魔王がちょっとだけ珍しい

「おー、お〜!!ピデ。妾はようやくピデを食べれるのじゃ!!ぬはーーっ!!!」


 ピデに向けて、魔王が満面の笑みをこぼしながら目を光り輝かせる。

 今はようやく、魔王がピデを食べるところだ。

 

 魔王は手をそろりそろりと、ピデに近づけていく。

 そして、まるで宝物のように掴んだ。


 「むふーーっ!!!」


 ますます目を光り輝かせ、口元へと近づけていく。

 そしてみっともなく大きな口を開いた。


 「いっただくのじゃーー!!!

 ガブッ…

 むふーーっ!!!!うまい、うまいのじゃーーっ!!!」


 すぐさま、魔王はもう片方の手に残りもう一枚のピデを掴む。

 ガブガブと、魔王は口の中に左右のピデを口に突っ込んていく。

 噛まずに飲み込んでいるのか、すごい勢いで次々と”最後”まで。

 だから当然…


 「ぬっ…!!」


 苦しそうな青い顔になった。


 「あーあ、はい水。」

 

 魔王はすぐに水を受け取り、ゴブゴブと飲む。

 で…

 

 「ゴフッ…!!!」


 吐き出した。

 

 「わーっ、もう汚いわね!」

 「あーあ。」


 俺たちはそんな声を漏らす。

 だけど魔王は自分のことに必死みたいで、もう一口水を口に入れて飲み込んだ。


 「ふはーっ、死ぬかと思ったのじゃ!」

 「アンタ、もっとゆっくり食べなさいよ!!!」

 「無理じゃ!無理なのじゃ!!!ピデがうますぎて!!!」

 「はぁ…」


 アイラは手で頭を押さえていた。


 そして生き返った魔王が何をするかというと、暴食の続きだろう。

 すぐさま、魔王はまだピデを持っていると思っている自分の手を見る。

 でも当然そこには、もうピデはなかった。


 「なんでじゃ!!なんでなんじゃ!!もうピデがないのじゃ!!!」

 「アンタがさっき、全部食べたわよ。」

 「そーそ。」

 「ぬぁっ!?なんでじゃ!!」

 「だ〜か〜ら、さっきアンタが全部食べたのよ!!」

 「ばっ!?」


 魔王は気づいてもなかったみたいだ。

 段々と悲しそうな、しょんぼりした顔になっていく。

 でもすぐ何か思いついたのか、俺の方に顔を上げてきた。


 「そうじゃ!!そうなのじゃ!!」

 「「ん?」」

 「賢い妾は思いついたのじゃ!!賢い賢い妾は思いついたのじゃ!!」


 何をだろうか…

 いやたぶんだけど、どうせくだらない…


 「何をなの?」

 「それはなのじゃ、ピデをおかわり、すればいいのじゃ!!!」


 やっぱりか…


 「むふーっ。妾は賢い。すんごく賢いのじゃ!!!」


 魔王は無駄に、鼻を高くする。

 あと、アイラのうんざりした顔も視界に入ってきた。


 おかわり、なー。

 正直、してあげる理由がない…んだけど、ちょっと良いことを思いついた。


 「おかわり、したい、か?」

 「したい、したいのじゃ!!」


 魔王は目を輝かせる。


 「そうか、したいか…」

 

 俺がそう言った瞬間、魔王、そしてアイラの顔が引きつった。

 

 「ん?どうかしたか?」

 「いや、えっとなのじゃがお主、その、なのじゃが…」


 すごく歯切れが悪い。


 「ん?なんだ?」

 「えっとじゃ…」


 魔王からはなかなか言葉が出てこない。

 だからか、横のアイラから…

 

 「アンタさっき、すっごい悪い顔してたわよ?」

 「そう、そうなのじゃ!!」

 「悪い顔って…」

 「いや、ほんとだから…」

 「そうじゃ。ほんとなのじゃ!!」


 二人ともひでぇな。

 でもまぁ、今はどうでもいいや。

 それよりも…

 

 「そっか…。でさぁ、おかわりしたいか?」

 「えっ、いいのじゃっ!?」

 

