エルダーフラワー
なぜ僕が浅野明日花を殺さなければいけなかったのか、説明するにはやはり12年前に戻る必要があるだろう。
『はぁ…』
僕はまたかと呆れたようなため息をこぼすと、彼女、浅野明日花がそれに気づいたように話しかけてくる。
『また教科書忘れたの?』
『うん…ごめん今日も教科書見せてくれない?』
『いいよ、早く戻ってくるといいね』
そう言って明日花が机を近づけて、教科書を見せてくれる。こんな生活はいつまで続くのだろうか。
忘れたは僕たちにとって隠語だ。
ほんとは、忘れたではなく取られたが正解だ。
消しゴムや鉛筆を取るならまだしも、学校で一番なくては困る教科書を取るなんて、なんてタチの悪い嫌がらせなんだ。
だが家に帰るともっとタチの悪い嫌がらせが待っている。
僕の家族は他人から見たら普通だ。特別お金持ちではなかったが不便ではなかった。その代わり家に帰れば、まるでタイミングを見計らったように両親は喧嘩をし始める。僕が『ただいま』といっても両親は喧嘩に夢中で『おかえり』という当たり前の言葉すら返ってこないのだ。
だが、僕は寂しくなかった。正確には、さびしかったがそんな寂しさを紛らわしてくれる物が僕にはあった。
全体的に青と黒で統一された海の上を鯨が潮を吹きながら、生き生きと泳いでいる。タイトル『蒼い鯨』。
鯨が生き生きと泳ぐ姿が描かれた表紙はいつでも僕の寂しさを紛らわしてくれた。
といっても、僕はこの小説を読み終えていなかった。小説の章は六つに分けられている。すぐに読み終わって飽きてしまわぬように、一年に二章ずつ読んでいた。
そんな生活も今日で終わってしまう。今日は残った五章と六章を読む日だった。名残惜しい気持ちになったが、同時に期待が込み上げてくる。それだけ僕にとっては、大切で生きる意味ですらあったのだ。
だが僕は小説を読み終えることができなかった。
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