ちょっと変わった朝を
目が覚める。
カーテンの隙間から太陽の小さな光が、私の顔を照らしていた。
もう朝らしい。
起きたばっかだから、まだ頭がぼーっとする。
とりあえず、カーテンの隙間から漏れる光が鬱陶しいから、カーテンとは反対側へ寝返りをうつ。
散乱した服たちと壁が見えた。
まだ何も考えたくかった私は壁だけをぼーっと見る。
眠いなー、動きたくないなー、もう少し寝てよっかなーっていうのと、今何時だろうということだけが頭に浮かんできた。
思ったよりもたくさんだった。
でもそれを無視して、壁だけを見つめる。
少しだけ濁った、白い色の壁。
いや、もしかしたら薄い黄色色かもしれない。
それをただじーっと見つめる。
すごく平和な時間。
心が何にモノにも乱れさず、ただ凪いだような時間。
こんな時間を、私はもう少しだけ満喫したかった。
でも、現実はそうもいかないらしい。
「のじゃ~~~っ!!!おなご~、開~ける~のじゃ~~~。」
外からそんな声が聞こえてきた。
珍しく迎えが来てしまったらしい。
もうそんな時間…?
私は時計を見る。
だけど、まだ二人と合流するにはいつもよりも早い時間だった。
ドンドンっ!!!
外から扉を叩く音がし出す。
きっとどっかのおこちゃまが、待つのに焦れてしまったのだろう。
ドンドンっ!!
ずっと、扉が叩かれつ続ける。
「あ~もうっ、うっさいわね!!」
私はベッドから降り、上着を肩で羽織ってから、足元に気をつけながら扉へと向かう。
あれかしら…?
おこちゃまがお腹空いたとかで、少し早めの朝ごはんとか…
はぁ、仕方ないわね。
向かってる間にも、扉を叩く音は続く。
「はいはい。もう分かったからっ!!うっさいわね!!」
少しきつい声を張り上げてから、扉を開ける。
部屋の中を見られたくないし、今の服装も少し薄目だからあまり見られたくもなかった。
だから私はそろ~りと首だけを外に出す。
まず出てすぐ、正面の私の目線と同じ高さには何も、誰もいなかった。
ん…?
左を向く。
でも誰もいない。
首をさらに出して、扉の裏も見る。
でも誰もいない。
あれっ…!?
なんでっ!?
「おなごっ、もっと早く出てくるのじゃ!!遅いのじゃ!!!」
下から声が聞こえてくる。
それと、視界の下の方に何かが映った。
さっきの扉を叩く音と声からして、このおこちゃまがいるのは知ってる。
でも、いるべきはずのもう一人がいない。
視線を下げると、さっきまでドアを叩いてたであろう主と目が合った。
「ねぇ…」
「のじゃ?」
おこちゃまが、不思議そうに頭を傾けてきた。
「アイツは?」
「あいつ…?」
またおこちゃまが首を傾けてくる。
「アイツよアイツ!フェデよ!!」
「フェデ…?んじゃ?」
名前を言ったのに、何故か通じなかった。
「あ~もうっ、勇者よ。ゆ、う、しゃ!!」
「あ~、あやつのことなのじゃ!」
「だからそう言ってるじゃない!!で、アイツは?なんでいないの?」
「あー、それがなのじゃ…、あやつ、妾にお主の面倒を見ろと言って、部屋を出ると、すぐさまどこか行ってしまったのじゃ!!」
言ってる意味がよく分からない。
「…ん?もう一度言って?」
「だからなのじゃ、あやつはどこかに行ってしまったのじゃ!!お主の面倒を見ろと言って。」
お主の面倒を、見ろ…?
「ん?ごめん、もう一度言って。誰が、誰の面倒を見るの?」
「妾がお主を、なのじゃ!!」
「アンタが、私の…?」
「そうじゃ!!さっきからそう言っておるのじゃ!!」
「へっ…?」
「というかじゃ、それ以外ありえないのじゃ!!」
言葉が詰まって出てこない私に、目の前のおこちゃまが偉そうにそう言ってきた。
偉そうに、胸を張って。
一瞬、頭がピキッとした。
でも落ち着け、落ち着くのよ私。
子供の戯言、戯言なのよ?
