなに大切な物だったの?』
『うん…あの本は僕に唯一生きる意味を与えてくれた本なんだ』
『ふーん、そっかその本は誰かにもらった物だったの?』
『そうだよ、両親が初めてくれた物なんだ』
彼女は、まるでこの世の終わりのような顔をしている僕とは逆に嬉しそうに言う。
『薫くんはお母さんとお父さんのことをが大好きなんだね』
僕は驚いた。
いつも喧嘩をして僕なんか気にしてもくれない親を大好きな訳がない…はずなのに、僕の顔は赤くなり熱を持っていた。
自分でも熱くなっていく顔に出た感情を隠すように僕は震えた声で言う。
『大好きな訳ないだろ!あんな親!』
彼女は僕の心を見透かしているかのように話し始めた。
『そんな訳ないでしょ?親にどんな酷いことをされて、どれだけ憎いと思っても、心の底から親を嫌いになれる子供はいないよ!人は愛された分その人を愛してしまう生き物だからね』
彼女は続けた。
『仮に薫くんが例外で、親を心の底から嫌いなら、私が愛してあげる。その分、薫くんも私を愛してね。約束。』
僕は半ば強引にゆびきりげんまんをさせられた。いつぶりだろかゆびきりげんまんをしたのは。
その時触れた明日花の手は冬にも関わらず温かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます