ピーマン嫌いな人ってけっこう多いよな

 もぐ…

 もぐ…

 も、ぐ…

 …


 口の中に入ったあれを、今も横にいるアイラが食べている。

 眉間にシワを寄せ、さらに寄せ、目を細め、その薄い隙間から小さな光までもが反射している。

 泣くほどおいしいってことだろう。

 

 「なーアイラ?」


 もぐ…

 も、ぐ…


 アイラからは返事が返ってこない。


 「なー…」

 

 も、ぐ…


 「アイ…

 「あー、もーうっせいわね!!今食べてるところなの!見てわからない?!!」

 「いえ分かります。」

 「なら黙ってて!!」

 「はい!」


 すごい勢いと剣幕だった。

 ということで黙って待つ。

 涙を浮かべながら食べてるアイラを見ながら、黙って待つ。

 

 もぐ、もぐと、刻み悪く、口の中に入ったものをアイラが食べる。

 それはまるで、味わうかのようで…

 いやまぁ、食べるのが嫌すぎてただ進まないだけだろうけど…

 

 口角が上下に、一度、二度、三度と上がったり下がったりした。

 そしてアイラはやっとのこと、口の中にあるものをゴクンッと飲み込んだ。

 

 「うぇ…。苦いし、まずいし、苦い。ほんと嫌い。ほんとのほんとに嫌い…。なんでこんなもの、この世に存在するのよ…。今すぐ消えてなくなってしまえばいいのに…。消えて、いやもういっそのこと私の手で、この世から消してやろうか。そうね!その方が…」


 アイラから、何か思いつめたかのような声が聞こえてきた。

 見ている所は正面の皿たち…のはずなのに、まるでどこか遠くでも見ているかのように。

 それも、濁った暗い瞳で。

 不気味な笑みまで浮かべて…


 「アイラ、さん…?いえ、様。」

 「ん?あー。」


 濁った瞳が元の澄んだピンク色の瞳に戻った。

 帰ってきてくれたみたいだ。

 というか、帰ってきといて欲しい。

 じゃないと怖すぎる。

 

 「お、おつかれ。」

 「あ、うん。ほんと。で、さっきは何だったの?」

 「あーいや…」


 言ったらまずいか?

 てもまぁ、いっか。


 「アイラがすごい顔で食べてたから、だから『おいしそうだな』って、ちょっと誂(からか)おうと思っただけだけど。」

 

 目を細めて、じとっと見つめてきた。

 

 「ん?どうかしたか?」

 「はぁ…。いや、アンタってほんといい性格してるわよね?」

 「ん?あー、そんなの知ってるけど。」

 「言っとくけど、褒めてないからね?」


 褒めてない、だと…!!

 そんなの…

 

 「知ってる知ってる。」


 すぐさまアイラは顔を歪ませてくる。

 

 「知ってるって…。はぁ…。ほんといい性格してるわ、アンタって…」

 「ありがと。」

 「だ〜か〜らっ、褒めてないからっ!!」


 アイラがそう言い放ってくる。

 だけど、それがなんか面白かった。


 「くくっ…」

 「何笑ってんのよ!!」

 「いや?」

 「いや、何よ!」


 気になるみたいだ。


 「んー、別に?」

 「だから何よ!!」

 「あーいや、アイラがなんか面白いなーってだけ。」


 そう言うと、アイラは一瞬だけ目を見開かせた。

 そしてすぐ、俺から視線を反らした。


 「面白いって何よ、ったく…」


 そう言ったきり、アイラは何も言ってこなかった。

 だからなんとなく、アイラの目の前にある、空になったスープが入ってた皿が目に入った。


 「それにしても、アイラは、ちゃんと食べきったな。」

 「ねぇもしかして、私のこと、バカにしてる?」

 「ん?なんで?」

 「なんでって、ピーマン食べきっただけで褒められるとか、バカにされてるのと一緒じゃない!!」

 「あー、確かに…」

 「確かにってねぇっ!!」


 アイラがツッコんでくる。

 てもさ…


 「だって…」


 アイラから魔王の方へと視線を変える。

 するとアイラから…

 「あー…」

 何かを察したかのような声が聞こえてきた。

 きっと、アイラも俺と同じところを見ているのだろう。

 スープの入ってた皿に緑色の物体だけを残して、今まさに、今日のメインディッシュであるピデに手を伸ばそうとしてる魔王を方を。


 「はい、ストップ。」

 「な、なんでじゃ!!」

 「ピーマン…じゃ分からないか。その苦いの、ちゃんと食べてからにしなさい。」

 

