魔王、この世界の魔王に絡まれる。
翌朝、陽が昇り始めると同時に、セレフィナたちは城門の前に集まっていた。朝靄が立ち込める中、冷たい空気に包まれながらも、緊張感とともに静かに準備が進んでいる。
メンバーは、セレフィナと彼女を護衛するリリィ、そしてリリィが選び抜いた数名の精鋭兵士たち。王国の存亡を担う重要な任務のため、リリィも仲間も気を引き締めていた。
リリィが部下たちに指示を出している中、セレフィナは少し離れたところで空を見上げ、のんびりと伸びをしている。そんな彼女を見て、リリィは少し呆れたようにため息をつきながらも、その圧倒的な力に信頼を寄せている自分を感じていた。
「みんな、準備はできた?」セレフィナがリリィに向かって声をかけ、少し意外そうに振り返ったリリィは、彼女の悠々とした態度に微笑んだ。
「はい、セレフィナ様、いつでも出発できます。」リリィが返事をすると、セレフィナは「よし、じゃあさっさと行こうか」と軽くうなずき、ゆっくりと門へ向かって歩き出した。その姿に兵士たちは一瞬驚き、しかし彼女の後に続くように列を整える。
「本当に、こんな調子で大丈夫なのか…」兵士の一人が小声でつぶやくと、リリィが微笑みながら振り返り、「彼女の力を目の当たりにすれば、心配など無用だと分かりますよ」と優しく応じた。
その言葉に安心したのか、兵士たちは再び士気を高め、セレフィナの後に続いて城門を出発した。
* * *
リリィと精鋭部隊の兵士たち、そしてセレフィナの四人は、意気揚々と草原を進んでいた。その日差しは明るく、穏やかな風が吹いている。だが、そんな平和な雰囲気は突如として破られた。
彼らが草原の中央に差し掛かったとき、目の前に少年の見た目をした人物が現れた。
彼こそがこの世界の魔王─ゼルナ─である。
彼は冷静な口調で言った。「やぁ、君たち。ここに来てくれてありがとう」その視線は落ち着いていて、まるで運命を語るかのような雰囲気を醸し出していた。
リリィは驚き、すぐに戦闘態勢に入る。「何者だ、お前は!?」
ゼルナは微笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を振る。「心配しないで。戦いに来たわけではない。ちょっと聞きたいことがあってさ。でも、君たちには僕の力を見せる必要があるみたいだね。」
ゼルナの推定レベルについては、人間の尺度で表すには限界があるが、彼の存在感と圧倒的な力は、通常の計測では捉えきれないほどの次元に達している。単なる数字では表現しきれないその領域で、仮に測定できるとしたら、おそらく100以上、もしくはそれを超越した“未知”のレベルに相当するだろう。
実のところ、ゼルナは上級魔族であるドルケニとその配下が、この国の国境沿いで消息を絶ったことが気がかりであり、自ら調査に赴いていたのだった。万が一上級魔族を倒せる存在がいるとしたら、魔王自ら調査しなければならないと、この地に足を運んでいた。
ゼルナは手を高く掲げ、呪文を唱え始める。すると、空が暗くなり、彼の周囲に魔法陣が現れた。二体の召喚獣が、その魔法陣から現れた。ひとつは大きな狼の姿をした「アスラ」、もうひとつは美しい猫のような「ルーシア」だった。彼らは強力な魔獣として知られており、見るからに力強いオーラを放っていた。
リリィたちは身構えたが、セレフィナはその二体を見て驚愕の表情を浮かべる。「まさか…!」
アスラとルーシアはゼルナの指示に従うことなく、セレフィナの元へと走り寄った。彼らは彼女の足元で尻尾を振り、嬉しそうに顎をすり寄せる。まるで自分の主人を見つけたかのように、無邪気に甘えていた。
「おい、こっちを見ろ!」リリィは目の前の状況に戸惑いながらも、セレフィナを守るために魔法の準備を始めた。しかし、セレフィナはその光景を見て微笑んだ。「彼らは私のペットなの。心配しないで、リリィ。」
ゼルナはその様子を見て、冷静に笑った。「おや、君は彼らを呼び寄せる力を持っているのか。面白い。しかし、戦うことを避けられないようだ。」彼はアスラとルーシアを手で指示し、二体の魔獣は一瞬凍りついたように固まる。