 魔王が目を輝かせる。


 「珍し。どういう風の吹き回しなのかしら。」


 アイラは横で失礼なことを言ってくる。

 でも、スルーすることにした。


 「いいぞ。」

 「えっ、ほんとなんじゃ!?やっ…

 「ただしっ!!」

 「な、なんじゃ…」

 

 魔王が、まるで不審者でも見るかのような視線を向けてくる。


 「それはな…」

 「う、うんなのじゃ…」

 

 真剣に聞く魔王。

 それでか、それとも自分が次に発する言葉のせいなのか、頬が吊り上がっていく感覚がした。


 「ピーマン…。さっきの苦いのを、おかわりして食べきったら、ピデのおかわりもしてやるぞ?」

 「ぬあっ!?」

 「ひどっ!!」


 魔王とアイラが大きく見開かせた。

 魔王はびっくりしたかのように、アイラは信じられない、まるでひどいものでも見ているかのように…


 「あっ、もちろん増し増しな?」

 「増し…っ!?」

 「ひっどいわね!!」


 二人から、またびっくりした声が届いた。


 「お主はひどいのじゃ!!クズでクズで、クズなのじゃーーーっ!!!」

 「屑で結構。で、どうする?」

 「ぐぬぬ…」


 魔王が難しい顔をする。

 でもすぐに…


 「嫌じゃ!!妾、ピデが食べたいのじゃ!!!ピデだけが食べたいのじゃ!!!」

 「ふ~ん。そっか。」

 「そうなのじゃ!!」

 「でも却下で。」

 「ぬわっ!?な、な、な、なんでじゃ!!なんでなんじゃ!!」

 「なんで、か…」


 俺は考える。

 するとすぐ答えが浮かんできた。


 「面白くない、からだな。」

 「ぬわっ!?ぬぬぬ…。クズ。お主はやっぱりクズなのじゃ!!」

 

 アイラからも、「ひっど…」という声が聞こえてきた。


 「俺は別におかわりしなくてもいいんだぞ?」

 「ぐぬぬぬ…。なんでじゃ!!」

 「いや、食べたいのはお前だろ?で、どうする?」

 「ぬぬぬ…」


 魔王はうつむき、難しい顔をする。

 そんな魔王に、俺は少し急かすような言葉を言う。

 

 「あの苦いの、食べる?それとも食べない?さぁ、どっち?」

 「アンタ、ほんと性格悪いわね。」

 「そうじゃ!悪いのじゃ!!」

 「ありがと。」

 「なんでじゃ!!!」

 「はぁ…」


 二人から別々の反応が返ってきた。

 

 「で、どうする?」

 

 魔王はまた難しい顔になる。

 でも割とすぐに、顔を上げてきた。

 何かを決心したかのような顔を…


 おっ…!!

 これはまさかの?


 魔王が紅い瞳を向けてくる。

 そして…


 「苦いの、妾は食べるのじゃ!!頑張って食べるのじゃ!!!」

 「へー。」

 

 意外。

 諦めるか、ピデ食べたいってずっとわがまま言ってくるかと思ったのに…


 「そうか。じゃー、おかわり頼むな。」

 

 コクっと、魔王は頷いてきた。 

 ということで、ピーマンのおかわりをした。

 魔王を信じて、一応ピデも。


 

 待ち時間。


 「意外ね。」

 「だな。」


 俺とアイラで少しだけ、そんな会話をしていた。


 「ねぇ魔王。そんなピデ、食べたかったの?」

 

 アイラの言葉に魔王はコクっと頷く。


 「食べたいのじゃ。」

 「へー、でも意外ね?」

 「何がじゃ?」

 「んだって、ずっと我が儘言うと思ってたのに、なのに、ピーマン…じゃ分からないのか。あの苦いのもおかわりするだなんて…」

 「だってじゃ、妾はどうしても、どうしてもピデを食べたかったのじゃ!!どうしてもどうしてもなのじゃ!!」

 「ふ~ん…」


 じっと、アイラは魔王を見つめていた。

 

 「今回は、偉いな。」

 

 俺がそう言うと、魔王はまた鼻を高くした。


 「そうじゃ。妾は偉い、偉いのじゃ!!!」

 「エライエライ。」

 「ふふ~ん!!」


 さらに魔王の鼻が高くなった。


 「いやこいつ、アンタのことバカにしてるだけだからね?」

 「のじゃ!?」

 「ははっ、ばれたか…」

 「ばれるわよ!!」

 「そ、そうじゃ…」

 「お前は気づいてなかっただろ…」

 「のじゃっ…!!」

 

