ご飯ってだけで良くなる機嫌
「ご飯♪ご飯♪今日の晩御飯はな~んなのじゃ~。」
宿屋の食堂。
今俺たち三人は、そこにいた。
そして魔王はそんな楽し気な声…というか、歌みたいものを歌っている。
そう、魔王の機嫌が戻ったのだ。
あれは15分くらい前だっただろうか。
空が紅くなってきた頃、俺たちは宿屋へと帰ってきていた。
ただ、その時の魔王はまだ不機嫌だった。
「食べたい、食べたい!!食べたいのじゃ~っ!!」
まだ、俺の服の袖を引っ張りながらごねてきている。
森の中からずっとだ。
いい加減、ちょっとしつこい。
ただもう時期、あれの時間だ。
そう…
「それよりもさ、今日の晩ご飯、何だろうな?」
「たべ…んじゃ…?晩、ご飯…?」
魔王が目をぱちぱちさせ始めた。
「そう、晩ご飯。」
「晩、ご飯っ…!!!ご飯じゃ!!今からご飯なのじゃーーっ!!」
ということで、魔王の機嫌が元に戻った。
すごく単純だった。
そして、すごく早かった。
なんとなくアイラを見てみると、アイラは目を見開かせてパチパチと、何か信じられないものでも見ているような表情だった。
今のアイラの呆けた顔と言ったら…
見てるだけで笑ってしまいそうだった。
まぁそんなこんなで、時は戻って今。
俺たちは食堂の四角いテーブルに座っている。
席割は俺とアイラが隣、俺の正面に魔王という感じだ。
そして魔王はさっきからずっと、歌のようなものを楽しそうに歌っている。
首は小さく横に、身体は縦に揺れている。
テーブルで陰になって見えないけど、きっと足をブラブラとでもさせているんだろう。
ルンルンだ。
「ねぇ…」
隣から声が聞こえてきた。
声が聞こえた方を見てみると、アイラは渋い顔をしている。
「ん?なんだ?」
「アイツ、さっきまであんな騒がしかったのに、ご飯ってだけで静かに…、はなってないわね。」
アイラはすぐに訂正した。
「ははっ、なってないな。まぁ、機嫌は戻ったみたいだけど。」
「そうね。戻ったわね。ほんと一瞬で…」
アイラは頭の痛そうな表情をしたと思ったら、魔王の方をチラッと見た。
そして、眉をひそめた。
もしかしてさっきの一幕…
俺が”ご飯”って言って、するとすぐに魔王の機嫌が戻った時のことでも思い出しているのだろうか。
あー、そう言えば…
「あの時のアイラ、そういえばすごい顔してたな。」
「ん?あの時…?」
「俺が魔王に、ご飯って言った時だよ。あの時のアイラ、なんかこう…、信じられないものでも見てるような表情だったからさ…」
「信じれないものって…、私、どんな表情してたの?」
本人は覚えがないらしい。
でもそりゃーそうか。
自分で自分の顔なんて見えないんだし…
「んー、すっごい間抜けな顔だった。」
「うぇっ…!!」
アイラの表情はまた変わった。
「今はヤバって感じの顔かな…?」
「ッ…!!フェデ、そういうの、一々言ってこなくていんだけど!」
「じゃー、変な顔?」
「だから言うなってっ!」
「えー、いや、知りたいかなーっと思って。」
「知りたくないわよ!!というかアンタ、もっとレディに気を遣いなさいよっ!!そういうのは、見ても見ぬふりをするとか…」
アイラがなんか言っている。
ただそこで、何故か魔王が会話に入ってきた。
「んじゃ?呼んだのじゃ?」
「呼んでないわよ!!」
「んじゃ!?でもさっき…」
「いや、ほんとに呼んでないぞ?というか、なんで呼ばれたと思ったんだ?別にお前の話とか、してな…してはいたけど、してなかったのに…」
「んじゃ?お主、何意味分からんことを言っておるのじゃ?」
魔王がコテッと首を倒した。
確かに、自分でも変なことを言っている自覚はあった。
「いやな、してたけど…、してたけどでも、お前が入ってくるタイミングがなんか違うんだよ!」
