ゼルナ vs 宮廷魔術師



ゼルナは城の中庭で待っていた。周囲には警戒した騎士たちが立ち並び、彼の存在に緊張感が漂っていた。この国の王と謁見する魔王など、歴史において前例がないことだからだ。城の扉が開かれると、王が姿を現した。






王アラリックは、柔和な表情を保ちながらも、その背後には多くの側近や貴族たちが集まっていた。彼らの目はゼルナに向けられ、好奇の目と警戒の目が混ざり合っていた。






「お待たせしたな、ゼルナ。君をここに招いた理由は、我が国が直面している脅威を共に解決するためだ」と王は言った。声には緊張が感じられたが、彼は毅然とした態度を崩さなかった。






ゼルナは軽く頷き、冷静に返した。「国王、僕はこの国を助けるために来た。ここにいるセレフィナの願いだから君の提案は呑むが、人間を甘やかすつもりはないのだよ。」






「そうか。それなら、君の言葉を信じることにしよう。我々は共にこの国を守るために戦わねばならない。」王は決意を新たにし、ゼルナに向かって一歩近づいた。その瞬間、周囲の空気が変わり、両者の間にある緊張感が一層強まった。






その時、宰相が立ち上がり、貴族たちも口々に疑念を表明した。「このゼルナという魔族は本当に魔王なのか?彼の力を証明してみせよ」といった声が飛び交う。






「うむ、君の力を認めるために、宮廷魔術師と戦ってもらいたいという貴族の希望があるのだが、手合わせしていただけるだろうか?」






ゼルナは冷静さを保ちながら、彼らの視線を受け止めた。




「よかろう。君たちが僕の力を測りたいというなら、少し戦うとしようか。」


そう言って、宮廷魔術師との試合を受けて立つのだった。






* * *






場所を移して、闘技場に張り詰めた空気を切り裂くように、一人の男が前に進み出た。その瞳は燃え盛るような鋭さを持ち、彼の全身からは重厚な魔力が放たれている。






「グレゴール・ファルコナー。王国の宮廷魔術師にして、炎の精霊と契約を交わしし者だ」






彼の名乗りにこの場にいる者たちは息を呑む。グレゴールは、炎魔法において王国最強と称えられている存在であり、その力は人間離れしているとすら言われていた。王国の最前線で数多の戦いをくぐり抜けてきた彼の威圧感は、見る者の心に恐怖を刻みつける。






グレゴールは王国に仕える宮廷魔術師の中でも屈指の実力を誇る者であり、その推定レベルは精霊を加味しておよそ90に達する。彼の専門は精霊召喚で、中でも火の上級精霊イフリートを自在に操ることができる数少ない魔術師の一人だ。彼の天恵スキル─精霊操作─は、あらゆる精霊を操作できる。しかし、このスキルには高度な魔力制御が必要であり、他の魔術師では精霊との契約自体が難しいほどである。精霊召喚の真髄を極めた彼は、自らの技量に誇りを持っており、圧倒的な火力と破壊力で敵を焼き尽くしてきた。そのため、彼の名声は王国中に広まり、頼れる魔術師としての地位を確立していた。






「精霊の火は、ただの炎とは違う。覚悟してもらおうか…魔王よ」






彼は軽く指先を動かすと、その動きに応じるように周囲の空気がわずかに熱を帯び始める。燃え盛る赤い光がグレゴールの周囲をゆっくりと螺旋状に漂い、彼の背後に炎の精霊が具現化するように現れた。その姿は人型の炎のように揺らめき、存在するだけでその場の温度が上昇していく。






「私の力を見せてやろう」






グレゴールの声が低く響くと同時に、炎の精霊が彼の魔力と共鳴し、一瞬で空間が火柱に包まれた。その炎はただの熱を放つだけでなく、見る者の精神をも焼き焦がすような威圧感を持っていた。彼が操る炎は、精霊の加護により通常の数倍の威力を発揮し、どんな防御も容易には耐えられない。






その場に立ち尽くしていたゼルナも、グレゴールの強烈な魔力に興味を示しながらも微かに笑みを浮かべる。






グレゴールが炎の精霊と共に構えを取ると、空気は一層の熱気に包まれ、観衆の誰もが圧倒されていた。しかし、ゼルナはその異様な力の前に立ちながらも、動じる様子を見せず、淡々と彼を見つめ続けている。






「この程度の熱で魔王が怯むとでも思ったのか?」ゼルナは微笑を浮かべ、ゆっくりと片手を持ち上げた。






「戯れ言を!ゆくぞ!」グレゴールが鋭く言い放ち、手を一振りするやいなや、炎の精霊が轟然と唸りを上げながらゼルナに向かって突進していった。燃え盛る業火は、広間をも焼き尽くす勢いでゼルナを包み込もうとする。






だが、ゼルナは冷ややかな表情で手を振るだけだった。その瞬間、彼の周囲に黒い魔力が集まり、まるで自らの意思を持つかのように渦を巻き始める。ゼルナの手から生じた影のような黒い魔力の波動が、炎の精霊の突撃を正面から受け止め、まるで静寂の中で飲み込むかのように、業火を瞬く間に消し去った。






