迷宮都市の一角、武器店にて



リリィが装備の確認をしていると、セレフィナがふと立ち止まり、壁に並ぶ剣をじっと見つめる。その目は普段の冷静さとは違い、何か新しい刺激を求める子どものような好奇心に満ちていた。




「ねえ、リリィ。我が剣を振るってみるのはどうだろうか?」セレフィナがぽつりと呟く。




「え、えっ?セレフィナ様が…剣を?」リリィは驚き、思わず目を丸くする。






「うむ。魔法ばかりでなく、剣での戦いも試してみたいのだ。我が力でどこまで通用するか、興味が湧いてきた。」セレフィナは真剣な表情で、一本の剣を手に取り、重さを確かめるように握りしめる。




「魔法剣士…ですか?セレフィナ様が剣を使いこなす姿、想像がつきませんが…」リリィは心配そうにしながらも、少しだけ期待の色を浮かべる。






セレフィナは小さく頷き、微かに笑みを浮かべる。「ふふ、魔法剣士というものも悪くない。我が力で、新しい戦いの形を模索してみようと思うのだ。」






セレフィナは剣を握りながら、つい先日目にした武闘大会の光景を思い出していた。彼女にとって、人間の戦いなど興味を引くものではないと思っていた。だが、あの瞬間、闘志を燃やし、汗を滲ませながらも真っ直ぐに剣を振るう人間たちの姿に、なぜか心が震えたのだ。




何のために、ここまで強くなろうとするのか─。






人間は寿命も短く、力の及ぶ範囲も限られている。それでも、あの闘士たちは自分の全てを懸け、相手と剣を交え、その一瞬の勝利に命を賭けていた。セレフィナにとって、それは魔法で相手を屠ることとはまったく違う、力と技が一体となった“戦いの美”のように感じられた。






それは、彼女が長年培ってきた魔法の強さに対する、少しの飽きを吹き飛ばす新鮮な刺激だったのだろう。己の体を剣に委ね、魔法と剣の力を同時に引き出す新たな戦い方——それを極めた時に何が見えるのか、セレフィナの胸の奥に湧き上がる好奇心は止めどなかった。






「人間のように命を賭ける気はないが、その果てにあるものを見てみたい。」




微かな微笑みを浮かべたまま、セレフィナは剣をそっと握り直した。






その時、店主が興味深そうに彼女を見つめながら声をかけてきた。「お嬢さん、その剣を手に取るのは初めてか?だが、しっかりとした握り方をしているじゃないか」




セレフィナは小さく笑みを浮かべ、首を横に振った。「いや、初めてだ。だが、これは…なかなか気に入った。これを買おう」






セレフィナは剣を手に入れると、その重さと質感を確かめるように軽く振ってみた。動きに合わせて銀色の刃がしなやかに閃き、わずかな空気を切り裂く音が響く。それは彼女の指先まで伝わる感覚に、かつてない刺激をもたらした。




「ふむ、悪くない。思ったよりも…しっかりとした感触だな」






自分でも意外だったが、この剣を手に取ることで戦いの新たな一面が見えてくる気がしていた。彼女は魔法の力に絶対的な自信を持っていたが、こうして剣という武器に触れることで、今まで気づかなかった可能性が開かれていくのを感じる。彼女の視界には、これから挑むダンジョンで剣を使いこなす自身の姿が浮かんでいた。




「…となると、試しに使ってみる必要があるな」






セレフィナは店を出ると、さっそく剣を扱うための場を探し始めた。迷宮都市の広場には冒険者が練習用の模擬戦をしている光景が広がっており、周囲には見物する者たちが集まっている。






「お嬢さん、その剣を使うつもりかい?」






通りすがりの男が声をかけてきた。彼は熟練の冒険者らしく、いくつかの傷跡が顔に残っていた。セレフィナは彼を見つめ、微かに笑みを浮かべて頷く。






男は驚きながらも楽しげに笑い、「ならば俺が相手になろう」と身構えた。セレフィナは魔法剣士を目指す思いとともに、剣を握り直し、初めての剣技を試そうとする自分に胸の高鳴りを感じていた。






セレフィナは剣を軽く構え、目の前の男を見据えた。その顔にはいつもの余裕が漂っているものの、心の内では初めての挑戦に静かな興奮が湧き上がっていた。魔法とは異なる感覚——剣を手にし、相手の動きを見極めながら身を守り、そして攻撃を加えるという直接的な戦い方が、彼女の中で新鮮に映っていた。






セレフィナは微かに息を吸い込み、刃を一瞬で振り下ろした。相手も素早く反応し、剣と剣が激しくぶつかり合う。金属音が響き、腕に伝わる衝撃が新鮮だったが、彼女の表情にはどこか楽しげなものがあった。




「なかなかいい動きだ。さすがは、迷宮都市で剣を学ぶ者だけのことはあるな」




男は少し驚いた様子で、ニヤリと笑って言葉を返した。「お嬢さんこそ、初めてとは思えない腕前だな…いや、これはひょっとしてとんでもない実力者なのか?」






セレフィナはくすりと笑いながら、次の攻撃に備えた。そして、魔法の力を少しだけ指先に込め、剣に流し込んだ。刃がわずかに光を帯び始め、彼女は魔法と剣技を織り交ぜるという、今までにない戦法を試みようとしていた。




「さて、もう一度いくぞ」




彼女の言葉に男も再び身構え、剣を握り直した。セレフィナの剣先が一瞬輝き、彼女は一気に間合いを詰めて突きを放つ。その速度に観客も息をのんだ。






一撃一撃が彼女の中で新たな戦闘の形を創り出していくようだった。魔法を使い慣れた彼女でさえ、この剣の重さと鋭さに新鮮な魅力を感じ始めていた。






「お主、名を何という?」セレフィナは剣を一時的に下ろし、相手の目をしっかりと見据えた。その問いかけは、戦いの合間に自然と出たものであり、彼女にとって相手を知ることが新たな興味を引き起こしていた。




「俺の名はグレンだ。迷宮都市で剣を振るう冒険者さ。」男は誇らしげに答え、やや緊張した面持ちでセレフィナを見返した。「お前は一体、どんな経歴を持つ者なのか?」






「我は帝国から来た大魔法使い、セレフィナだ。」彼女は少し自慢げにそう告げた。自分が魔王であることを隠すために、巧妙に言葉を選んでいた。人間界での生活を楽しむために、彼女はこの新たなアイデンティティを持つことにしたのだ。




グレンは一瞬目を丸くし、驚愕の表情を浮かべた。「大魔法使い…だと? そんな大物がこの迷宮都市に?」






セレフィナはその反応に内心で少し笑った。人間たちが自分に対して抱く恐れや驚きの感情を、彼女は心のどこかで楽しんでいた。しかし、彼女はその笑顔を崩さず、続けた。「だが、今は剣を学び、戦うことに興味がある。お前の技術を少しでも教えてほしいのだ。」








「そ、そうか。なら、俺ができる限り教えてやる!」グレンは少し気を取り直し、目に火が灯った。彼の表情からは、セレフィナへの敬意と、彼女に剣技を教えることへの興奮が交錯しているのが見て取れた。




「では、まずは基本の構えからだ。」グレンは彼女に近づき、正しい剣の持ち方を教え始めた。セレフィナはその動きに注意を払い、剣を持つ手の感触を確かめる。彼女の心の中では、魔法とは違ったこの剣の重さが新しい冒険の始まりを告げているように感じていた。

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