ふー…
でも待って。
「ねぇ…」
「のじゃ?」
「もしかして、アンタが私の面倒を見ろって言うの、もしかして、アイツも言ってたの?」
「のじゃ?そうじゃけど…」
………
何故か、頬が吊り上がってくる。
「フフフッ。で、そのバカはどこに行ったの?」
「バカっ!!また妾のことを…
「アンタじゃなくて、あのクソバカのことよ。で、アイツは…
「あ~、勇者のことだったのじゃ。また、妾のことかと…」
まぁ、アンタも十分…というか、アンタ以上のバカはなかなか…
いや、今はそれどころじゃないわ。
「いいから。で、アイツはどこ行ったの?」
私の言葉に、目の前のおこちゃまがまた首を傾けてきた。
「さぁ…、知らないのじゃ…」
「知らない…?」
私の部屋の前におこちゃまを置いて、自分はどこかに…
そしてそのおこちゃまもアイツの行き場所を知らない…
つまりこれって…
「フフフフッ…」
笑いがこみ上げてあげてくる。
魔王から「お、おなご、どうかしたのじゃ!?」という声が聞こえてくるが、今はそれどころじゃない。
だって…
だって…
「あっのクソ自由人がぁぁぁっ!!!私に子供押しつけて、自分一人で遊びに行きやがったなぁっ!!!!」
「子供っ!?妾は子供なんかじゃ…
「うっさい!!今は黙ってて!!!」
「はい~~っ!!なのじゃ…」
魔王から良い返事が返ってきたが、今はそれどころじゃない。
「あ~もうっ、腹立つ!!!何よアイツ!!ほんと何よ!!!」
すごくむしゃくしゃする。
ほんとむしゃくしゃする!!
「あ~っ、あ~っ!あ~っ!!腹立つ腹立つ腹立つ!!!何、自分一人で遊びに行くの!!マジありえない!ほんとありえない!!ねぇそう思わない?」
「お、思う、思うのじゃ…」
「よね!マジでアイツ!アイツは!!旅してた時もそうよ。皆でアイツを待ってたのに、なのにアイツ一人で遊びに行きやがって!!!で返ってきたのは朝よ、朝!!!皆で待ってたのに。あり得なくない?ありえないわよね?」
「あ、ありえない、のじゃ…」
「そうよね。ほんとそうよね?あーむかつく、あ~あ~あ~っ、思い出しただけで腹立ってきた!!アンタもそう思わない?むかつくわよね?」
「あっはい。思います、のじゃ…」
「よね!!ほんとアイツは…。帰ってきたら殺す。マジで殺す!!絶対に殺す!!!」
「ひぃ~~~っ。」
アイラは気がつかなかったが、この時の魔王は凄く青い顔で怯えていた。
「怖い…。おなご、すごく怖いのじゃ…」
「あ゛ぁ!?今なんか言った?」
「いえ、何も言ってないのじゃ!!」
「そうっ。はぁ゛ぁ~…」
私は深く思いため息をこぼす。
目の前のおこちゃまの身体がピクッと揺れたが、正直そんなのを気にする余裕が今の私にはなかった。
目をつむる。
そしてもう一度、深く深く息を吐く。
心臓の辺りがプルプルと震えた。
だからもう一度…
二回…、いや三回目か。
ようやく少し落ち着けた気がする。
目を開いてみると、目の前には私を見て怖がっている子供。
彼女の正体は魔王。
だから気にする必要はないけど、でも見た目は子供。
だから多少の罪悪感が湧いてきた。
ふー…
今は正直、部屋の中に誰も入れたくない。
あいつ…男とか、気の許してない同性とかも。
でもこいつなら別にいっか。
「散らかってるけど、とりあえず中入る?」
「えっと…、は、入ります、のじゃ…」
「ププッ…、変な言葉。まぁ、少し、ほんの少しだけ汚いけど、気にしないでね?」
「は、はい、なのじゃ…」
私は中に入る。
その私の後に、少し遅れて魔王も入ってきた。
「あっ、靴、そこで脱いでね?」
「靴?なんでじゃ?」
「なんで、ん-、説明するのめんどくさいけど、私の部屋ではそういう決まりなの。だから脱いでね?」
「わ、分かったのじゃ…」
魔王は靴を脱ぐ。
すんなりと私の言うことを聞いてくれた。
おこちゃまにしては珍しい。
もっと、嫌とか言うと思ってたのに…
短い玄関を過ぎ、リビングへと入る。
その瞬間、後ろから小さな声が聞こえてきた。