「んじゃ?」
「はぁ…、えっとな、お前の話をしてない時にお前が入ってきたんだよ。」
「つまり、どういうことじゃ…?」
「ッ…。つまりえっと、お前が変なタイミングで入ってきたんだよ!」
「んじゃ?」
俺の言葉は、魔王には届いてくれなかった。
「ねぇ…、なんでアンタは呼ばれたと思ったの?」
「んじゃ?そんなのは、お主らが妾の話をしてたからに決まっておるのじゃ。」
「んっ…!?」
やっぱりよく分からない。
何か話が噛み合ってない感じで…
「えっと…」
アイラも戸惑う。
すると魔王が…
「さっきお主ら、レディって言ったのじゃ。」
「え、うん…」
「だからつまりじゃ、それは立派なレディであるこの妾を呼んでたんじゃないのじゃ?」
「んっ!?」
「はっ…!?」
言ってることがよく分からなかった。
いや、分かったけど…
分かったけど…
「つまりお前は、レディって言葉が出たから自分が呼べれたと思ったわけか?」
「んじゃ?だからそう言ったのじゃ。お主、何で同じことを言ってくるのじゃ?」
「いや、なんていうか、自分の耳を疑いたかったんだよ。」
「のじゃ?自分の耳…?さっきからお主は何を言っておるのじゃ?何が言いたいのかさっぱりなのじゃ…」
「あははは…」
頭が痛い。
あー、どうしたものか…
俺がそう悩んでいた時、嬉しいことに…
ほんと嬉しいことに、このタイミングでサーナさんがご飯を持ってきてくれた。
「はいよ。おまたせ〜。」
「あっ、ありがとうござ…
「さ、サーナさん、ありが…
「わ~い!!ご飯じゃ、ご飯なのじゃ!!やっとご飯なのじゃ!!今日のご飯はな~んじゃろな~!!」
俺とアイラの言葉は、魔王の声でかき消されてしまった。
「フフッ…」
喜ぶ魔王にサーナさんは微笑む。
ただ、俺とアイラは置いてけぼりだ。
自分たちの言葉がかき消されてしまったのもあるが、それをやった魔王が、さっきまで自分のことをレディだと豪語してたくせに、なのにやる行いがやっぱり子供過ぎて…
そんな中、俺たちの目の前に料理の乗った皿が置かれていく。
「ご飯♪、ご飯♪」
「「」」
魔王の嬉しそうな声と、声が出せない俺たち。
そして、いつの間にご飯を置き終わったのだろうか…
「じゃー、ごゆっくり。」
サーナさんはそう言い残して去って行っってしまった。
「わ~、ご飯なのじゃ~~~っ!!!」
魔王が目を輝かせている。
そんな魔王を俺、そしてきっとアイラも、まだ見つめていた。
「なぁ…」
「ん?」
「レディって何だっけ…?」
「私が知ってると思う?」
「いや、それは知ってるだろ。女なんだし…」
「あっ…!!そうね、そうよね。」
アイラ…
おかしくなってしまったんだろうか…
「大丈夫か?頭…」
「…!!うっさいわね、大丈夫よ!!それに、今はご飯でしょ!!」
「あー、だな。」
アイラからサーナさんが運んできてくれたご飯へと視界を映す。
今日のご飯は、少し風変わりなパンと、野菜がゴッテゴテに入ったトマトスープだった。
「な、なぁお主っ!!」
「ん?」
魔王の大興奮した声が聞こえてきた。
顔を上げてみると、魔王が俺の方を見てきていた。
それも、よだれを垂らしながら…
「こっ、これ!これはなんなのじゃっ?」
パンの乗った方の皿を両手でアピールしたながら尋ねてきた。
「あー、ピデだな。」
「ピデ、なのじゃ…?」
「そうピデ。」
形はピザを楕円、上から見ると数字の"0"のような形にした感じだ。
ピザよりも少しぶ厚さがあって、0の黒い輪っかにあたるパンの耳の部分が、ピザよりもより盛り上がっている。
そして中央の具には、ひき肉やら魚の身を崩したものやらが使われていることが多い。
「ピデ、ピデ…。はっ…!ピデ、ピザに似ているじゃ!!」
「ピザは分かるのね…」
呆れたような声が、アイラから聞こえてきた。
