シャドウスパイラルの未踏破区域④
セレフィナが放った呪文の光が消え、闇の支配者は跡形もなく消滅した。その場には深い静寂が訪れる。わずかに漂う硝煙の匂いと、地面に残る焦げた痕跡だけが、先ほどまでの激戦を物語っていた。
セレフィナは静かに視線を落とし、内心でわずかな疲労感を覚えながらも、顔には微塵もそれを見せなかった。自分の力の大きさを誰よりも理解しているからこそ、それが周囲に与える影響を冷静に計算する。力の行使に伴う責任――それは、長い年月を経て彼女が身に刻み込んだ覚悟だった。
背後からリリィとグレンが駆け寄ってくる気配に気づくが、セレフィナはその場から動かず、ただ立ち尽くしていた。
「さすが…セレフィナ殿。まさかここまで一瞬で終わらせるとは…」リリィの声には驚きと畏敬が滲んでいる。その声を耳にしながらも、セレフィナの心にはどこか虚しさが広がる。この反応もまた、彼女にとっては何度も繰り返されてきた日常の一部だった。
「これが君の本当の力、か。恐れ入ったよ。」グレンも同意するように呟いた。
セレフィナはわずかに眉を寄せ、彼らの言葉を受け流すように短く息を吐いた。称賛など求めていない。ただ、与えられた役割を果たしているに過ぎない。それでも――目の前の二人が、少しでも安心してくれるのなら、それでいいと思えた。
「どうやら次に進むべき場所が現れたようね。」
静かに告げたセレフィナの視線の先には、闇の波打つような異質な扉が浮かび上がっていた。その扉から放たれる不気味な気配を前にしても、彼女の表情には一切の揺らぎがない。
リリィとグレンは緊張した様子で頷き、セレフィナの後に続く。扉を潜り抜けた瞬間、目の前の景色が一変した。
柔らかな霧が漂う幻想的な空間――そこには無数の花びらが舞い、甘い香りが漂っていた。だがセレフィナは一歩も進まず、じっとその場に立ち尽くす。心地よい香りが鼻腔をくすぐるが、彼女の鋭い感覚はそれが単なる自然のものではないことをすぐに見抜いた。
「なんだ…ここは…?」グレンが警戒心を隠さず周囲を見回す中、セレフィナは内心で冷静に状況を分析する。
(ただの霧ではない。この空間全体が仕組まれた罠…おそらく幻術だろう。まるで迷える者の心を絡め取る蜘蛛の巣のように。)
その時、霧の奥から妖艶な笑い声が響き渡った。「ふふ…ようこそ、我が支配する世界へ…」
霧の中から現れたのは、黒髪を持つ美しい女性たち――サキュバスたちだった。その瞳は怪しく輝き、彼らの心を惑わせるような力を放っている。
リリィとグレンが一瞬その美しさに目を奪われるが、セレフィナは冷ややかな目でサキュバスたちを見据えた。
「この空間…ただの霧じゃないわ。幻術ね。」冷静に状況を伝える声は低く響く。
サキュバスたちは甘い声で囁きながら近づいてくる。リリィとグレンの様子を横目で確認したセレフィナは、内心でわずかに苛立ちを覚えた。
(人間の心は脆い。それを利用する輩ほど、腹立たしい存在はいない。)
「貴方たちの幻術なんて、我には通用しないわ。」
その言葉とともに一歩踏み出したセレフィナの存在感が場の空気を変えた。彼女の放つ威圧感にサキュバスたちはたじろぐが、すぐにさらに強力な幻術を展開する。
「ふふ…この世界に迷い込んだ以上、簡単には帰さないわよ。」
サキュバスの挑発を前にしても、セレフィナの瞳は揺るぎない。彼女の中にあるのは、ただ一つ――この道を切り開き、仲間たちを守るという決意だけだった。
(幻術ごときで、我を縛れると思うな。この程度、力の差を思い知らせるだけだ。)
セレフィナは静かに腕を上げ、空間全体に力を放つ準備を始める。その姿は、どんな敵に対しても屈しない誇り高き王者のようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます