史上最強の魔界の王は、人間界でスローライフを送りたい。
@ikkyu33
魔王 vs 魔王
魔王、人間界に現る。
アスラ大陸、エリオン王国──。
国境沿いの戦場は、魔族の猛攻によって、まるで地獄のような混沌に包まれていた。暗雲のように押し寄せる魔族の群れは、そこに立つ兵士たちの心に深く、確かな恐怖を刻んでいく。
その中でも、ひときわ異彩を放つ存在があった。人間の数倍はあろうかという巨体を持ち、まるで山が歩いているかのような圧倒的な威圧感をまとった魔族。
その魔族は、周囲の兵士を一瞥するや否や、巨腕を一振り。まるで虫けらでも払うかのように、兵士たちを次々と吹き飛ばしていく。仲間の断末魔が響き渡る中、兵たちは恐怖に呑まれ、戦う意思すら失っていった。
この地は国境防衛の要──失えば国の均衡が崩れかねない重要拠点だ。だが、圧倒的な力を誇る魔族の軍勢を前に、兵士たちの覚悟がいま、試されていた。
その魔族は、明らかにただの魔物とは異なる存在だった。冒険者ギルドの基準で言えば、最低でもSランク級の実力を持つだろう。しかし実際は、その枠を遥かに超えた力を秘めているようにさえ思えた。
人間が神から授かる「ギフト」の力とは異なり、魔族は生まれながらにして、自らの力のみで規格外の強さを誇っている。まさに、理不尽とも言える力の象徴。それこそが、人間と魔族を隔てる絶対的な差だった。
通常、人間の身で魔族を討てる者など、歴史上でもごくわずか。そうした例外的な存在は、「英雄級」と呼ばれ、神から特別な天恵──特別なギフトを授かった者に限られていた。彼らの強さは、もはや伝説の域に達している。
だが、いま──この戦場で魔族を斬り伏せている一人の男。その姿はまさに、「英雄級」と称される者たちに匹敵する、あるいはその領域に片足を踏み入れた存在に見えた。
魔族の恐怖は、人間の心に深く刻まれている。圧倒的な力、容易には死なぬ肉体、そして何より「死」を日常に変える存在感。そのすべてが、人々にとって脅威だった。どれほど熟練の兵士でも、魔族を前にすれば恐怖を感じざるを得ない。
だが──レオンは違った。彼は恐怖に怯えることもなく、自然な動作で剣を振るい、次々と魔族を斬り伏せていく。その戦いぶりは、もはや「ただの兵士」などという言葉では到底説明できるものではなかった。
その男、レオン・ヴァルガスは、エリオン王国において「英雄」として知られる人物だ。彼もまた、神から「ギフト」を授かった者のひとりである。
この世界では、人間はあまりにも脆弱な存在だ。だからこそ、神々はその弱さを補うため、選ばれた者に特別な力──ギフトを授け、生き残るための手段を与えた。だが、すべてのギフトが戦闘向きというわけではない。
幸いにも、レオンに与えられたギフトは、戦場でこそ真価を発揮する力だった。
彼は王国随一の戦士とされ、その実力は常に高く評価されている。戦場での経験も豊富で、数多くの修羅場を乗り越えてきた猛者だ。その推定レベルは80──常人では到底届かない高みにある数値であり、それだけでも彼がいかに規格外かがわかるだろう。
それでも、彼は立ち止まることなく、その力をさらに磨き、限界の先へと挑み続けていた。
それこそが、彼を「英雄」と呼ばせ、誰からも尊敬される所以だった。
レオン・ヴァルガスは、エリオン王国の片田舎に生まれ育った。
幼いころから、彼は自分が「他の子供たちとは違う」と感じていた。
彼のギフト――それは「武器精通」。どんな武器でも手にした瞬間に使いこなせるという、戦士としては理想とも言える能力だった。
木の棒を手にしただけで、まるで訓練を積んだ兵士のような動きを見せる彼に、周囲の子供たちは一度も勝つことができなかった。
だが、そのギフトの真価が明らかになったのは──ある悲劇の後だった。
10歳のある日。突如現れた魔族が、彼の故郷の村を襲った。
目の前で家族を、友人を奪われ、幼い彼の胸に湧き上がったのは、激しい怒りだった。
「俺は……強くならなければならない」
その瞬間、ギフトが覚醒した。
彼は咄嗟に拾った武器を手に、村を蹂躙していた魔族を、たった一撃で葬ったのだ。
それをきっかけに、彼の人生は決まった。
レオンは剣の道を歩むことを選び、あらゆる武器に精通する才能を磨き続けた。
剣、弓、槍、果ては魔法武器に至るまで──手にした瞬間、彼の身体はそれらを自在に操った。
