暗躍する魔術師



そして暫しの時が流れる──。






深い霧に包まれた暗い森。その中心に位置する古びた祭壇には、暗黒のオーラをまとった数名の人物が集まっていた。その中で、ひときわ異質な気配を放つ人物が一歩前に出る。彼の名はルビクス。王国の影で長年暗躍してきた、古の術を操る魔導師だ。






「ゼルナが人間どもと協力関係を築くとは、面白い展開になったものだな……。だが、それがどれほど持つか見ものだ」






ルビクスは冷ややかな笑みを浮かべ、彼の言葉に静かに頷く一人の側近がいる。長年彼の右腕として仕えてきた暗黒騎士、ファルデスだ。冷酷で知られ、数々の国境紛争を背後から操ってきた実力者である。






「ならば、この機に乗じて計画を進めるということですか?」ファルデスが確認するように尋ねる。






「その通りだ。魔族と人間が手を組もうが、我々の目的は揺るがない。我らは長き時を経て積み重ねてきた力で、この国を、いや、この世界の秩序を覆すのだ」






ルビクスの目に狂気が宿る。彼の計画は、単に国を滅ぼすものではない。彼の手中にある禁呪――それは、大地の力を吸収し、新たな魔族の軍勢を召喚する究極の術だった。






「そのためには、ゼルナとセレフィナの存在が厄介だ。彼らがこちらの計画に気づく前に、手を打たねばなるまい」






ファルデスは忠実に頷き、さらに踏み込んだ提案をした。「ならば、彼らの目を他へ向けるための囮を用意しておきましょう。偽の襲撃を仕掛け、王国の兵士を疲弊させておけば、奴らも動きが鈍るでしょう」






ルビクスは満足げに微笑み、その場に集まる他の者たちに視線を走らせた。「では、決行だ。新たな力を呼び起こし、王国を混乱に陥れる。ゼルナとセレフィナの目の前で、彼らが守り抜こうとする人間どもが滅び去る姿を見せつけてやろう」






ルビクスが手をかざすと、祭壇の上で闇の炎が燃え上がり、異形の魔物が次々と姿を現し始めた。未知の勢力が、その暗黒の力で世界を支配しようと動き出す時、ゼルナとセレフィナに対する新たな脅威が迫っていたのだった。






* * *






セレフィナは、国王から紹介された宿舎でしばらく寝泊まりしていた。広々とした部屋に、整えられた寝台や備え付けの暖炉まであり、生活するには十分すぎるほどの快適さだった。王都の中心に位置し、どこに出かけるにも便利な場所で、セレフィナには新鮮だった。魔界の荒々しい風景とはまったく異なる平和な日常が、少しだけ彼女の緊張を解きほぐしていた。






その場に立つ彼女は、まるで月光を纏ったかのような存在だった。長く流れる銀髪は夜風にそよぎ、淡い光を放ちながら宵闇の中で揺れる。その髪の美しさは見る者の視線を奪い、まるで夢の中にいるような錯覚を覚えさせるほどだ。そして、その瞳。深い海を思わせる澄んだ青い瞳は、どこまでも冷静で、まるで全てを見透かしているかのような鋭い輝きを宿していた。






表情一つ変えずに立つ彼女の姿からは、威厳と圧倒的な力が自然と滲み出ている。しかし、その冷ややかな美しさには、どこか人を寄せつけない孤高の雰囲気もあった。見る者は、その容姿に魅了されると同時に、近づくことすら恐れを抱く。まさに、彼女が「魔王」として君臨してきた年月が、その姿そのものに刻まれているかのようだった。






とはいえ、彼女にとっての「滞在」とはあくまで一時的なもの。暇さえあれば、王都を散策したり、次の冒険に備えて体を動かしたりと、次第に人間界での日常にも馴染んでいった。




夜空が静寂に包まれ、街は一日の疲れを癒すように眠りについていた。そんな中、セレフィナはふと、胸騒ぎを覚え目を開けた。魔族としての感覚が、何か異質な存在が迫っていることを告げていたのだ。






「…妙だな。人間界でこれほどの闇の気配を感じるとは…」




セレフィナはベッドから起き上がり、窓辺へと歩み寄る。月明かりが差し込む先には、かすかに漂う黒い霧のようなものが視界の端を横切った。




「我が見間違えることはない…これは、ただの闇ではないな」




ちょうどその時、部屋の扉が軽く叩かれ、外から小声で呼びかける声がした。扉の向こうには、緊張した表情のリリィが立っていた。






「セレフィナ様、失礼いたします。街の外れにて異常な魔力が観測されました。何者かが魔物を召喚し、王国へと向かわせているようです…」




リリィの報告に、セレフィナの眉が僅かに動く。先ほど感じた闇の気配は、どうやら新たな敵の行動だったらしい。




「…リリィ、案内しろ。我も少し見てみたい」




「かしこまりました!」




リリィが素早く頷き、セレフィナと共に廊下を走り出す。城の外へと出ると、確かに遠くの森から不気味な黒い霧が立ち上がっているのが見えた。まるで何かが動き出すのを待っているかのような、静かな圧力があたりに広がっていた。






「ゼルナ、すでに気付いているか…?」セレフィナは呟く。彼とは短い時間しか過ごしていないが、その実力は本物だ。すでにこの異変を察知している可能性が高いだろう。




しばし森を見つめていたセレフィナは、静かに口元を引き締めた。「リリィ、あの魔物たちの進行を止めるための防衛線を張らせろ。王国の兵士たちにも警戒を呼びかけるんだ」






リリィがその言葉を受け、即座に準備を整え始めた。その姿を見つめながら、セレフィナは内心で強く決意を固めた。これまでただの気まぐれで関わってきた人間たち――しかし今、彼らを守るべき存在として捉える自分がいる。




「我がここにいる限り、容易には進ませぬぞ…」




そう静かに誓いを立てたセレフィナの瞳には、強い光が宿っていた。

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