第1話 運び屋エルフとの出会い
目が開く。
照りつける太陽と青空が視界を支配している。
何かの荷台の上に乗せられているようで、下のものの揺れが俺の体にも伝っていた。
俺は死んだはずだった。確かにあの時“死”を直観した。直観せざるをえなかった。
それなのに今、こうして生きている。
これはいわゆる転生というヤツなのだろうか。いや、服装がジャージのままなのだ。これは転移だろう。本当にこれが転移ならば、ここは――?
「あ、やっとめー覚めた?よかったー、病気か何かだと思って急いでたけど…」
振り向きかけている荷台の運転手に話しかけられる。
運転手に目をやった俺は目を疑った。
艶やかな緑の髪、綺麗な深紅の瞳、透明感のある肌、そして尖った耳。
間違いなく、その少女はエルフだった。
多分、いや、間違いなく今の俺は口が開いているだろう。
「ん?どうしたの、そんな驚いたような顔して」
「い、いや、エルフをみたのは初めてだから…」
「エルフ?エルフィンドのこと?それともエルフィーナのこと?」
「いや、両方知らない」
「へー、エルフィンドもエルフィーナも知らないなんて、一体あなたはどこの生まれなの?服装も見たことない感じだし」
どうやら、この世界ではエルフは性別によって呼び方が異なるらしい。ともかく、ここが異世界であることだけは確認できた。
少し遠くに大きな街が見える。そこまでの道のりである現地点の周辺は大草原が広がっていて、冒険者らしき男が大蛇の姿をした何かと戦っている。あれはモンスターの一種だろう。
ふと視界に映り込んだ、少女に乗られ荷台を引いて走っている生き物は、白くフワフワとしていて、翼には少しだけ黒い羽根もあった。
横顔をのぞき込むと、そのくちばしは黒く、黒くクリクリとした円らな瞳はとても可愛らしい。
これは誰がどう見ても巨大なシマエナガだ。
そのシマエナガらしき生き物の横顔を眺めていた俺の顔を、エルフ――改めエルフィーナの少女がのぞき込む。驚きのあまり「ぬぇっ!?」と素っ頓狂な声が出てしまった。
「ごめん、驚かせちゃった?」
「大丈夫だ、ちょっと俺、今何が何だか分からなくてぼーっとしてただけだから」
「何が何だか分からない?まさか、どうして自分があんなところで倒れてたのかも分からないの?」
「ははは…、実はそれがそうなんだよ」
「えー!?まあ、そろそろ街にも着くし、そうすれば何か思い出すでしょ」
「何か思い出すでしょ、とか言われても、そもそも俺は街についても何にも知らないんだけど」
「それってどういうこと?」
「ま、まぁ…、記憶喪失的な?」
「記憶喪失の人のテンションじゃないと思うけど…。まさかあなた、
全能萬会…?もしかして悪の組織的なヤツか?
やっぱり異世界には悪の組織というものが付き物なのだろう。そういえば、魔王や勇者はどうなんだ?