観衆は息を呑み、グレゴールでさえもその場で言葉を失う。






「…バカな。ありえない…私の炎が、あんなにも簡単に──」






ゼルナはその様子に冷ややかな笑みを浮かべ、淡々と語りかけた。「君の力は確かに強いが、僕の領域には届かない。精霊の力も所詮は借り物に過ぎないのだよ。」






その言葉に、グレゴールは初めて背筋に冷たい汗を感じた。彼が自らの炎を「絶対」だと信じていたからこそ、目の前でその炎が打ち消されるという現実は信じがたかったのだ。しかし、ゼルナの揺るぎない自信と、まるで圧倒的な力を示すかのような風格に、彼は一瞬自分が圧倒されかけていることを悟る。






「では、もう一度挑んでみるか?」ゼルナは軽く問いかけた。






ゼルナの問いかけに、グレゴールは再び立ち上がり、静かに己の魔力を高め始めた。その眼差しには決意と闘志が宿り、彼の周囲に熱気が漂い始める。






「いいだろう。ならば、俺の本当の力を見せてやる…!」




グレゴールは両手を前に出し、強大な魔力を込めながら詠唱を始めた。周囲の空気が震え、熱波が広間に広がっていく。彼の声が高まると同時に、宙に鮮やかな赤い魔法陣が浮かび上がり、その中心から炎の柱が立ち昇った。その輝きと熱に、結界の外で見守る者たちは息をのむ。






「来たれ、炎の上級精霊イフリート!この力を借り、我が敵を焼き尽くせ!」




魔法陣から現れたのは、巨大な炎の体を持つイフリートだった。揺れる火の塊でできたその姿は凄まじく、まるでその場のすべてを焼き尽くさんばかりの凄まじい熱を発している。




イフリートは唸り声をあげ、グレゴールの指示に応えるようにその手を高々と掲げる。空間を裂くような咆哮とともに、イフリートの体から炎が奔流のように噴き出し、ゼルナへと向かって一直線に放たれた。




「これが、俺の全力だ!受けてみろ、ゼルナ!」






イフリートの放つ炎は通常の火とは異なり、単なる物理的な熱ではなく、魔法的な力で強化された純粋な破壊のエネルギーだった。その一撃が、ゼルナを包み込もうとする。しかし──




ゼルナはその場で微動だにせず、迫り来る業火を冷静な目で見据え続けていた。






ゼルナは、グレゴールが炎の精霊イフリートを召喚し、その強力な魔法を放つ瞬間を見つめていた。熱波が彼の周囲を包み込み、空気がじりじりと焦げるような感覚が漂う。彼は内心でほくそ笑んでいた。人間の魔法は、どれだけ巧妙であろうと、彼の知識と魔力の前では取るに足らない存在だったからだ。






「ふむ、炎の精霊イフリートか。力強い技を見せてくれるようだな。」ゼルナはわずかに感心した様子を見せるものの、その目には冷静さが宿っていた。彼の長い生涯の中で培った魔力は、精霊の力を凌駕していると自信を持っていたからだ。






グレゴールが全力で放った炎の魔法は、まるで空を裂くような勢いでゼルナに迫る。その炎は真紅に燃え盛り、彼を飲み込むかのように見えたが、ゼルナはその瞬間、周囲の熱を完全に無視するかのように立ち尽くしていた。






「人間の魔法は、自然の法則に依存している。それに対して、我々魔族はその法則を超越する力を持っている。」ゼルナは心の中で自分に言い聞かせるように考え、わずかに口元を緩めた。魔族としての誇りが、自分を支える力となっている。






彼はその手の中で、放たれた炎のエネルギーを捕らえるかのように、強力な魔力を発揮した。「これが力の差だ、グレゴール」と内心で感じつつ、ゼルナは彼の魔法を無効化する。その瞬間、炎が彼の周囲で爆発的に消え去り、彼は無傷のまま立っている姿を誇示するかのように堂々と佇んでいた。





「つ、強すぎる…!」



グレゴールはその瞬間、心底の恐怖と無力感に襲われた。自らの全力を注いで召喚した炎の精霊イフリートの最大呪文が、目の前の魔王ゼルナによって軽々と無効化されてしまったのだ。その姿は、まるで何もなかったかのように涼しげで、彼に対して一切の焦りを見せることもなかった。






グレゴールの思考は混乱し、彼は自らの過ちを痛感した。これまでの自信はどこに消えたのか、心の中に広がる焦燥感が彼を襲う。「自分は炎の精霊使いだ。これほどの力を持っているはずなのに、どうしてこの男には通用しないのか?」彼の心の声は、これまで体験したことのない怒りと屈辱の中でうねり続けていた。






周囲の貴族たちの視線が、彼に集中する。彼はその重圧を感じ、視線を逸らすことができなかった。期待を寄せられていた自分が、まるで子供のように無力であることに気づく。彼の誇りが、風前の灯火のように消え去っていくのが分かった。






「これが魔王の実力なのか…」その考えが彼の頭の中を駆け巡る。自分が憧れ、尊敬していた魔の極地とも言える目の前の存在は、まさに自分の想像を超えていた。今までの挑戦が、どれだけの無謀なものだったのか、思い知らされる瞬間だった。






グレゴールは、立ち尽くしたまま、自分の力不足を痛感し、一気に年老いたように呟いた。「ま、参った…」その言葉は、自らの運命に対する諦めのような響きを持っていた。彼の心は、敗北の色に染まっていく。

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