「き、汚い、のじゃ…」
「ん?何か言った?」
「い、いやっ、何も言ってないのじゃ…」
「そ。」
私はぴょんぴょんぴょんと小さな足の踏み場を跳ねてから、ベッドの元へとたどり着く。
そして座る。
正面に、リビングの入り口でただ佇んている魔王が見えた。
「どうしたの?座らないの?」
「えっと、なのじゃ…」
「ん?」
珍しく、目の前のおこちゃまがはっきりしない。
「どうしたの?」
「えっとなのじゃが、その…」
「うん…」
「その、妾、いったいどこに座ればいいのじゃ?」
「どこって、そりゃ…。あっ…!!」
辺りを見渡す。
そして私は、床一面が服にたくさんの服に覆われていて、座れるところがほとんどないことに気づいた。
「そ、その辺よっ。その辺っ!」
「その辺、なのじゃ…?」
魔王は周囲を見渡す。
すぐさま、困った顔になった。
「それはいったい、どこなのじゃ…?」
「ッ…!!その辺ったらその辺よ!いいからテキトーに座りなさい!」
「わ、分かったのじゃ…」
魔王は渋々と、入口付近であるその場に座った。
なんか遠い。
別に気にしないけど、魔王との距離がすごく遠かった。
そして気まずい。
「えっと、アンタ、ご飯はもう食べたの?」
「いや、食べてないのじゃ…」
「そ。じゃーご飯行く?」
「行きたい、のじゃ…。妾、お腹空いたのじゃ…」
「そ。じゃー、すぐ準備するわね。」
「うん、なのじゃ…」
ということで、身支度をしていく。
今日は何着ようかなー。
下に落ちてる…
置いてある服を拾って広げる。
網目が少し多めの黒いワンピースだった。
黒…の気分じゃないわね。
できれば今日は、もっと明るい感じの…
床に置いてある服を漁っていく。
「なー、なのじゃ…」
「ん?何?」
「落ちてるの…
「落ちてない!置いてあるの!!」
「でも落ちて…
「置、い、て、あるの!!」
「置いてあるの…」
「そう!」
魔王はちゃんと分かってくれたらしい。
困ったような笑いを浮かべてだけど…
「これ、もしかして全部服、なのじゃ?」
「ん?そうだけど…」
「お~っ、すごい量、なのじゃ…」
「そう?」
「そうじゃ!だって妾、妾はこれと、これと同じのをもう一枚しか持ってないのじゃ!!」
黒く、胸元が開(はだ)けたワンピース。
たまに目にする、ゴスロリという服。
お腹の部分の布を引っ張りながら、魔王はそう言ってきた。
「えっ!?二枚、だけなの!?」
「そうなのじゃ!!」
「えっ!?えっ!?少なくない?」
「少ない、のじゃ…。だからおなご、すごいのじゃ!!こんなにたくさんの服を持ってて!!」
「あー、ま、まぁね…」
そのせいで、今少し金欠気味なんだけどね…
「アイツに服買って、とか言ってみたら?」
「んー、妾、服よりご飯の方がいいのじゃ。人間のご飯はおいしい!!だからご飯の方がいいのじゃ!!」
「あー、そうなんだ…」
「そうなのじゃ!!」
普通、女の子だったらご飯より服な気もするけど…
いや、ご飯も大事ね。
おいしいご飯とか、デザートとか!
とりあえず、私は服選びを再開した。
5分後…
私は新しい服を手に取る。
「ん-、これもなー。」
「まだなのじゃ?」
「まだよ。」
「長いのじゃ…」
そこから10分後…
「まだなのじゃ?」
「まだよ。」
「長い、長いのじゃ!!」
服を睨みながら、私は魔王の言葉に返事する。
「ん-でも、決まらないのよねー。」
「ぬっ!そんなのっ、その辺のでいいのじゃ!!どれでもいいのじゃ!!」
魔王のその言葉に、少しピキッとした。
「どれでも…。アンタ、それほんと言ってる?」
「ほんとなのじゃ!」
「はぁ…、分かってないわね。」
「何がじゃ?」
「女の子はね、外に出ればたくさんの人から見られるの!男は当然、同性からも!!」
「同性…?」
分からないのか…
「はぁ、女からもってことよ。」
「女からも…。でもそれがどうしたのじゃ?」
「はぁ…。服が可愛くない、ダサいとか思われたら、死んだも同然なのよ?」
「死んだもっ!?なのじゃ…?
