リリィ、セレフィナを王に会わせる。
リリィがセレフィナを伴い、王宮の謁見の間へと歩みを進める。重厚な扉を抜け、神聖な雰囲気が漂う広間へ足を踏み入れると、リリィの緊張が増していった。案内役の彼女には国王への報告の義務があり、その内容に一層の慎重さを求められるためだ。
広間の中央、玉座に腰掛ける国王アラリックは、穏やかな表情で彼女たちの到着を待っていた。その落ち着いた雰囲気は、長年国を守り導いてきた者ならではのものだった。
リリィは一礼し、深く頭を下げる。「陛下、こちらは帝国の…大魔法使い、セレフィナ様です。単独で上級魔族を撃破し、私たちにご協力いただけると伺いまして、早速こちらにお連れしました。」
リリィは王の前で一瞬、言葉を選びかけた。目の前にいるセレフィナが一体何者なのか──その強さはとても普通の人間とは思えず、かといってその素性についても深くは知らない。だが、今のところ頼れる存在であることに変わりはないのだ。王にどう紹介するべきか悩んだ末、彼女の言葉を信じることにした。
「帝国の魔法使い」という紹介が果たして正しいのか、それとも偽りに満ちた称号なのか。リリィの心の中には、かすかな不安がよぎった。だが、セレフィナが堂々とそう名乗ったことを思い出し、彼女の望む通りに伝えるしかないと腹をくくった。
国王アラリックは目を細め、興味深そうにセレフィナを見つめる。「ほう、帝国から来たとは珍しい。セレフィナ殿、お会いできて光栄です。」
アラリックは一見穏やかな笑みを浮かべながらも、内心では警戒の色を強めていた。彼女が本当に帝国の魔法使いであるなら、わざわざこの国に来る理由がないように思える。もしかすると、彼女は帝国からの間者なのではないか、と疑念が湧き上がる。
だが、アラリックはすぐにその考えを簡単に口にすることはしなかった。上級魔族を撃退するという功績が、もしも本物であるなら、彼女の力はこの国にとって頼もしい存在となる。その一方で、もしも彼女が間者であった場合、わざわざ人目に立つような行動を取るだろうか、と冷静に考え直す。もし彼女が帝国の者としてこちらの様子を探るための存在なら、既にこちらの情報は知られてしまっているだろう。
彼女を受け入れることにはリスクもあるが、今はその助けを必要としている状況だ。アラリックはその疑念を胸にしまい込み、表情を崩さないまま再びセレフィナに目を向ける。彼の中で、彼女の力を借りることの利益とリスクが天秤にかけられ、少しずつ心が決まりつつあった。
セレフィナは軽く微笑み、改まることなく会釈した。「光栄なんて大げさだよ。我はただの放浪者みたいなものだ。帝国じゃ大魔法使いって言われているが、ここの人たちとはまた違う力を持ってるだけだし。」
その言葉にアラリック王も微笑を浮かべ、興味深そうに続けた。「なるほど…しかし、我々にはない力を持っておられることが、既に大きな助けとなるでしょう。あなたのような方がこの国に訪れたのも、何かのご縁かもしれませんな。」
セレフィナは楽しそうに微笑んで、国王の言葉にうなずいた。「まあ、そうかもね。やれることがあれば力になれるかも。」
ふと、その微笑みが静かに消え、セレフィナは一歩前に出て、アラリック国王の顔をじっと見つめた。
「…ところで、アラリック王。あなたたちが言う『民』とは一体なんだ?」
その問いは意外だったのか、国王は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて答えた。
「民とは…我が国を支え、共に生きる人々のことだ。彼らは家族であり、友であり、この国そのものと言っても過言ではない。」
セレフィナはその答えに静かに耳を傾け、わずかに目を細めた。彼女にとって「民」という概念は、単なる集団以上の意味を持つようには感じられなかった。だが、王が語る「民」は、愛情と絆によって結ばれた存在であることを、彼女もまたどこかで理解した。
「なるほどね、人間にとっては民が家族のようなものだというわけか。」セレフィナはゆっくりと頷いた。「我にとっては少し不思議なものだが…まあ、それが人間の強さの秘訣なのかもしれないな。」
彼女の心には、少しずつ人間の理解が芽生えつつあった。それは、自分にはない人間らしい「弱さ」への興味と、彼らを支える「強さ」への敬意の入り混じる、不思議な感情だった。
