魔王、頼られることに喜びを見出す。
セレフィナは、目の前で必死に戦う人間たちの姿を見つめながら、深い感慨に浸っていた。「人間というのは実に面白い生き物だ」と彼女は思った。どんなに弱っちくても、彼らは守るべき者のために、倒れても倒れてもまた立ち上がる。その姿は、まるで打たれても折れない草花のようだった。
一方で、魔界の魔族は異なる法則の下で生きていた。彼らの世界は、まさに弱肉強食の厳しい掟が支配する場所であり、力こそが全ての価値を決定づける。弱者は容赦なく排除され、力ある者がその地位を奪い合うのが常だった。魔族たちは、強さを求めて日々争い、互いの血を流し合うことが日常であり、友情や絆などというものは、彼らの生存本能の前には脆くも消え去ってしまう。
彼らの目には、決して諦めない力強さが宿っている。セレフィナは、相手が自分では到底敵わない存在であっても、仲間と連携し、僅かな可能性に賭けて懸命に生きようとする人間の生命力を強く感じていた。その不屈の精神は、彼女にとって新たな感動を呼び起こすものだった。魔族として、彼女はその力強さに心を打たれ、同時に人間たちを守りたいという思いが芽生えていくのを感じていた。彼女の心の中で、人間たちへの理解と共感が育まれていく。
暫しの静寂が流れ、意を決してリリィが口を開く。
「助太刀いただき、ありがとうございます。失礼ですがあなた様は…一体どこから来たのですか?そして、人間なのでしょうか?」リリィは、目の前の存在が信じられないような気持ちで尋ねた。
セレフィナは微笑を浮かべ、手を軽く振った。「どこから来たかって?それは…ちょっと遠いところからかな。私は帝国の魔法使いで、強い魔法を使うことができるんだ。」
「こんなに強い魔法使いなんて見たことがありませんが…」リリィは驚きを隠せずに言った。目の前にいるセレフィナは、杖を持っていない素手の状態で、圧倒的な力を見せつけた。通常、魔法使いは杖や魔法道具を用いて力を引き出すものだが、彼女はまるでそれらを必要としないかのように、優雅にその力を発揮していた。
リリィの心には、驚愕と共に疑念が広がる。広範囲魔法を用いて一瞬で下級魔族たちを消し去る様は、彼女が持つ力の桁違いを物語っていた。通常の魔法使いがそんなことを成し遂げるのは難しく、特別な才能を持った者でも広範囲魔法となると威力が分散してしまうため、それだけで対象を消滅させることはほぼ不可能だ。
リリィは、これまで自分が見てきた魔法使いとは明らかに異なる存在に出会ってしまったことに、戸惑いを隠せなかった。「彼女は一体何者なのか…」リリィは内心で問い続ける。どんなバックグラウンドを持ち、どうしてここにいるのか。冷静な判断力を保とうとするが、心のどこかに恐怖が根を下ろしているのを感じた。
「─そんなにおかしいことかな?帝国の魔法使いは特別なんだよ。海を越えた先の国では、我のように強い者がたくさんいるのだ。」セレフィナは全くデタラメな根拠のないことを、自信満々に言った。
彼女は軽やかにローブを羽織った姿で、杖も持たずに堂々と立っていることで、逆にその強さが際立っていると感じていた。
「だって、魔法はその人の内にある力なんだから、道具に頼らなくても一流の魔法使いならその身一つで戦うのが当たり前なのだ。」彼女は軽い口調でそう付け加え、内心で自分の言葉に納得していた。
これが真実であるかのように装うことで、リリィを疑念から遠ざけようとしているのだ。
リリィはその言葉を一瞬疑ったものの、目の前にいる彼女の強さを見て、無理やりに納得する。「そうなんですね…それなら、私たちに、ぜひ協力してほしいです。あなたがいると心強いですから。」
正直、自分の目の前にいる相手が、同じ人間であるなどとは全く信じられなかった─。
しかし、幸いなことに話は通じるし、このままでは話が進まないため、とりあえず口裏を合わせ、目の前の人物が帝国の大魔法使いであると無理やり自身を納得させた。
また、彼女の軽やかな振る舞いや、自由な発言には、どこか親しみやすさがあり、思わず心が緩んでしまうのだった。
彼女が私たちを助けてくれたのは事実だし、この国に味方してくれる存在なら、ありがたいことですね─リリィは内心で目の前の存在に感謝するのであった。
そんなリリィは不安な気持ちを胸に秘めつつ、さらに問いかける。「それで、どうしてここにいるのですか?帝国の方からわざわざ来てくれた理由が気になります。」
「ふむ、その理由を言う前に、そちらの事情についてまず教えていただけるかな?」セレフィナはまずリリィに問うた。
リリィはセレフィナに向き直り、少し躊躇しながら口を開いた。
「私たち…この国だけじゃなく、世界中の人間がずっと魔族に襲われてきました。私たちが弱いから、何度も、何度も追い詰められて、その度に大勢の命が奪われてきたのです。」
セレフィナは微笑ましいものでも見るかのように、静かに彼女の話を聞いていた。
「もう技術も、知識も、ほとんど失われてしまったのです。強い戦士も、英雄も、みんな…少しずついなくなってしまいました。だから…」
リリィは震える声で続けた。「だから、どうかお願いです。あなたほどの力があるなら…どうか私たちを助けてほしいです。今この世界には、あなたのような存在しか残されていないのです。」
リリィは直感的に、目の前のチャンスは必ず拾い上げなければいけない気がした。
セレフィナは一瞬目を細め、軽くため息をついた。「ふぅん、そんなに追い詰められているのか。でも…我が助ける理由なんて、特にないのではないか?」
リリィの目が見開かれ、必死に言葉を探した。
「…それでも、私たちは生き延びたいんです!あなたならきっと…」
セレフィナは今度こそ微笑んだ。「まあ、確かにこの世界がぐちゃぐちゃになるのは少し面倒だ。うーん、どうしようか?」
セレフィナは空を見上げ、心の中で考えを巡らせた。
(別に、この世界を守る理由なんてない。我はあくまで中立だし、どちらかに肩入れする気もない。ただ、この人間たちの弱さには…少し驚かされたかな。)
彼女の目に映るのは、戦い疲れ、追い詰められた人間たち。彼らが必死に生き延びようとする姿は、魔界で生き残りを賭けた激しい戦いとはまた違った意味で、奇妙な滑稽さがあった。
(これだけ弱いくせに、まだ抗おうとするなんて。命を削ってまで必死に戦うなんて、やはり人間はおかしな生き物だ。)
ふと、さっきの子供の声が脳裏に蘇る。「助けて…」
あの瞬間、無意識に動いた自分を思い返し、セレフィナは微かに眉をひそめた。
(…そういえば、なんであの子を助けたんだろう?本来なら、魔族に蹂躙されるがまま放っておけばいいものを。)
彼女は、数万年の人生の中で人間とは接したことがなかった。しかし、今感じる微妙な感情にはどこか懐かしさを覚えた。過去に似たような感情を抱いたことがあったかもしれないが、それは長い時の流れの中で薄れてしまっていた。
今はただ、その感情が何を意味するのかを追求する気にはなれず、心の片隅で温かさを感じる自分を不思議に思いながら、静かに受け入れることにした。
(まあ、退屈しのぎにはなるかもしれないし、ちょっとだけこの状況を見守ってやってもいいか。もし飽きたら、途中で手を引いてしまえばいいことだし。)
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、セレフィナは小さく微笑みながら、リリィの方へ視線を戻した。まるで、遊び相手を見つけたかのような無邪気な表情だった。
「そこまでの決意があるのなら、我も鬼ではない。少しだけ手を貸してあげようかな。ただ、そんなに期待しないで。」
セレフィナの言葉を聞いた瞬間、リリィは戸惑いを覚えた。目の前にいるのは、普通の少女に見えるが、その圧倒的な存在感はどう考えても人間離れしていた。助けてもらえることはありがたいが、彼女がなぜこんな状況で手を差し伸べてくれるのか、リリィには理解できなかった。
リリィはセレフィナを見つめ、緊張した面持ちで言葉を探していた。「…どうして、見返りもなしに私たちを助けてくれるのですか?」
セレフィナは一瞬目を細め、軽く肩をすくめた。「助けるって?まあ、そう見えるかもしれないけど、実際はそんな大げさな理由じゃないんだ。放っておけなかっただけ。それに、君たちを見てると、ちょっと面白くなってきたからさ。」
弱く、脆い存在のはずなのに、彼らは必死に生き、時に自分たちの限界を超えて力を振り絞る。そんな姿がどこか新鮮で、心の奥にわずかな興味を芽生えさせていたのだ。何故なのかはわからないが、彼らの不器用ながらも必死に抗う姿に魅了されるような感覚があった。
魔界では何万年も過ごしてきたが、そこは常に弱肉強食の世界だった。強い者が生き残り、弱い者は消える。ただそれだけの理屈。誰も他人を信じたり、頼ったりすることはないし、そんな必要すらなかった。力がすべてを決める世界では、絆や信頼など儚い幻想に過ぎない。
セレフィナは、ふと遠い昔のことを思い出しながら笑みを浮かべた。
魔界での彼女の立場─王であること─それは、他者を力で屈服させて得たものにすぎない。魔界では、力がすべて。支配者は力で君臨し、従者たちはその力に従う。それだけの関係だった。そこに信頼や忠誠心などというものは存在しない。どれだけ長く王として君臨していようと、周囲の者たちは常に彼女の背後を窺い、力の隙を狙っていた。
それに比べて、目の前の人間たちはどうだろう。彼らは弱い。セレフィナにとっては、それこそ簡単に潰せるほどの存在だ。それでも、互いを信頼し、支え合いながら生きようとする姿には不思議な魅力があった。彼らの「弱さ」を補うように、誰かを頼り、助け合う。魔界ではありえない光景だった。
彼女の言葉には微妙な暖かさが感じられ、リリィは安堵しつつも疑念が残っていた。「あなたの名前は…?」
セレフィナは静かに笑いながら答えた。「私の名前はセレフィナだよ。」
リリィは微笑み、口を開く
「セレフィナ殿、ありがとうございます。あと、私はリリィです!これからよろしくお願いします。」
「リリィね。こちらこそ、よろしく。」
セレフィナはリリィの笑顔を見つめ、心の中で小さく微笑んだ。人間という存在は、彼女にとって未知の領域だった。何万年もの間、魔界で戦い続けた彼女にとって、リリィのような小さな存在が秘めている可能性には驚くべきものがあると感じていた。
人間って、思ってる以上に面白い存在かもしれないな─。
感情に浸っていると、リリィから唐突に声がかかった。
「さっそくですが、お会い頂きたい方がいます!」
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