 俺がそう言うと、バッと魔王はスープの皿の中身を手で隠した。

 魔王の小さい手と比べて大きいお椀を隠すため、両手で…


 「も、もう食べたのじゃ…」

 「へー…」


 小刻みに揺れている魔王の目を見つめる。


 「本当、か?」

 「も、もちろんほんとなのじゃ。」

 「へー…」


 目が揺れ動いた。

 それと同時に、隠すかのように魔王は自分の方に皿を近づける。


 「嘘、じゃないよな?」

 「と、当然なのじゃ。妾はレディ。う、嘘なんて、つ、つかないのじゃ…」


 どの口が言ってるんだろうか…


 「へー、じゃー、もし嘘だったらどうする?」

 「どう…なのじゃ?」

 「あー、もしじゃーさっき言ったのが嘘だったら、緑色の野菜だけおかわりな?もちろん増し増しで。」

 「うぇっ、増し増しって…。アンタ…」


 横からそんな呟きが聞こえてきた。

 チラッと見てみると、アイラは気分でも悪そうな顔をしていた。

 

 「増し増し、なのじゃ…?」

 「たっくさんってことだよ。」

 「ぬぁっ!?たっ、たっくさんなのじゃ!?」


 ギョギョッと、魔王が大きく目を見開かせた。

 

 「そう、たくさん。」

 「ひ、ひどいのじゃ!そんなのひどいのじゃ!!」

 「えっ、でももう食べたんだろ?なら別によくないか?」

 「ぬぁっ…!!うっ、いいのじゃ。別にいいのじゃ…。でもじゃ、でも…」


 魔王からは、『でも』の後が出てこない。


 「でも…、なんだ?」

 「うぅ…、でもじゃ、でも…」


 ピーマンを隠している皿のあたりを魔王は見つめる。

 でも、ピントが合ってないようだった。

 

 そして、やっぱり続きが出てこない。

 だからもういいだろうか?

 いいよな?


 「よし、じゃー、決定な。」

 「ぬぁっ…」

 「だから、その手どけようか?」

 「ぬわぁ!?な、なんでじゃ!!」

 「いや、そうしないとまだ残ってるか見れないだろ?」

 「べ、別に見なくてもいいのじゃ。もう残ってない、残ってないのじゃ!!だから大丈夫なのじゃ!!」

 

 どうしても見せたくないらしい。

 そりゃそうか。

 

 「でもいいのか?」

 「な、なにがじゃ?」

 「いやそのままだと、ピデ、食べれないぞ?」

 「あっ…!!」


 気づいてなかったらしい。

 バカなんだろうか…

 

 「ぐぬぬ…」


 魔王が難しい顔をしている。

 今の状況を恨めしく思っているのだろうか、それとも何か考えているのだろうか…

 そしてすぐ、魔王がパチッと目を見開いた。

 何か閃いたらしい。


 「そうじゃ、そうなのじゃ!!」

 「ん?」

 「お、お主は食べないのじゃ?ピデ…」

 「ん?あー、食べるけど…」

 「じ、じゃーさっさと食べるのじゃ。妾のことなんて考えず、さっさと食べるのじゃ。」

 「え、おう…」


 急に何なのだろうか…

 まぁでも確かに、いい加減食べたい気もする。

 ということで、俺はピデに手を伸ばす。


 そしてそんな俺を、魔王はじーっと見てくる。

 ほんと何なのだろうか…


 「た、食べないのじゃ?」

 「いや食べるけど…」

 「じゃー、食べるのじゃ。いいから食べるのじゃ。」

 「おう…」


 掴んだピデを口元まで運ぶ。

 口を開く。

 そしてピデに噛みつこうとした瞬間、視線の端で何かが動いた。

 食べるのを止め、その何かを見る。

 すると、魔王の手がピデへと伸びていた。


 「お前、何してんの?」


 俺がそういうと魔王の手がピシャッと止まった。

 そしてすぐ、魔王の手はまたお椀へと戻る。


 「な、何もしてないのじゃ。妾は、別に何もしてないのじゃ。お主の目がピデにいった隙に、ピデを食べようとか、ほんと、これっぽっちも考えてないのじゃ。」

 「」


 言葉が出なかった。

 こいつ、やっぱりバカなのだろうか…

 いや、バカだったわ。

 普通に…

 そして横からも…


 「バカね。」

 「だな…」


 アイラも同じ意見だった。

 