セレフィナの軽やかな口調に少しずつ心を開きつつも、リリィの中には抑えきれない緊張と悲しみがあった。彼女は視線を少し下げ、王に報告しなければならないことを思い出す。先ほどまでの会話で気が紛れていたが、レオンの最後の瞬間が脳裏に蘇る。
「…そういえば、陛下に大事な報告がありました。」
リリィは深く息を吸い、改めて王に向き直った。声には悲しみを押し殺すような震えが混ざっていた。
「実は…レオン様が、今回の戦いで…亡くなられました。」
王の表情が一瞬にして陰る。リリィが言葉を続ける間、王もセレフィナも黙って彼女の話に耳を傾けていた。
「彼は、最後まで勇敢に戦い抜きました。皆の避難が完了するまで前線で踏みとどまり…そして、魔族との戦闘で、命を散らされました。」
リリィは唇を強く噛みしめ、目に浮かんだ涙を必死に抑える。だが、胸の奥底で溢れ出そうとする感情を押し殺すことは難しかった。
王はリリィの報告を静かに聞き、しばらく沈黙したまま視線を落とした。顔に刻まれた深い皺がさらに深くなり、その表情は悲しみに包まれている。彼は深い溜息をつき、レオンの死を心から悼むように目を閉じた。
「…レオンが、最後まで皆を守るために戦ってくれたのか…彼の勇気と献身に、私たちはどれほどの感謝をしても足りないな。」
王の声は少し掠れていたが、その眼差しには確かな覚悟と敬意が宿っていた。彼はレオンのために一瞬、静かに祈りを捧げるように手を組んだ。
「リリィ、報告をありがとう。つらかっただろうに…よくぞ伝えてくれた。」
それから、ふと王の視線はセレフィナに向けられた。彼女の存在は、今の王にとっても特別な意味を持っていた。リリィの報告を通して聞いた彼女の力、その真価を理解していないものの、彼女の強大さは感じ取れていたからだ。
「あなたがこの国に来てくれたことには、何か特別なご縁があるのだろう。私たちの国が直面している現状を、少しでも知っていただければ…その、もしもですが…」
アラリック王は言葉を一度切り、少しだけセレフィナをじっと見つめた。その表情には、頼ることへの迷いと、相手が本当に帝国の大魔法使いであるならば、国の現状を少しでも知ってほしいという切実な思いが垣間見えていた。
「実はこの国では、近隣の魔族による襲撃が続き、国民の安全が日ごとに脅かされている。加えて、魔族に対抗できるほどの力を持つ者が少なく…」アラリック王の声は次第に低くなり、痛ましい記憶がよぎるのか眉間にシワを寄せた。
「もし、セレフィナ殿のような力ある方がこの地にいるのなら、我々に希望をもたらしていただけるかもしれない…そんな思いがあるのだ。無理なお願いだとは重々承知しているが…」
セレフィナは軽く頷きながら、特に驚いた様子もなく、淡々と王の言葉に耳を傾けていた。しかしその瞳には、彼女なりの興味が浮かんでいるように見える。
「分かったよ、力になる。一度吐いた言葉は戻せないからね。それで、何をすればいい?」
セレフィナは腕を組んで王を見据えた。自分の言葉に躊躇はなく、表情にはどこか頼もしい余裕が漂っている。
アラリック王は、その言葉を聞くと、胸を撫でおろすように深く息をついた。「ありがたい…まず、国境付近に現れた強力な魔族たちについて、調査してもらえないだろうか。近頃は、その魔族たちが集団で動くこともあり、村々への被害が甚大で、兵士たちも応戦できない状態にある。」
リリィがそこで一歩前に出て、真剣な眼差しでセレフィナを見つめた。「セレフィナ様、私も同行させていただきます。どうか、私たちの国をお守りいただければ…」
セレフィナはちらりとリリィを見やり、「ふーん」と少し笑みを浮かべると、軽く肩をすくめた。「まあ、別にいいけど、足手まといにならないようにしてよ?」と軽い調子で返したが、どこか満足げに見える。
アラリック王はその様子を見守りながら、ふと安堵の表情を浮かべた。「ありがとう、セレフィナ殿。この国は…いや、私たちみんなが、君に救いを求めているんだ。」
そう言い終えると、アラリック王は再び深く頭を下げ、リリィも彼に倣ってセレフィナに礼をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます