side リリィ(エリオン王国部隊長)
リリィは、エリオン王国の精鋭部隊を率いる隊長として、これまで数多くの戦場を駆け抜けてきた。戦士として磨かれた直感は、強者の気配を瞬時に嗅ぎ取る。それは、常に彼女の命を救い、部隊を勝利へと導いてきた頼りになる力だ。しかし、今、彼女の目の前に広がる光景は、それを遥かに超えた絶望を突きつけていた。
彼女の部下たちは必死に応戦している。剣を振るう者、槍で突撃する者、そして防御の壁を張り巡らせる魔術師たち──彼ら一人ひとりが己の限界を超えた力を振り絞っている。それでも、魔族たちは圧倒的だった。鋭い爪と異常な存在力で、次々と部下たちを打ち倒していく。
ひとりの若い戦士が叫び声を上げながら魔族へ突撃した。しかし、魔族の鋭利な爪が閃くと、彼の甲冑は紙のように引き裂かれ、無残にも地面に倒れ伏す。その体が動かなくなるのを見るたびに、リリィの胸がきしむ。別の戦士が果敢にも突撃したが、魔族の膂力に圧倒され、空高く放り投げられて地面に叩きつけられた。そこには、無力さに沈む戦場の現実が広がっていた。
「このままでは…全滅する…」
リリィの歯が音を立てるほど強く噛み締められる。だが、指揮官としての責務が彼女を押しとどめた。部下たちの命を繋ぎ止めるため、少しでも時間を稼ぐために、彼女は声を張り上げ続ける。しかし、その叫び声も戦場の混沌の中に溶けていく。
この世界では、人々が神から授かった「ギフト」によって特殊な力を得ている。それでも、その力だけでは戦えない。真の強さは「存在力」、つまり命そのものを削ることで手に入れるものだった。リリィもまた、その命を削りながら戦い続けている。しかし、彼女の存在力の限界は目前だった。生き延びるためには、さらなる犠牲が必要になる──それは自分の命を差し出すことすら厭わない覚悟だ。
それでも、彼女の目に映るのは、次々と地に伏していく部下たちの姿だった。どれだけ抗っても、どれだけ命を削っても、この絶望的な状況を覆す力はなかった。やがて、その無力感が彼女の心を蝕み始める。
「私には…力が足りないのか…」
その瞬間だった。突如として、あり得ないほどの圧力が戦場全体を覆った。それは存在力という次元を超えたもので、リリィの身体に直接響き渡るような感覚だった。地響きのような重圧を感じて振り返った彼女の目に映ったのは、一人の少女の姿だった。
──いや、少女という表現すら不適切だ。
彼女は、武器を持つわけでもなく、戦場の中心に立っていた。まるで散歩でもしているかのような軽い足取りで、魔族たちを見下ろしている。しかし、その場に立つだけで、周囲の魔族たちが動きを止めた。それどころか、近づこうとした下級魔族は、彼女の発する見えない圧力に触れるや否や、塵と化して消えていった。
リリィの心が凍りついた。その力は、存在力という概念を遥かに超えているように感じられた。戦場にいる者すべてを支配するかのような威圧感。それは、これまで彼女が知っていたどの英雄とも異なる「異質」な存在だった。
「この少女…何者…?」
リリィは困惑した。彼女の銀髪は月明かりのように輝き、その姿は戦場という地獄絵図にあまりにそぐわない。それでも、一目で分かる。この存在は、彼女たちの何倍、いや、何百倍もの力を有している。
彼女の中で、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。かつてこの国を救った「光の七騎士」──神の加護を受けた伝説の英雄たち。それでも、この目の前の少女の持つ力の片鱗にも及ばないのではないか。その事実が、リリィの中に新たな畏怖を植え付けていく。
「あれは…人間じゃない。絶対に…」
その圧倒的な存在感の前に、リリィはただ立ち尽くすしかなかった。敵なのか、味方なのか。それすら分からない。だが、戦場を支配するその姿を見て、彼女の胸の奥で何かが変わる感覚があった。それは、希望なのか、それともさらなる絶望なのか──答えはまだ分からない。
「神が遣わした者なの…?」
リリィは、その少女から目を離すことができなかった。
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