セレフィナは前に出て、二体のペットに向かって優しく語りかける。「アスラ、ルーシア、私がこの戦いを終わらせるから、戦わないで待っていて。」
その言葉を口にしながら、彼女の心にはさまざまな感情が渦巻いていた。アスラとルーシアは、彼女にとってただの召喚獣ではなく、共に過ごしてきた大切な存在だった。彼らの無邪気な姿を見て、セレフィナは胸が温かくなる一方で、彼らがこの戦いに巻き込まれることへの不安が押し寄せる。彼女は自らの力でこの状況を終わらせることを決意し、二体を守る責任を感じていた。
彼女は冷静さを保ちながらも、心の中では「このまま無事に戻れるのか?」と自問自答していた。もしゼルナが本当に強力な存在であれば、戦うこと自体がアスラやルーシアを危険にさらすことになる。だが、彼女は決して後退するわけにはいかない。自分のペットが彼女の言葉に従う姿を見て、少しだけ安心感を覚えた。彼女たちの信頼が、彼女自身の強さに繋がることを感じていた。
その瞬間、アスラとルーシアは一瞬躊躇いながらも、彼女の声に応えた。「アオーン!」(アスラ)「ニャー!」(ルーシア)彼らはセレフィナの側でじっと待ち、攻撃する意思を見せることはなかった。
ゼルナは、その状況を見て驚いた様子を見せる。「なるほど、彼らの忠誠は君にあるようだ。それでは、僕が勝つことは難しくなりそうだ。」
ゼルナは驚きと共に、目の前の事実に信じられない思いを抱いていた。あの二体の召喚獣──アスラとルーシア──は、彼が幾度も魔界に足を踏み入れ、命の危険を冒しながら、やっとの思いで契約した高位の魔物たちだ。その契約には、いくつもの試練が伴った。魔界の瘴気に耐えながら何日も彷徨い、彼らに力を認めさせるために数々の犠牲を払ってきた。戦いに勝ち、誓いの言葉を刻み、ようやく彼らの力を借りる契約を結んだのだ。
そして今、ようやく召喚に成功した二体が、まさかセレフィナに対して尻尾を振り、忠誠を示しているとは──。その様子を目にした瞬間、ゼルナの中で揺るぎない自信が崩れ始める。
実を言うと、ゼルナの推定レベルは150を超えており、彼の実力はまさに圧倒的であった。古代龍種エンシェントドラゴンとしての血統は、彼に人間の想像を遥かに超える力を与えている。彼の存在は、魔物たちや精霊たちにとって恐れの対象であり、彼の強大な魔力は、敵を一瞬で圧倒するほどの威力を持っていた。加えて、何千年もの間戦い続けてきた経験から生まれる高い戦術眼と、瞬時に形状を変える能力により、彼はどんな戦闘にも柔軟に対応することができる。そのため、彼のレベルは単なる数値以上のものであり、彼が戦場に立つ限り、どんな敵も容易には立ち向かえない存在であることを意味していた。
しかし、セレフィナの前ではそんなゼルナの実力も霞んでしまうのだった─。
* * *
セレフィナはゼルナの前に立つと、軽く指を弾いた。すると、彼女の背後に淡い光の渦が生まれ、そこから一人の人影がゆっくりと姿を現した。現れたのは、鋭い目つきを持つ人型の魔族で、筋肉質な体が露わになり、その肌には複雑な模様が刻まれている。彼の背中には大きな翼があり、漆黒の鱗が淡く光を反射していた。その姿は、ただ立っているだけで周囲に威圧感を漂わせ、見る者に圧倒的な力を感じさせた。
「フューゴ、任せたよ」とセレフィナは落ち着いた口調で命じる。その視線には、絶対の信頼が宿っていた。フューゴと呼ばれた魔族は、恭しく一礼をしてからゼルナを鋭く見据え、一歩前に出る。
ゼルナは驚き、瞳を細める。「まさか、君も部下を連れてくるとはね…僕が召喚した君のペットたちへの返答というわけか」
「当然よ。そっちが先に召喚してきたのだからね」とセレフィナはあくまで余裕の態度を崩さない。フューゴはゼルナの前に進み出ると、静かに構え、隙のない姿勢をとった。
ゼルナは内心で冷や汗を感じ始める。フューゴの放つ気配は、単なる魔族とは明らかに異なっていた。自分の力だけでは、この戦いを勝ち抜くのは難しいと、ゼルナは徐々に悟り始める。