「『パルセナ・ポエモス』に参加してる派閥の一つで、【裏派閥】としても犯罪組織としても名高くて、<全能の神>ディアスと同じ全能の力を持った<混沌の神>カオスを復活させることを目的として活動してるんだけど、玉座よりもカオスの復活を重視してるみたいで、<歓喜の神>エフロシーニ、<憤怒の神>ネメシー、<
「すまん、さっぱり分からん。そのパルセナ・ポエ云々ってのは何だ?あと、神とか『巫女』とかって言ってたけど、何かの作り話か?」
俺の発言に対し少女は怪訝そうな顔をする。そりゃこっちの人からしたら世界事情を何も把握してない俺の方が異常者かもしれないが。
「作り話なんかじゃないって。そもそも、『パルセナ・ポエモス』はこの神聖国サイスタルの玉座争奪戦のクセに世界規模の催しであって、これを知らないのは世間知らずにもほどがあるっていうか…あ、世間知らずなんて言っちゃってごめんね」
いやまぁ、ここが異世界なら俺はこの世界に来てまだ数分の、世間知らず以下とも言える分際だが。
「とりあえず、一般常識同然のことも知らないのはまずいね。あそこに行けば色々と知らないことも知れるんじゃない?」
少女は少しずつ近づきつつある街を指さす。それなりに規模が大きくて、活気に溢れていることは想像に難くなかった。
「あそこの街はアルシーって言ってね、世界の中心とも呼ぶべき大都市なの。まあ、この国の首都でもあって、国王様の一族がお住まいになってる王城なんかもあるの」
「へぇ。じゃあ、ここ以外にも街や村はあるってことか」
「まあ、ここから一番近い村はイリオス卿の領地だから…、だいたい10分くらいこの子たちに走ってもらわないと着けないくらいには遠いけどね」
あの街――アルシーに近づくにつれて、すれ違う人も多くなってゆく。
クエストに向かうのであろう冒険者たちの一行や、同じ生き物に荷台を引かせる商人のおじさんなど。その中には彼女と面識のあるものもいるらしく、彼らに手を振られては、少女は手を振り返し、微笑んでいた。
この
いや、まあ確かにエルフの美少女がメインヒロインってのも悪くない。けど、エルフの美少女っていうのは、あくまで仲間なのがベストであって恋仲になるのがベストかというとそうでもない。
きっと神様は俺みたいな転移の被害者にはイジワルで、この後もこの娘がメインヒロインだと匂わせるような行動をさせておきながらそれじゃあ、ってなるのがオチだろう。
「そういえば、君の名前は?」
「エルナ・フレヴィトン。エルナって呼んでくれればいいよ」
「そうか」
なんかとある馬鹿の子を連想させる名前だけど、この娘はあんなのじゃないだろう、確実に。絶対に。
「俺の名前はワタリエ・フータだ」
「へぇ、変わった名前だね。もしかしなくても極東から来た人?そうだなぁ、フータって呼べばいいかな?」
「おう、よろしく」
「よろしくって言われても、私は村から村へ、街から街へと商品やお手紙を届ける運び屋だから定住なんてしてないし、冒険者じゃないからいつも一緒にいてあげたりするワケじゃないよ?あくまで今後も何か関わる機会があるだろうし、っていう話だよ?」
「うん、そこは俺も理解してるつもりだったから」
やっぱり、この娘がメインヒロインってワケじゃない。
これから、もっと俺に相応しい美少女が現れるのだねきっと。
それと極東って言ったか。この世界にも日本と同じような国が東のほうに存在しているのだ。いつか行ってみたいような気はする。
「そういえば、お腹空いてない?あんなところで倒れてたんだから絶対お腹空いてるでしょ」
「あ、そういや空腹なんて全く気にしてなかったな」
言われて初めて空腹を気にした所為か、タイミングよく腹の虫が鳴った。
「じゃあ、今はこれしか持ってないけどあげるよ」
そう言ってエルナが懐から取り出したのは、個包装された1枚のクッキーらしきお菓子だった。
生憎、転生してきたばかりの俺には文字が読めない。文字が読める加護でも転生特典的なものでもらえたらよかった。
「それじゃあ、有難く受け取っておくとしよう」
気づけば周りにはかなりの人間が溢れかえっていた。
視界に影が差し、見上げると巨大な門が俺たちを出迎えてくれていた。
門の下を通過し、視界が開けた先には、まさにザ・異世界と呼ぶべき西洋風の賑やかな街並みが広がっていた。
エルナのようなエルフィーナがいるように男性のエルフであるエルフィンド、猫や狼、キツネや犬などのケモ耳、筋骨隆々で低身長のドワーフ、僅かにだが鬼族らしき種族も確認できた。
人の波を見て、俺は再び自分が異世界に転移したことを実感したのだった。
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