ピーマンと

 魔王が嫌そうに、自分の目の前にある野菜スープをスプーンでかき混ぜる。

 そしてスプーンで、野菜のスープから緑の物体…

 ピーマンが掬われた瞬間、隣にいたアイラから思わず声が飛び出た。


 「げっ…!!」


 そう、こんな声が…


 隣にいるアイラへと視線を移す。

 すると、苦虫を噛み潰してしまったかのような苦い顔を、アイラはしていた。


 あっ、そういえば…

 確かアイラって、ピーマンが…


 すぐにアイラはスプーンを握り、自分のスープに突っ込む。

 掬っては戻し、掬っては戻しで、中身を確認していく。

 それを2回、3回と繰り返して行き、そしてとうとう見つけてしまった。


 「うげっ…!!」


 自分のスープの中にも、ピーマンがあることを。


 アイラはまた顔を歪める。

 そして次第に、泣きそうな顔へと移り変わって行った。


 「サーラさんなんで…、なんでよ…。私、あれだけ入れないでって言ってたのに…。なんで…。もしかして、私のこと…」


 アイラから、そんな声が聞こえてくる。

 ただ痛々し過ぎて、拾っていいのかすごく悩ましい。

 だけどここには、空気も表情も読めない…、読む能力のない人間がいた。

 そう、魔王だ。


 「のじゃ?おなご、どうかしたのじゃ?」

 「えっ!!あ、いや…、別に、なんでもない、わよ…?」


 アイラは、目を右往左往させている。

 言う気はないようだ。


 「のじゃ…?」


 当然理由もわからないから、コテッと魔王が頭を傾ける。


 さて…

 言うか言わないか…

 まぁ、言っていいだろう。


 「あー実はな、アイラ、ピーマンが…

 「わーーーーっ!!!!」


 アイラが大声をあげてきた。


 「のじゃっ!?お、おなご、急にどうしたのじゃ?そんな大きな声を上げて…。頭でもおかしくなったのじゃ?」

 「はぁっ!?なんでよ!!」

 「だ、だってなのじゃ、お主、急に大声をあげてきたのじゃ。そんなの、普通はしないのじゃ!!」


 「確かに…」

 「ッ…」


 当然過ぎてか、アイラも顔を歪ませている。

 それにしても…


 「この魔王に、普通を説かれるとか…」

 「はぁ!?何っ!!なんか文句でもあるの!」

 「ぃや〜。」


 ジトッと、アイラが睨んできた。

 

 「アンタって、ほんと性格悪いわよねっ!!」


 急に、怒鳴ってきた。

 なんでだろうか…

 勝手に笑みを浮かべている、この頬のせいだろうか…


 「でじゃ、勇者。お主、さっき何を言おうとしてたのじゃ?」


 魔王は、やっぱり気になるらしい。


 「あー、それはな…」

 「フェデ、言ったら怒るわよ!」

 「むー、なんでじゃ!なんでなんじゃ!!」

 「そ、それは…」


 アイラが気まずそうに、また視線を彷徨わせる。

 だけど、そんなのでは魔王は止まらない。


 「嫌じゃ!嫌なのじゃ!!妾、知りたいのじゃ。気になるのじゃ!だから言うのじゃ。妾にも、教えるのじゃ!!」

 

 魔王の無駄な好奇心が、アイラを攻め立てる。

 それに屈服してしまったのか…


 「ッ…。わ、私…、ピーマンが嫌いとか、嫌いとか…。嫌いとかそういうんじゃないわよ!!」

 「のじゃ…?」

 「別に嫌いとかそういえのじゃないのよ?ただ好きじゃないというか…。そう、好きじゃないだけよ!!嫌いとかそういうじゃなく、ただ好きじゃないだけだからねっ!!」

 「のじゃ…?」


 魔王が直角に頭を傾けた。

 そして、俺の方に振り向いてくる。


 「なぁ、勇者。このおなご、いったい何を言っているのじゃ?何が言いたいのか、妾、まったくわからんのじゃ!」

 「あー…」

 「というかじゃ、こやつ、さっきからおかしいのじゃ。頭、おかしくなったのじゃ?」

 「はぁーっ!?誰がよっ!!」

 「え、おなご、お主のことなんじゃが…」

 「なんでよっ!!」

 「それはなのじゃ、えっと、えっと…」


 魔王は説明できないらしい。

 ただそれよりも…

 だけどそれよりも…


 「はははっ!!」


 おもろ…

 くろおもろ!!