ゼルナは冷や汗を拭う間もなく、目の前に現れた新たな存在に視線を向けた。セレフィナが呼び出したのは、屈強な体つきで気迫を放つ男、フューゴ。その鋭い眼差しと、どこか冷徹さを宿した佇まいは、戦場に慣れた者であることを物語っていた。
「さあ、セレフィナ様に手を出した報いを受けてもらおうか」
フューゴは静かに言い放ち、地を踏みしめる。その動作一つひとつに重みがあり、まるで空気が震えるような感覚がゼルナの背筋を走る。自分の力量がどれほど通じるか──その思いがゼルナの中で徐々に不安に変わりつつあった。
「面白い…僕も全力を尽くそう」
ゼルナは平静を装い、右手を突き出す。強烈な魔力を込めた攻撃魔法を唱えようとしたその瞬間、フューゴが一瞬で間合いを詰めた。鋭い一撃がゼルナの顔の横を掠め、空間が切り裂かれる音が響く。
「…速い!」
ゼルナは目を見開いた。通常、魔物でさえも捉えきれないほどの速度だ。だがフューゴの動きはそれを遥かに上回っていた。彼の攻撃はまさに鍛え上げられた剣のように無駄がなく、すべてが命中を狙った精密な軌道だった。
ゼルナは次々と防御の魔法を展開し、必死に攻撃をかわす。しかし、その盾が砕ける度、冷や汗が背中を伝い、焦りが増す。
「どうした?お前の力はこんなものか?」
フューゴは不敵に笑いながら、間髪入れずにさらに攻め立てる。ゼルナは一瞬の隙を見つけ、強力な破壊魔法を放ったが、フューゴは指先一つでそれを弾き飛ばした。もはやゼルナの力は彼には通じない。
「僕が…これほどまでに劣勢だなんて…!」
絶望の色がゼルナの顔に浮かぶ。フューゴの攻撃は止まらず、その一撃一撃がゼルナの身体に重く、確実にダメージを与えていく。そして、最後の一撃を放つべく、フューゴは剣を掲げた。
「これで終わりだ…!」
ゼルナは目を閉じ、戦いの終焉を覚悟した。
セレフィナは手を軽く上げ、「待て」とフューゴに静かに指示を下した。目の前で静かな闘志を見せるゼルナに視線を据え、少しも怯まず冷静に言葉を紡ぐ。
「ゼルナ、今は国王から命じられた任務がある。だから、この戦いをここで止めてほしい。君なら、国境に集まっている魔族たちをどうにか引かせることもできるはずだ」
彼女の言葉には重みがあり、ただの頼み事ではなく、一つの選択肢を示すようだった。
「分かったよ、僕が負けたんだから言うことを聞こう」そういってゼルナはこの国にいる魔族をすべて引き上げさせるよう約束をした。
ゼルナが素直に応じたことで、セレフィナはほっとしたように微笑んだ。彼女の視線が一瞬、ゼルナから離れ、フューゴやリリィ、そして部下たちへと向けられる。緊張に包まれていた一同も、ようやく安堵の表情を浮かべた。
ゼルナは少し苦笑いを浮かべ、軽く肩をすくめるようにして言葉を続けた。「まあ、君の強さを目の当たりにしたら、僕も無駄に抵抗する気にはならないさ。それに…僕せっかく苦労して契約した魔界の魔獣までもが、君に懐いているのを見ると、色々と肩の力が抜けるってものだ」
セレフィナは少し目を細めながらも、肩の力を抜き、静かにうなずいた。「そうか。これで国境の問題も解決だな」
ゼルナは魔族に命じるかのように手を軽く掲げ、声も出さずに指示を飛ばした。その瞬間、彼に従っていた魔族たちは一斉に動きを止め、まるで指揮が解けたかのように撤退を始めた。彼らの姿が次々と霧のように消え去っていくのを見て、リリィたちもようやくほっと一息をつく。
セレフィナは、そんなゼルナに最後の確認をするかのように言葉をかけた。「今後も、こちらの国に不必要な手出しはしないと約束してくれるか?」
ゼルナは目をそらさず、真剣な表情でうなずいた。「ああ、僕も無駄な争いは望んでないよ。それに…君がこの国にいる間は、むやみに挑発する気にはなれない」
彼のその言葉には、どこか尊敬にも似た感情が込められていた。セレフィナはその意図を理解しながらも、あくまで冷静にうなずくにとどめた。
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