シャドウスパイラルの未踏破区域⑥



扉を越えた先に広がるのは、荒れ果てた大地と広大な岩山が立ち並ぶ風景だった。空は重く曇り、微かな雷鳴が遠くから響いている。地面は不安定で、足を踏み外すとすぐに崩れそうな土の塊が散乱していた。冷たい風が肌を刺し、どこからともなく不気味なうめき声が聞こえてくる。




「また、異なる次元に来てしまったようね。」セレフィナが周囲を見渡し、静かに呟く。その冷徹な目は、すぐにこの世界に潜む脅威を感じ取ったようだ。






この世界には「浄化されざる領域」と呼ばれる特殊な属性が宿っていた。ここに存在するすべてのものは時間と共に侵食され、通常の生物や物体が長く留まることはできない。それは、人間界ではあり得ない異常なエネルギー場によるものであり、侵入者の体力や精神力を徐々に削り取っていく。魔物たちは、この環境に適応し進化を遂げた存在であり、彼らの脅威はその生態系と密接に結びついている。




セレフィナは、こうした次元の構造と特性を熟知していた。彼女にとって、このような異界への侵入は珍しいことではない。だが、ここには普段の次元にはない異様な気配が漂っていた。どこかで歪んだ魔力が渦を巻き、この空間をさらに不安定にしている。それは、ただの魔物の仕業ではなく、より高位の存在がこの領域を支配している証だ。




「この次元は、何かに操られているわね。」セレフィナは冷静に状況を分析し、眉をひそめた。この世界を覆う不穏な気配は、彼女の長い経験の中でも異質なものであり、慎重に行動すべきだと判断させるに十分だった。






「…何かが近づいてきます。」リリィが足を止め、耳を澄ませる。その目の前に、巨大な影がゆっくりと現れた。まずはオーガのような、筋骨隆々とした姿の魔物が現れる。




そのオーガは、身の丈をはるかに超える大きな両手斧を持ち、足元に大きな轍を残しながらゆっくりと歩み寄る。その姿はまるで地面を揺らすような重さで迫ってくる。さらにその背後から、何体ものオーガやトロール、そしてゴブリンや小型の魔物たちが集まり、セレフィナたちを取り囲んでいった。




「……強力な魔物たちね。」セレフィナが冷静に状況を分析する。その表情に微塵の焦りはないが、さすがにこの群れは手強いだろうと感じているようだ。




「こっちに来るな!」グレンが一歩前に出て、剣を構える。だが、その一歩が踏み込まれるのを待つように、巨大なオーガの目が光を放ち、獰猛な吠え声を上げた。




「こいつら、一気に倒すのは難しそうだ。」グレンが苦悶の表情を浮かべ、周囲を警戒しながら言う。リリィもその魔物たちの数に圧倒され、少し後ろに下がった。




「だが、最初から足止めをしていても仕方がないわ。」セレフィナが冷たく言い放ち、腕をゆっくりと振るった。すると、周囲の空気が一気に変わり、彼女の背後に巨大な魔法陣が展開される。




「これで少しは静かになるはずよ。」


その言葉とともに、魔法陣が光を放つ。次の瞬間、爆発的な魔力が空間を焼き尽くし、群がっていた魔物たちが次々と崩れ落ちていく。圧倒的な力――その一撃は、あまりにも一方的だった。




しかし、その隙を突くように、大地が大きく揺れた。耳をつんざく轟音が響き、霧の中からさらに巨大な影が現れる。グレンとリリィの表情が硬直する。そこに立ちはだかっていたのは、普通のオーガとは次元の違う存在。圧倒的な体躯、岩のように硬そうな筋肉、そして人間の何倍もある巨大なハンマーを手にした超巨大なオーガだった。




「……あれがこの群れの支配者ね。」セレフィナの口調はいつもと変わらない。それでも、その瞳に浮かぶ光は鋭さを増していた。




「まるで山だ……。」グレンが息を呑む。彼の剣を握る手が、知らず震えている。


超巨大オーガがハンマーを振り上げ、地面を叩きつけた。轟音とともに地面が割れ、衝撃波が他の魔物たちを吹き飛ばしていく。リリィはその光景に目を見開きながら、口を動かした。




「これ、本当に勝てるんですか……?」


その声は小さかったが、セレフィナにははっきりと届いていた。




「勝つしかないでしょう。」


短く言い放ち、セレフィナは再び魔法陣を展開する。その背筋に少しの緊張が走る――久々に“力を多少”を使わなければならない相手だったからだ。




「…こいつら、ただのオーガじゃないな。」グレンが息を呑み、戦闘態勢を整える。オーガの一体が、巨大なハンマーを振りかぶりながら力強く地面を叩いた。その衝撃波は、周囲の土を吹き飛ばし、近くにいたトロールたちすら一時的に吹き飛ばすほどだった。




「どうやら、これまでの戦いとは違うみたいね。」セレフィナは冷静に指示を出し、再び魔法陣を召喚する。だが、今回の魔物たち、特に二体のオーガのような存在に対しては、簡単に倒せる相手ではないことを理解しているようだ。




「準備はできているわね?」セレフィナがグレンを振り返り、少しだけ微笑んだ。グレンはその視線に応えるように、しっかりと剣を握りしめた。




「もちろんだ。」グレンは息を吸い込み、全力で戦う覚悟を決める。




その瞬間、オーガの一体が再び地面を蹴り、セレフィナに向かって突進してきた。その速度は、通常のオーガとは比べ物にならないほど速く、足元を強く蹴り上げながら近づいてくる。




「避けるわよ!」セレフィナが冷徹に指示を出し、素早く魔法陣の力を使って自分の身を移動させる。彼女は瞬時にその攻撃をかわし、オーガの突進が過ぎ去ると同時に、魔法の矢をその背中に向かって放つ。




「そんなもの、効くと思っているのか?」オーガがうなりながら振り返る。その筋肉で覆われた背中には魔法の矢がめり込んでいるが、あまりの硬さにほとんどダメージを与えることができない。




「力任せに来るタイプか…。」セレフィナは舌を鳴らし、再び魔法陣を展開。今度は、オーガの足元を狙った強力な地割れ魔法を放ち、地面を裂けさせる。




その瞬間、オーガは踏み込んだ足を止め、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。だが、即座にその体を起こし、怒り狂ったようにハンマーを振りかぶった。




「これが限界かな…。」セレフィナは冷静に次の手を考え、手を広げる。その瞬間、再び魔法陣がその背後に現れ、強力な魔力が込められる。




「決めろ、セレフィナ!」グレンが前に出て、剣を構える。その視線には、セレフィナの力強い魔法に託された期待が込められている。




「これで終わらせるよ。」セレフィナは低く呟き、再び魔法の力を解放した。彼女の背後で渦巻く魔法のエネルギーが一気に膨れ上がり、巨大な爆発を巻き起こす。それは、オーガの身体を完全に吹き飛ばすほどの威力を持ち、周囲の岩山すらも崩壊させていった。




だが、倒したはずのオーガの体が不気味に震え、再び立ち上がろうとする。それは、ただの魔物ではなく、何か異常な力が宿っている証だった。




「こいつ…死なない?」セレフィナが眉をひそめ、その状況を分析しながらつぶやく。




その直後、地面が再び震え、さらに強力な魔力を持った別の魔物が現れる。それは、巨大なオーガの背後にひっそりと潜んでいたもう一体のボスであり、彼の力は遥かに上回るものだった。




「これで本当に最後ね。」セレフィナは冷徹な目でその魔物を見据えながら、準備を整えた。




次なる戦いが、いよいよ始まる。

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