 「アイラ、頭おかしいだって…。しかもそれ、このバカに言われるとか…。ププッ…」


 「あーうざいしうるさい!それに、笑わうなっ!!」

 「このバカ…?んじゃ?それはいったい誰のことなのじゃ?」


 「ププッ…。さぁな〜…」

 「んじゃ?」

 「あーもうっ、ほんと性格悪い!!」


 魔王は自分だと気づくことなく、アイラの方は何か言ってきている。

 でも、笑いが勝手にこみ上げてくるんだからしょうがない。

 そしてそんな俺が不快すぎたのか…

 グッ…


 「った…!!」


 アイラが足を踏んできた。

 ひりひりとした痛みが、足の甲に走る。


 その原因であるアイラの方に向くと…

 「フンッ!」

 そんな声を吐き捨てながら、アイラは明後日の方へ顔を背けた。


 「お主、どうかしたのじゃ?」

 「いやー…」


 言って…、いいか。


 「アイラに足を、…ぃてっ!!」


 アイラが足をグリグリとしてきた。

 言ったら駄目らしい…

 そして、正面の魔王から…


 「足を、折ったのじゃ?」


 ……ん?


 「何いってんの?お前…」

 「いや、今さっきお主がそう…」

 「ん?」

 「のじゃ?」


 よく分からなかった。


 変な間が現れる。

 そこで、机の上のものが視界に映った。


 あっそういえば今、ご飯の時間だったな…


 「ご飯、食うか。冷めちゃうし…」

 「あっ、そうなのじゃ。忘れてたのじゃ!!!」


 魔王はピデへと手を伸ばす。


 「はい、ストップ!先にスープからな。」

 「ぬっ…」


 鬱陶しそうに魔王が睨んできた。

 

 「はいはい。いいから早く食え。」

 「ぐぬぬ…」


 俺に文句を言っても察したのか、魔王はスープと睨み合いを始めた。

 手をつけるまで、まだまだかかりそうだ。

 だから俺だけ先に、スープに手をつけることにした。


 一口飲む。

 すると、しっとりとした塩味が口の中に広がってきた。

 どうやら、今日の味付けはコンソメのようだ。

 

 具材にも手を出していく。

 人参、ピーマン、じゃがいも、玉ねぎといった具材が入っていて、どれもよく煮込まれているのか、口の中でほろほろほと崩れていく。

 ちゃんと、口の中で具材の味をさせながら…

 おいしいし、ほっとする…


 正面を見てみると、まだ魔王はスープとにらめっこをしていた。


 「早く食えよ〜。」

 「ぐぬぬ…」

 

 子供かな…?やっぱり…

 そしてもう一人の方を見てみると、まだアイラも料理には手を付けてなかった。


 「アイラ、食べないのか?」

 「食べるわよ!!」


 アイラはスプーンを握った。

 そして具材を掬っていく。


 そんな彼女の姿を、食べながら俺は横目で見る。

 始めはじゃがいもだった。

 

 「んー、おいし。」


 さっきの鋭かった声がまるで嘘だったかのように、落ち着いた声、ほっとした声を彼女はこぼす。

 野菜のほのかな甘みって、落ち着く感じのおいしさだもんな。


 次は人参、その次は玉ねぎ。

 彼女はどんどんと食べ進めていく。

 だけどそんな彼女の手が、急に止まった。


 スプーンの先を見てみる。

 するとやっぱりそこにあったのは、あれだった。

 緑色の物体、そう、ピーマンだ。


 「どうした?食べないのか…?」

 「ッ…!!」


 嫌な顔をした後、キッとアイラが睨んでくる。

 だけどそれで湧き上がってくる感情は、楽しさというものだけだった。

 いや、愉悦、とかの方がいいのかな…?

 一緒か。


 「ほらほら、早く食べないのか?」

 「くっ…!!食べるわよ。ちゃんと食べるわよ!!」

 

 そう吠えてくる。

 でも吠えたものの、アイラの握っているスプーンは、一向にアイラの口元へと向かおうとしない。


 「ほらほら、早く早く〜」

 「ッ…!うっさいわね!ちゃんと食べるから、だからアンタは黙ってなさい!!」


 言いつけ通り、俺は黙る。

 黙って見つめる。

 もちろん、ニヤニヤとしながら…


 そして当然、アイラのスプーンを持った手は動かない。

 でも黙って待つ。

 すると何故か、急にアイラがキレだした。


 「あ〜〜っ!!もううっさいのよ!!」

 「いや、アイラの行った通り、俺、ちゃんと黙ってるけど…」

 「ニヤつく顔がうっさいのよ!!」

 「あ〜。」


 それはそうかもな。


 「でもさ、しょうがないじゃん。だって、楽しんだから。」

 「ッ…!ほんと、性格悪い!!」

 「はいはい。そんなの知ってる知ってる。だから早く食えって。」

 「くっ…」


 諦めたのか、またアイラはピーマンとにらめっこを始めた。

 にらめっこだ。

 やっぱり、ピーマンを掬ってるスプーンは動かない。

 すると、アイラと同様、さっきまでスープとにらめっこしてた奴が話しかけてきた。


 「なー、なーじゃ…」

 「ん?」

 