 魔王の目が、またあたふたとしている。

 作戦が失敗してしまったからだろう…

 くそしょーもない作戦が…


 じゃー、こういうのはどうだろうか…


 「ん。じゃー、食べようかな。」

 「お、おう!食べるのじゃ。今すぐ食べるのじゃ!!」


 大きく目を見開かせて、魔王は期待した目を向けてくる。


 俺はピデを口元に近づけ、口を開ける。

 もちろん、魔王をじっと見ながら…


 「お、お主…」

 「ん?」

 「えっと、あれじゃ。もっとピデを見るのじゃ。ピデ、だけを見るのじゃ!!」

 「なんで?」

 「そ、それはなのじゃ…。それは…」


 魔王があたふたとする。

 でも続きの言葉が出てこないし、出て来そうになかった。

 

 「じゃー嫌。」

 「な、なんでじゃ!!」

 「なんで…。んー、ちゃんとした理由がないみたいだし、あとは気分…、かな。」

 「気分、じゃと!!!」


 今の魔王の顔は、驚愕、なのだろう。

 大きく目を見開かせている。


 「なんでじゃ、なんでなんじゃ!!!」

 「だから、気分だって。」

 「ぐぬぬ、気分ってなんじゃ、気分って!!!」

 「いや、気分は気分だろ。」

 「ぐぬぬ、あーいいのじゃ。もーいいのじゃ。もー好きにするのじゃ!!」

 「ん。じゃ、好きにする。」


 ということで、またピデを口元へ運ぶ。

 ゆっくりと口を開き、そして、ピデへと噛みついた。

 もちろん、魔王を見ながら…

 魔王は悔しそうな、羨ましそうな顔をしていた。

 

 「んー!!おいしっ!」


 耳の部分はパリっと、他はモチモチとした食感。

 味は、ミートスパゲティのソースみたいな感じだろうか。

 ひき肉をたぶん塩コショウとニンニクで味付けし、そこにトマトを入れたもの、だと思う。

 トマトベースの味に、2つの香辛料がガツンガツンと刺激を与えてくる。

 その上でたぶん、砂糖?が入ってるのかほのかに甘くて優しい。


 「ん、おいしい。」

 「お、おいしいのじゃ?」

 「おいしいぞ?」

 「のぉお〜〜〜っ!!!」

 

 魔王が目を光らせる。

 そして横からも…


 「ん~~っ、おいし!!!」

 

 アイラも食べ始めたみたいだ。


 「な、上手いな。」

 「ね!このなんていうのかしら、ほのかに甘いの!これ、ホッとして、私好き!!」

 「だな。なんか、お母さんの味みたいな…」

 「そうなのかしら…、そうかも知れないわね!!」

 「だろ?」

 「うん!!」


 アイラと会話が弾む。

 すると正面から…


 「ピデ!そんなおいしいのじゃ!?」

 「うん。おいしいわよ。ね?」

 「だな。めっちゃおいしいよな?」

 「お〜〜〜〜っ!!!」


 魔王はずっと目を光らせたままだ。

 そんな中、俺はもう一口食べた。

 そして…

 

 「んー、おいし。あれ?魔王、お前は食べないのか?」

 「たっ、食べてもいいのじゃっ!?」

 「え、もちろん…」


 魔王が顔を緩める。

 そして、手を動かそうとした瞬間で…


 「野菜食べてたらな。」


 野菜を隠す魔王の手がピタッと停止した。

 顔を見てみると、喜びから難しい表情へと変わっていく。


 「ぐぬぬ…」

 「どうした?食べないのか?」

 「ぬ…、も、もう少ししてから食べるのじゃ。」

 「ふ〜ん。」


 ということで、俺は更にピデを食べ進めていく。

 見せびらかすように…


 「あー、おいし。」

 「ぐぬぬぬ…」

 「ほんとオイシイワー。」

 「ぬぬ…」


 魔王の悔しそうな声がすごく心地良い。

 

 「アンタって、ほんとあれよね。」


 アイラの声が聞こえてきた。

 あれ?

 あー、おそらくは…


 「ん?性格が悪いって?」

 「分かってるのね。」

 「当然。」

 「なんで、そんな自信満々なのよ…」

 「自覚してるから、かな。」

 「はぁ…」


 アイラに大きくため息をつかれた。

 そして、正面から鋭い声で…


 「そうじゃ!お主は性格が悪いのじゃ!!クズ、なのじゃ!!」

 

 魔王からめっちゃ言われた。


 「ははっ。あー、クズで結構。だからその手、どけてみろよ!!」

 「ぬわっ!?」

 「どけれないのか?おこちゃま。」

 「なっ、なっ!?だ、誰がおこちゃまなのじゃ!!誰が!!!」

 「野菜食べれずに、嘘ついて隠してるガキんちょのことだけどー?」

 「ガキンチョ…、ガキンチョ…!!?妾は、ガキンチョじゃないのじゃ!!レディなのじゃ!!立派な立派なレディなのじゃ!!!ガキンチョなんかじゃないのじゃーーっ!!!」