成長したレオンは、王国騎士団に志願し、その驚異的な才能で頭角を現した。
戦場において、彼の存在は戦況を一変させる力を持っていた。
なかでも「アムダスの戦い」での活躍は伝説となっている。
包囲された味方部隊を、たった一人で救出したのだ。
敵陣を切り裂き、数百の兵を無事に帰還させたその功績は、後に「王国の盾」と称えられ、彼の名は国中に知れ渡った。
だが、当の本人はその称賛に満足することはなかった。
彼の胸には、今も焼き付いたままの記憶がある。
――幼き日の、あの日の村の惨劇。
どれだけ強くなろうとも、人間は脆い。
神々の与えしギフトで力を得ても、それは魔族の圧倒的な暴力の前では、あまりに儚い。
それを、レオンは痛いほど知っていた。
そして今、彼は最大の試練に直面していた。
国境沿いに押し寄せる魔族の軍勢──それは、過去に見たどの敵よりも巨大で、恐ろしい存在だった。
彼は銀の剣を手に取り、次々と魔族を斬り伏せていく。
その剣は、彼のギフトの力で強化されたもの。
まるで自らの手足のように操るその姿は、人の域を超えた戦いぶりだった。
「まだだ……ここで倒れるわけにはいかない……!」
レオンは心の中で叫び、決意を固める。
――存在力の解放。すなわち、自らの生命エネルギーを燃焼させて、レベルを一時的に引き上げる禁断の手段。
寿命を削る代償と引き換えに、わずかな時間、爆発的な力を得るこの術は、決して軽い選択ではなかった。
だが、やるしかない。
「燃えろ……!」
次の瞬間、彼の体内に力がみなぎる。
目にも止まらぬ速さで剣を振り抜き、一体、また一体と魔族を屠っていく。
だが、代償はすぐに現れた。
全身を走る鋭い痛み。暗く揺らぐ視界。
「この程度の魔族に……これだけの力を使わなきゃならないなんて……!」
彼は悔しげに呟いた。
下級の魔族を倒すためだけに、これほどの存在力を消費しなければならない。
かつて語られた英雄たちであれば、こんな相手に苦戦することはなかっただろう。
それでも、今の彼にはこの道しかなかった。
自らの命を削ってでも、守らなければならないものがある。
それが、レオン・ヴァルガスという男が背負った運命だった。
俺は、ここまで研鑽を積んできても、まだ足りないのか──。
レオンはそう感じながらも、なんとか魔族を倒すことに成功したが、その代償は大きかった。存在力の消耗により、彼の体はもう限界に近づいていた。息が荒くなり、剣を支える手が震える。寿命を削って得た一時の力。しかし、それでも、魔族たちを全滅させるには程遠かった。
しかし、数十体でも下級魔族を倒せたことは驚くべきことであった。通常、下級の魔族とはいえ人間が相手になる存在ではない。というのも、人間には寿命という制限があり、魔族にはそれがない。
たとえ下級の魔族だろうと、数千年単位で生きている者もおり、人間とは比べ物にならない。それほどの時間をかけて培われた力や経験を持つ魔族に、わずか数十年しか生きていない人間が追いつけるはずがない。それにもかかわらず、数十体の魔族を倒してみせたこの時の彼は、まさに英雄級の実力を兼ね備えていると言えた。
そしてとうとう、人間の身でありながら単身で魔族を屠り続けたレオンが、巨大な魔族の前に立ちはだかる。
彼の剣さばきはまさに驚異的で、魔族は冒険者ギルドのランクで言うところのオーバーSランク級の存在であり、その脅威をまともに相手にできる人間は極めて限られている。ましてや、剣を手にした一人の兵士がこれほどの速さで魔族を斬り倒しているのは、戦場にいる誰もが信じられない光景だった。
「まさか…これほどの数の下級魔族を一瞬で…。ただの人間じゃないだと?だが、そんなことは関係ない!人間ごときが俺に逆らうとは、愚か者が!」
口では嘲笑を浮かべながらも、その巨大な魔族─名をドルケニというが、彼の心中にはわずかな焦りが芽生えていた。下級魔族が数十体も一瞬で倒されるなど、予想外だったのだ。「まさか…これほどまでとは。」と胸中で呟く。だが、認めるわけにはいかない。あくまで人間ごときに自分の力を見くびられたくはない。
瓦礫と血に染まった大地に、なおも剣を握りしめて立つ青年――レオン。
その姿は兵士たちにとって最後の灯火だった。王国最強の若き英雄、彼さえいれば勝機はある。誰もがそう信じていた。
「うおおおおおっ!!!」
雄叫びとともに放たれた一閃は、確かに大気を震わせ、周囲を巻き込む光と化した。兵士たちは思わず息を呑む。
