4)彼女に燃える恋
「カラヤって、やけどしないの?」
幼い声が頭の中に残っている。
子供の頃だ。
どんな状況だったか忘れたけど、その時、俺の手の中には、炎があったんだと思う。
両親はおおらかで、俺が指先から出した炎で遊んでいても怒らなかった。家が全焼した以外では。
生まれたばっかの妹に火傷させて、それが悪いことだと知ってからは、やたらに「炎くん」たちと遊ぶのをやめた。他の人には誰にも、「炎くん」などという友達はいないのだと理解するようになったのもこの頃だった。
自分だけ特別だっていう自意識と、自分だけ周りと違うっていう疎外感。
それらを抱えて、いつの間にか俺は、ひどく自分を抑えこむようになっていた。
でもそれは、悪いことじゃない。
炎くんたちのことも、俺が平常心でいれば完璧にコントロールできるからだ。
何も考えない。
何も感じない。
俺は空っぽ。
俺の中に、熱いところなんてない。
そうしていれば、もう二度と、誰かに怪我を負わせることも、家を焼くこともない。
そんな俺がそれ以降で、たった一度だけ爆発しそうになったとき。
それが、高校の入学式。
あの子を見かけたんだ。
須藤サヤカ。
何も感じないつもりでいたのに、俺の体は見る見る炎に包まれていった。
みんなに秘密がバレる。
そう思って慌てたのに、そのピンク色の炎は、俺にしか見えていなかった。
見たことない炎くんだった。
これってもしかして……
恋の炎ってやつなのか?
この感情は、憎たらしいくらいにコントロールできない。気を抜くとすぐに発火してしまいそうになる。
俺はますます感情を押し殺すようになった。
ところがそれが災いして、面倒見のいい須藤さんはますます俺を気にかけるようになってしまう。
困った。
だって俺は、手から自在に炎を出す特異体質。
人間モドキの化け物だ。
それなのに、彼女はいつでも俺に優しい。
俺の正体を知らないで。
だいたい正体も何も、自分を押さえ込んで過ごしているうちに、すっかり俺は変わり者に成り果てていた。
友達、皆無。
感情、ゼロ。
まれに怖いもの見たさで好奇心旺盛な女子がつっついてくるけれど、すぐに飽きてヒソヒソやりはじめる。
だからいつまでも変わらず俺に話しかけてくる須藤さんは、特別だ。
ピカピカ光るおでこから、聖なるパワーが出ているのだ。それが俺を麻痺させて、吸い寄せられてしまうんだ。
彼女はいつも笑顔で、一生懸命で、でもたまに無理してて、そのすべてが魅力だった。
愛おしくて、苦しい。
彼女の何もかもが、俺の炎をかきたてる。
告白されたときは、現実の事だと思えなかった。
須藤さんは誰にでも平等に優しいから、俺のことを特別に気にかけているとは思っていなかった。
いや、本当は、そうだったらいいとは思っていたけれど、でも。
俺の願いなんか、叶うはずないから。
そんなこと、起きるはずないと思ってた。
心のどこかで願いながら、願う自分を無視していた。
だから驚いたし、咄嗟に爆発しなくて良かった。危ないところだった。
隠し事をしながら付き合っていくなんて、絶対ギクシャクしてうまくいかなくなると予測はしていたけど……、俺は……
降って湧いたチャンスに、飛びついてしまった。
そして結局俺は、彼女を傷つけるのだ。
気持ちを込めて「好き」といえない。言った途端に発火する。
そんな体質なことも口に出せない。
それで彼女を困らせたり、怒らせたり、時には失望させたり。
最低だ。
だいたい、須藤さんはなんで俺と付き合おうなんて思ったんだろう。
こんなつまらない能面人間。
いや、心の中は極彩色だけど、それを出すことができない男だ。
須藤さんなら、もっと釣り合う相手がたくさんいるだろうに。
……きっと、面倒を見ている間に、それを恋と勘違いしてしまったんだろう。
そこまでわかっていても、俺は彼女を手放したくなかった。
大切にしたい。
世界で一番の人だから。
もしも彼女を傷つけるやつがいたら、俺は絶対許さない。
絶対っていうのは、もちろん、絶対ってことだ。
炎の熱風で吹き飛ばされた男は、まだ息をしていた。
とどめを刺してやりたかったけど、須藤さんの前でそんな酷いことはできない。
男が完全に戦意喪失していると確認すると、俺は須藤さんを振り返った。
雨が降っているというのに一人で先に帰っていった彼女を追いかけてきて、本当に良かった。あとほんの少しでも遅かったら、彼女はもっと怖い目にあっていた。
いや、待てよ。
あとほんの少し早ければ、彼女はちっとも怖い思いをせずに済んだんじゃないのか。
ほらな。
やっぱり俺って、どっかダメなんだ。
彼女が見ているというのに、ついに力を使ってしまうし。
……バレてないといいけど……、あんな思いっきり吹き飛ばしておいて、突風のせいにするのは、なしかな。
ところが、予想外の事態になった。
彼女は怖がるそぶりなど一つも見せず、それどころか、嬉々として俺の手をとって、なんと抱きついてきたのだ。
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