 「じゃーその手、どけてみろよ!」

 「あーいいのじゃ!どけてやるのじゃ!!」


 啖呵を切ってきたものの、魔王の手は動かない。


 「ほら、ほら早く!!」

 「ぐぬぬ…」


 魔王は難しい顔をする。

 だけどすぐ、決心したかのような顔をしてきた。

 見せる気になった、俺はそう思った。

 でも少しだけ違ったみたいだ。


 魔王の手が、隠すためにお椀の上に被せていたのが下へと動いていき、おわんを持つ形になる。

 そして勢いよく、おわんは魔王の口へと向かった。


 魔王の顔がおわんで隠れる。

 だけどすぐにおわんが下がって、魔王の顔がまた現れた。

 おわんの中にあったものを口の中に放り込んだのか、頬をむくーっと膨らませて…


 「ほりゃ、何も入って、入って…、にぎゃーーーーーーっ!!!!!!にぎゃいにぎゃいにぎゃいにぎゃーーーっ!!!!!」

 

 目の前にバカがいた。

 相当苦かったのか、顔をぐちゃぐちゃでひどい顔になっているバカが…

 

 「ははははっ、顔、ヤーバっ!!」

 「フフ、ひっどい顔ねっ。」


 俺とアイラの反応に、魔王がキッと鋭く睨んでくる。

 でもそれはほんの一瞬で…


 「うる、うる…うぇ、にぎゃい…。にぎゃいのじゃ…」


 やっぱり苦かったらしい。

 言い返せないくらい…


 「あははは…」

 「フフフ…」


 どうしても笑ってしまう。

 だって、ほんとひどい顔だから…

 でもそれをなんとか抑える。


 「ププッ…。ほ、ほら、それ食べ終えたらピデ食べれるから、だから頑張れ!」

 

 俺がそう言うと、魔王の目が一瞬だけ光って、またすぐに苦虫を…

 いや、今まさに苦いものを食っている顔に戻りながらも、小さく頷いた。

 たまにえづきながらも、魔王が食べ進めていく。


 「うぇ…、にぎゃい、のじゃ…」

 「ほら頑張れ。」

 「そーそ、頑張りなさい。」

 「ぎゃ、頑張るの、じゃ…」


 もそもそと、魔王の頬が動いていく。

 今回は珍しく頑張っている。

 理由はやっぱり…


 「ピデ。ピデ…。ピデっ!!!」


 おいしそうなご飯のためらしい。

 単純だなー。


 それから数分…

 きっと5分もはかからずに、ようやく魔王が口の中にあったものを飲み込んだ。


 ゴクンッ…


 「にぎゃかった…!にぎゃかったのじゃ…!!でもじゃ、妾、頑張った。頑張ったのじゃ!!!」

 「頑張ったな。」

 「そうじゃ!頑張ったのじゃ!!すごく、すごーく頑張ったのじゃ!!!だからじゃ、そんな妾をもっと、もっともっともーーっと褒めるのじゃ!!!」


 「はいはい。頑張った頑張った。」

 「頑張ったわね!」


 「むふーっ!!!そうじゃ!頑張ったのじゃ!!妾はすごい、すごいのじゃーーっ!!!」


 魔王が鼻を高くする。

 ピーマンを食べ終えたことに、そんなにも達成感を感じているみたいだ。

 なら…


 「じゃーおこわり、いってみるか?」

 「っっっ!!?」


 びっくりし過ぎたのか、魔王の目が飛び出してきそうだった。

 

 「な、なんてじゃ!!」

 「なんで、なんでか…。んー、さぁ…?」

 「さ、あっ!?」


 また魔王が、大きく目を見開いた。


 「さぁってお主、意味分かんないのじゃ!!ほんとに、意味分かんないのじゃ!!!」


 分からないらしい。

 まぁそりゃー、俺も分かんないしな。

 でも…


 「まぁ、強いて言うなら…」

 「しいて…?」

 「あー、無理に理由を言うとしたらな、面白そう、だからかな?」

 「おもしろ…。おもしろ…!!そんな、そんな理由なのじゃ?嫌じゃ!妾絶対に、嫌なのじゃーーっ!!!」

 「嫌か…」

 「当たり前なのじゃ!!!」

 「そうか…」


 魔王からアイラへと、視線を変える。


 「じゃーアイラ、は…


 アイラはすごい笑顔だった。

 まるで、笑顔を貼り付けたかのような…


 「やったら殺すからね?」

 「はい…」


 ドスが効いたアイラの言葉に、俺はそう答えることしかできなかった。

 

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