――これが、我らが希望。
誰かが震える声でそう呟いた。
しかし、その光を真正面から受け止めたドルケニは、わずかに身を揺らしただけだった。
「……人間にしては、よくやった」
低く響いた声。そこに焦りも痛みもない。ただ、巨大な魔族が人の強さを一瞬だけ認めた、そんな色を帯びていた。
「だが――惜しいな。お前ほどの器であれば、魔族に生まれていればどれほどだったか」
次の瞬間、ドルケニの腕が振り下ろされる。
空気が裂ける轟音。大地がめくれ上がり、そして――
「――っ……あ、あぁ……」
レオンの身体は、抵抗する間もなく地に叩きつけられた。血飛沫が舞い、英雄の命が瞬く間に零れ落ちていく。
兵士たちは言葉を失った。
信じられない光景だった。あのレオンが、一撃で。
「馬鹿な……嘘だろ……」
「レオン様が……負けるなんて……」
胸の奥で燃えていた炎が、一斉に消え落ちていく感覚。
剣を握る手から力が抜け、膝が震える。
誰も声をかけられない。ただ、心の奥底で「終わった」と理解してしまった。
ドルケニは血に沈む青年を見下ろし、淡々と吐き捨てる。
「強かった。だが、結局は人間。個体の性能で我らに及ぶことはない」
その冷徹な宣告は、兵士たちにとって死刑の鐘の音だった。
希望が潰えた瞬間――人間たちの心は、完全に折れた。
─────
時を同じくして――
魔界の深淵より、デーモンロード・セレフィナは時空間移動の魔法を用い、人間界へと降り立った。
彼女は魔族の頂点に立つ存在でありながら、常に中立の立場を貫いていた。人間の世界にはかねてより興味を抱いていたが、自ら介入するつもりはなかった。ただ静かに、遠くからこの世界を観察するのが楽しみだったのだ。
そのデーモンロードの姿は――まるで可憐な少女のようだった。
長く流れる銀髪は月光のように淡く輝き、澄んだ青の瞳が静かに辺りを見渡す。透き通るような白い肌に、柔らかなローブがふわりと揺れ、その佇まいは天使のように美しく、しかしどこか人ならざる神秘をまとっていた。
「人間界はいつも平和そうだな……だが、その裏には争いが潜んでいる」
セレフィナは、エリオン王国の国境付近を静かに歩いていた。周囲の喧騒に目もくれず、心は魔界の諸問題に向いていた。だがその時、ふと耳に届いた小さな声が、彼女の思考を断ち切った。
「たすけて……」
その声はかすかでありながら、恐怖に満ちていた。普段であれば、彼女は人間のことなど気に留めない。だがなぜかその瞬間、足が止まり、自然と声の主を探していた。
戦場の喧騒の中で、彼女の目に映ったのは――怯えた子供だった。魔族の襲撃を前に、恐怖に震えるその小さな存在。周囲では兵士たちが必死に応戦していたが、子供だけがその場に取り残されていた。
これまで彼女は、あくまで観察者であろうとしてきた。だが、人間の無邪気な笑顔や、日常のささやかな幸せが、実は嫌いではなかったことを、セレフィナは自覚していた。目の前の戦いが、そんな世界を踏みにじろうとしているのが――耐えがたかった。
無垢な子供が傷つけられようとしている現実を前に、彼女の心の奥に、確かに何かが芽生えた。
(このままでは、我が好むこの世界が壊れてしまう)
彼女は、そっと息を吐いた。そして――決意する。
「ふむ、面白くなってきたな。この子を助けるくらい、悪くはないか」
足取りを早め、戦場へと向かうセレフィナ。その小さな体が、魔族たちの前に立ちはだかる。
「貴様ら、ここで何をしている。……さっさと消え失せろ」
その一言が、戦場に響き渡った。可憐な少女の姿をした彼女の声に、魔族たちは一瞬、動きを止める。次の瞬間には、圧倒的な気配に気づき、思わず後ずさった。
「まあ……この子の願いに応えるくらい、暇つぶしにはなるだろう」
その思いが、彼女の中の力を解き放つ。彼女はそのまま魔族の群れへと飛び込み、圧倒的な魔力で敵を蹴散らしていった。
瞬く間に戦況は一変し、彼女の周囲から魔族の姿は消え去った。
その姿を見ていた子供の瞳に、安堵と感謝の光が宿る。セレフィナはその視線を受け止め、内心に小さな温もりを感じていた。
この瞬間から――彼女は中立を捨て、人間のために力を振るうことを決めたのだった。
「……まあ、しばらく遊んでやるか」
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