 そうこう会話をしてるうちに、真緑だったピーマンを炒めたものが運ばれてきた。

 きれいな緑にこんがりとした焼き色がついている。

 それを魔王は見つめる。


 「た、食べるのじゃ…」

 

 俺とアイラは魔王を見る。

 俺はぼけーっと…

 ピーマンのせいかアイラは気分悪そうに。


 魔王がピーマンをスプーンで掬う。

 手をプルプルとさせながら、口元に近づけていく。

 嫌そうな、苦そうな顔。

 そんな表情のまま、魔王は小さく口を開ける。

 そしてピーマンを口の中に入れた。


 もぐ…

 もぐ…

 も、ぐ…


 ゆったりと、渋々と咀嚼が進んでいく。

 そしてやっぱり…


 「にぎゃーーーーーーっ!!!!にぎゃにぎゃいにぎゃいのじゃーーっ!!!!!」

 「はははっ…」

 「まぁそうよね。」


 魔王が泣きそうな顔になっている。


 「にぎゃいにぎゃいにぎゃい…」

 「ほらほら、頑張れ。」

 「でも、苦いのじゃ!!」

 「んでも、それ食べ終えたらピデ、だろ?だから頑張れ。」

 「…っ!!ピデ。」

 「そうピデ。」

 「ピデ、ピデ!!!」


 苦い顔のまま、魔王が咀嚼を再開した。

 そしてゴクっと、一口目を飲み込んだ。


 「食べた。妾は食べたのじゃ!!」

 「だな。」

 「これでピデ!!ピデが食べれるのじゃ!!!」

 

 …ん?


 「いや、まだ残ってるけど…」

 「のじゃ?」


 魔王が不思議そうに頭を傾けた。


 「なんでじゃ?妾、食べたのじゃ!!ピーマン、食べたのじゃ!!だからピデ、食べれるん、じゃないのじゃ?」

 「いや、全部食べたらだろ?」

 「ぬわっ!?」


 魔王がガーンと、口を下に開いた。


 「嫌じゃ!!もうこれ、食べたくないのじゃ!!!」

 「でも、そういう約束だろ?」

 「そんなの知らないのじゃ!!もうもうもう、食べたくない。食べたくないのじゃ!!」

 

 魔王が真剣にそう言い放ってくる。


 「じゃー、ピデのおかわり、食べるのはなしな?」

 「ぬわっ!!?嫌じゃ!!そんなの嫌じゃ!!妾食べたいのじゃ!!!」


 やっぱり、いつもの魔王だった。

 さっきは少し見直したのに…


 「ぬぬぬ…。そうじゃ!!いいことを思いついたのじゃ!!!」


 またあほなことを思いついたらしい。


 「それはなのじゃ、これを勇者、お主が…

 「却下。」

 「食べたら…

 「却下です。」

 「ぐぬぬぬ…。なんでじゃ!!食べてくれてもいいのじゃ!!」

 「いや、それだと意味ないだろ…」

 「何がじゃ!!何が意味ないのじゃ!!」


 説明、はめんどくさいな。

 

 「いや、それよりも今は、その苦いの、だろ?」

 「ぐぬぬぬ…」


 魔王が恨めしそうに睨んでくる。

 だけどすぐ、アイラの方に視線を変えた。


 「そうじゃ!!おなご、お主が…

 「嫌。」

 「で…

 「絶対に、嫌!!!」

 

 アイラは拒絶した。

 

 「ぬぬ…。じゃ―この苦いの、いったい誰が食べると…

 「アンタでしょ!!」

 「お前だろ。」

 「ぬわっ!?」


 ということでやっぱり、魔王がピーマンを食べることになった。

 それはそうだよ…


 「嫌じゃ嫌じゃ嫌なのじゃーーーーっ!!!!」


 魔王も拒否した。

 

 だから、後で運ばれたピデがどうなったかというと、魔王が食べた…なんてことはあり得るはずもなく、俺のアイテムボックスの肥やしになった。

 魔王が残したピーマンと一緒に。

 どうしよっか、これ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る