「そ。だから、毎日がバトルなの!!服選び一つが勝負なの!!」
「な、なるほどなのじゃ…」
「だから、黙って待ってなさい!!」
「分かったのじゃ!!」
さらに15分後…
「なぁ、おなご…」
「…何?」
「さすがに長いのじゃ…。暇なのじゃ…」
「そうなんだ…」
「そうなのじゃ…。だから、少し早くしてほしいのじゃ!!妾、お腹空いてきたのじゃ…」
「ん-でも、まだ決まらないのよねー…」
「ぬぅぅ…」
さらにさらに15分後…
私は一枚の服を手に取っていた。
「よし、今日はこれにしよ!!」
「おっ、決まったのじゃ?なら早く着るのじゃ!!早く早く着るのじゃ!!!」
私は服に手をかける。
そして服を脱ごうとした瞬間、魔王の視線が気になった。
「ねぇ、アンタ。あっち向いてて。」
「なんでじゃ?」
「人に肌見せるの嫌なの!!だからあっち向いてて!!」
「わ、分かったのじゃっ…」
ということで着替え終わった。
よし次は…
私は大きめの鏡の前に座る。
「何、してるのじゃ…?」
「ん?髪解くとこよ。」
「とく…?」
「寝た後とかって、髪にくせがついてるのよ。だからそれを直すの。」
「くせ…?直す…?」
「そ。」
櫛(くし)を髪に通していく。
「なんでそんなことするのじゃ?」
「ぼさついた髪とか死ぬほどダサいでしょ?だからよ。」
「そ、そうなのじゃ?」
「そうよ。だから、もう少し待って。」
「ぬぬぬ…。分かったのじゃ…。でも、早くしてほしいのじゃ…」
「はいはい。」
ゆっくり、丁寧に髪を解かしていく。
髪が傷つかないように…
そんな時間が数分過ぎた。
だからとうとう、魔王の限界がきてしまったみたいだ。
「あーもう、遅いのじゃ!!遅い遅い遅いのじゃ!!!妾、お腹空いた!!だから早く!!早くなのじゃ!!」
「ん-、もうちょい待って…」
「もうちょい…?嫌じゃ!!嫌なのじゃ!!もう待ちたくないのじゃ!!いますぐご飯食べたいのじゃ!!!」
魔王がごねだした。
「はぁ…。ねぇアンタ…」
「何なのじゃ!!」
「女の子…。いや、アンタの場合レディの方がいいか。」
「レディっ!?」
「そうアンタの大好きなレディ。そのレディにとってね、髪の手入れもセットも死ぬほど大事なの!!分かる?」
魔王は、困ったような顔をしていた。
「いや、分から、ないのじゃ…」
「はぁ…。こっち来て。」
「こっち…。なんで…
「いいから。」
「分かったのじゃ…」
少なく小さい足場通って、魔王がそばまで来た。
その魔王を、私の前…
鏡の正面に立たす。
「そう、例えばね、ここに同じ顔の女の子がいるとするでしょ?その女の子の髪がきれいなのと汚いの、アンタならどっちがきれいに見える?」
「それは、髪がきれい…なのじゃ…?」
分かってないみたいだった。
しょうがない。
私は新しいくしを出す。
そして魔王の髪に櫛を通す。
「な、何するのじゃ!!」
「いいからっ。黙って待ってなさい。」
「お、おう、なのじゃ…」
魔王の髪の、右側だけを解かしていく。
そして数分後、解かし終わった。
「うん!!じゃーアンタ、右側向いて。」
「なんでなのじゃ!」
「いいからっ。」
「ぬっ…」
渋々と、魔王は左側を向いた。
「そのまま、鏡で自分の髪見て。」
「分かったのじゃ…」
横目で、魔王は鏡を見る。
「いい?覚えた?」
「お、覚えたのじゃ…」
「じゃ―次は反対向いて。」
「ぬっ…」
また渋々と、魔王は逆向きになる。
「じゃー鏡見て。どう?」
「どうって…。別に…。別に…」
魔王の頬が緩む。
目がピカピカと輝きだす。
「お~っ、お~っ!!!」
魔王は顔を振って、斜め45度の顔を鏡で確認する。
二回、三回、何回も…
「お~っ、お~っっ!!すごい、きれいなのじゃ!!!」
その言葉、その表情に、私は頬が上がった。
「でしょ?で、もう一回聞くわよ?髪がきれいな女の子と汚い女の子…。アンタならどっちがいい?」
「きれい…。きれいなのじゃ!!」
「でしょ?女にとって、レディにとって髪は命なの。大事に大事に手入れしてセットしないといけないの?どう、分かった?」
「分かったのじゃ!!」
魔王からいい返事が返ってきた。
だから、さっき魔王に使ってあげた櫛を魔王に差し出す。
「それ、あげるわ。だからアンタも自分でやってみなさい?」
「うん、分かったのじゃ!!」
ということで、魔王も自分で髪を解かし始めた。
「違うわよ。もっとこうゆっくりと丁寧にね…」
「ゆっくり、ていねいに…。わ、分かったのじゃ。」
「そう、そんな感じ。丁寧にね?」
「はいなのじゃ!!」
という感じで、私たちは二人して鏡の前で髪を解かした。
「むふーっ!!妾きれい、きれいなのじゃ!!」
「良かったわね?」
「うんなのじゃ!!」
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