 顔を魔王の方に向けてみる。

 するとすぐ、スープが減っているのが見えた。

 

 「お〜、ちゃんと食べてるのか。偉いな、今日は。」

 「はっ、当たり前なのじゃ!!妾は立派なレディなのじょ!当然なのじゃ!!」


 魔王は自信満々に胸を張ってきた。


 「あー、でじゃ、もしかしてなのじゃが、そこのおなご、もしかしてなのしゃが、野菜、嫌いなのじゃ?」

 「はっ!?」

 「プッ…」


 アイラの目がまん丸になっていた。

 でもすぐに、キッと鋭い視線になってから…


 「そんなことないわよ!別に嫌い、とかじゃないし…。野菜は…」


 最後の言葉はすごく小さかった。


 「そうなのじゃ…?でもじゃ、さっきから全然それ、食べようとしてないのじゃ。だから、嫌いってことなんじゃないのじゃ?」

 「うっ…」

 

 苦しい声を、アイラが漏らす。

 そんなアイラの返答を、魔王は自分の意見が正しいと受け取ったようで…


 「やっぱりそうなのじゃ?じゃーおなご、お主、妾よりも下なのじゃ!!」

 「はっ!?」

 「ププッ…。下って…」


 笑った俺の足を、またアイラが踏みつけようとしてくる。

 でもそれを、寸前で躱す。

 アイラが恨めしく睨んでくるが、気にしない。


 「だってなのじゃ、妾は、ちゃんとスープ食べてるのじゃ。なのにお主は、さっきからずっと食べてないのじゃ。なら、妾の方が上なのじゃ。おなご、お主より上なのじゃ。」


 ドヤ顔の魔王がそう言い放つ。

 そんな言葉にアイラは何も言い返せないようで、眉をひそめてるだけだ。


 「ふふ〜んじゃ。妾の方が上。妾の方が上なのじゃ〜。」


 ニヤニヤと嬉しそうにしながら、魔王は握ったスプーンをスープに突っ込む。

 具を掬う。

 赤やら緑やらの色をした物体をスプーンで掬ったまま、口元へと運ぶ。


 「はは〜ん、妾の方が上なのじゃ。上、なのじゃ〜。」

 

 ニマーとした顔をアイラに向けてから、魔王は掬ったものを口の中へ運んだ。


 「ふふーん、妾の方が、妾の方が…。にぎゃーーーーっ!!!!!!」

 

 急に魔王が叫びだした。


 「にがっ、苦いじゃ!!!なんじゃこれ、にぎゃいのじゃ!!!めっちゃにぎゃいのじゃ!!!うぇーー。」


 「アイツ、バカ?」

 「バカで子供だろ。」

 「そうね。」

 

 「苦いんじゃ!めっちゃ苦いのじゃ!!苦い苦い、苦いのじゃーーーっ!!!!!」


 まだ魔王が一人、騒ぎまくっている。

 

 「でアイラ、お前は食べないのか?」

 「ぐっ…」

 「あんな小さなバカな子供でも食べるのに、アイラは食べないのか〜。」

 「ぐっ…。うぅ…。食べるわよ!!食べればいんでしょ!!!」


 アイラはスプーンに乗った緑色のものを睨む。

 ただやっぱり、その手は進まない。


 「ほら。」

 「うっさいのよ!!食べるから。ちゃんと食べるから!!」


 嫌そうな顔をまたピーマンに向ける。

 より眉をひそめた。

 

 「はぁー。よし。」


 ゆっくりとスプーンが口元へと近づき出す。

 ゆっくり、ゆっくりと…

 それだけで、食べたくないという気持ちが伝わってきた。

 

 もうすぐ口元…

 手が震え、スプーンが震えている。


 口元がプルプルと震えながら、徐々に口が開いていく。

 そしてその口の中に、ようやく緑色の物体が入った。

 ゆっくりと、頬が動いていく。

 

 「うぅ…」


 悲しそうな声がアイラから聞こえてきた。


 「どうだ?おいしいか?」

 「死ね…。まじで死ね…」

 

 その声は、本当に気持ちがこもっていた。


 「よし、じゃーもう一個。」

 「ほんと死ね…」



 

 

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