2)あたしのカレシは不燃系

 そんな彼とあたしの出会いは、一年生のとき。

 単純な話だけど、同じクラスになって、入学早々一目惚れした。


 教室の隅で、一人でぼんやりしている彼の姿に、なぜだか無性にキュンとした。彼がどんな人だとか気にも留めず、ただ仲良くなりたくて、グループワークや行事で無理やり距離を縮めていったのだ。


 幸い彼は、繰り返すようだけど無口無表情で、元々の顔の作りはいいけどとっつきにくいって敬遠されがち。だからあたしの独壇場だった。


 話す口実を作るためにあれこれ探りを入れていた文化祭の準備中に、好きな本や映画が似てるとわかって、一気に「話のわかるお友達」ポジションに駆け上がった。


(そこで満足していれば、こんな気持ちにならなかったのに……)


 放り出した右足を、保健医さんが丁寧に包帯で包んでいく。


 ズキズキ痛む。


 あたしはため息。


「須藤さんが怪我なんて、珍しいわね」と、下から話しかけられた。ため息の理由を誤解されたのだ。「そんなに気落ちしないで大丈夫。すぐによくなるよ」

「はい……」


 優しい微笑みが、さらに胸にグッサリ。

 カレシが別の女子生徒と話しているのを見たから転んだなんて、絶対に言えない。


(まぁ……、もしかしたらカレシって言ってるけど、あたしの独りよがりなのかもしれない……)


 なんて、自虐的。


 付き合うようになったのは、あたしの告白。

 しかも、たった二週間前。


 学年が変わってクラスが離れたら、話す機会がぐっと減ってしまい、焦ったのだ。

 自発しない彼だから、きっとクラス替えで距離ができてしまうと思ってたら、そのとおりになってしまって、あたしは堪らず想いを伝えた。


 そしたら——……


「いいよ」


 あっさり。


 困惑するでも恥ずかしがるでもなんでもなく、「教科書貸して」って言ったときと同じ顔で、「じゃあ、今日は早く帰らなきゃだから」と、去っていってしまった。


 誰に聞いたって、唐谷くんはそういう人。


 何に対してもやる気が感じられない大あくび。

「んー……今日はむりぃ……」と言って、いつだって行動が人より遅い。

 表情が乏しくて、なんだかっとしてる。


「やる気あんの!?」

って聞いたって、

「あるよ。ちょーあるある」

って、言いながらまたあくびしてんだからガックリしちゃう。


 彼は変わらず、ぬーとした顔でいて、あたしは「おはよう!」とか「昨日何してたの?」とか「授業どうだった?」とか「部活ない日は一緒に帰りたいね!」とか、とか、とか。


 ちょっと待って。

 全部あたしから話しかけてるし、なんか、まとわりついてる人っぽいじゃん。いや、「っぽい」っていうか、まとわりついている人そのものじゃん。


 この二週間でわかった事実に愕然とする。


 いま思えば、もしかしたら唐谷くんは、話の合う友達を失いたくないから断らなかったのかもしれない。


 ……待って。話が合うと思っているのも、あたしの独りよがりかもしれない。


 あぁ……、もう、何もかも自信がない。


 こんな自分で、むしろなんで告白できたのか、それが成功したのか。そもそもそれが謎すぎる。




 病院に行かなくちゃいけなくなったあたしは、いったん校庭へ戻ってみんなに謝ると、よちよち部室へ。付き添いを申し出てくれるチームメイトもいたけれど、申し訳ないし、一人になりたい気持ちもあって断った。


 着替えている間に、しとしと雨。


 憂鬱。


 折り畳み傘、教室だし。


 このくらいの雨じゃ部活は続行だろうし、もしかしたら先生に掛け合って体育館の端っこで筋トレかも。

 あたしは一人、校舎へ足を向けた。


 いつもの倍かかって誰もいない教室に着いたら、なんだかどっと疲れが出て、椅子を引いて机の中から傘を取り出して、あたしは自席に突っ伏してしまった。


 窓を撫でる雨が、ガラスを伝って下に落ちていく。

 一筋……、また一筋……。


(あたし、なにやってんだろ……)


 どのくらいそうしていたのか、廊下に足音が聞こえた。

 どんどん近くなってきて、教室に入ってくる。


 あたしはそれがすぐに誰だかわかったけれど、気づかないふりして、顔は上げなかった。


「無茶したね」


 唐谷くんの声は、甘ったるい。


 ちらっと顔を上げると、すぐ前の机に腰掛けていた。どの角度から見ても整ってる造形に、思わず赤面してしまう。


「うっさい……!」


 思わず出た返事に、我ながら幻滅する。


(違う違う、もっと、可愛いこと言いたいのに!)


 どうして反撃しちゃうんだろ。

 どうして声が大きくなっちゃうんだろ。


 どうして……、うまくいかないんだろ……?


 あたしのせいで沈黙が流れる。


 もう夏の暑さがそこまできてる。


 永遠に続いて欲しいと思っているのに、今すぐ終わって欲しいとも思う。なんでこんなに不安なんだろう。


「なんか言うことない?」


 あたしは顔を伏せたまま、彼につらく当たってしまう。

 いまどんな顔をしているのか、容易に想像できる。きっとまたぬーっとした、何もない表情なんだ。


 何考えてるのか、教えてほしい。

 お願い……。

 あたしを不安にさせないで……。


 こんなにあたしは苦しいのに、それでも唐谷くんは質問の意図を汲み取れなくて、「え?」とか「あー……」とか、何を答えればいいのか困ってるみたい。


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