「この前ここでピザが出たんだけど、それは一発で覚えてんだよ…」
「ふ〜ん…」
「お、お主!!」
「あっ、はい。」
魔王が呼んできた。
「こ、これ、賢い妾には分かったのじゃ!!ピデという名前だけでなく、形も似ているのじゃ!!ピザに!!!」
「あー…」
前確か、侯爵家でお世話になってた時にそれについて聞いた気がするなー。
確か…
「ピザの元になったのがピデって聞いた気がするな。」
「元…、なのじゃ?」
「えーっと、改造…?ピデを改造したのがビザだな、たぶん…」
「改、造…!!改造なのじゃ!?かっこいいのじゃ!!ピザ、すごくかっこいいのじゃ!!」
「お、おう…」
よくわからないけどかっこいいらしい。
「なんか子供みたいね。今更だけど…」
魔王を見て、横から小さくそんな声が聞こえてきた。
「だな。」
「ね。」
「ピデ、ピデ、ピデ〜っ!!!」
俺たちが小さくやり取りをしているといつの間にか、魔王がピデを手に取っていた。
そして口を大きく開け、今まさに食べようというところ…
「ちょっと待った!!」
「なんじゃ!!」
魔王が睨んできた。
「待て。ちょっと待って。」
「だからなんなのじゃ!!」
魔王が不機嫌そうに言い放ってくる。
でも、待ってくれ。
だって…
「ピデより先に、野菜スープから食べろ。」
「ぬぅ…、なんでじゃ!!妾、早くピデを食べたいのじゃ。今すぐ食べたいのじゃ!!」
「だってお前、ピデから食べたら野菜スープ飲まないだろ?だから、先にスープから飲め。」
「ぐぬぬ、嫌じゃ!!」
「ダメ。」
「なんでじゃ!!」
「だ〜か〜ら、どうせ言い訳して、後で飲みたくないとか言うだろ?だから先に飲め。」
「ぐぬぬ…」
忌々しそうに魔王が睨んてくる。
でも知るか!!
「うちの家ではそんな好き嫌いは許しません!だから食え!」
「妾、別にお前の子じゃないのじゃ!だから、そんなの知らんのじゃ!!」
「じゃー、晩ごはんは抜きな?」
「ぬわっ!?」
魔王が目を見開かせてきた。
「だって、うちの子じゃないんだろ?なら、晩ごはんはあげません!!」
「ぐぬぬ…、ひどいのじゃ。そんなにひどいのじゃ!!」
「なら食えよ。」
「ぐぬーっ!!!」
言葉になってない声で、魔王が威嚇してきた。
でも、子供が不機嫌そうに吠えてきたようにしか見えない。
「いーから。食べないと立派なレディになれないぞ?」
「はっ。別にいいのじゃ。妾、もう立派なレディなのじゃ。だから…
「より立派なレディになれないぞ?」
「はっ…」
魔王が大きく目を見開かせていた。
おっ?
「野菜食べると、より大きくきれいなレディになれるぞ?だから、好き嫌いせず食え。」
お前がこれ以上大きくなれるかは知らんけど…
「ほんと、なのじゃ…?」
「ほんとほんと。」
知らんけど…
「ぐぬぬ…。はぁ…。分かったのじゃ。食うのじゃ…」
魔王はピデを元あった皿へと返し、渋々スプーンを握った。
食べる気になったらしい。
もう次から、わがまま言ってきたらこう言うか。
なんか、すんなり聞いてくれそうだし…
「あれね。ほんと…」
隣のアイラから声が聞こえてきた。
続きの言葉はなかったが、何を言いたいのかは簡単に分かった。
「だな。」
子供ね、ってことだろう…
「わがままな子供とそのお母さんって感じね。」
「あっ、そっち?」
「どっちかは分かんないけどそっちね。フフッ…」
アイラは微笑む。
そしてさっきのは俺の勘違いだったらしい。
なんか恥ずかしい…
ただまぁ、俺の恥ずかしさにアイラは気づいてないみたいだ。
だからなんとなく、俺とアイラは眉をひそめながらスープを睨んでいる魔王を一緒になって眺めた。
魔王は嫌そうにスプーンをスープに向かわせる。
スプーンで中の具材を確認するよう、スープをかき混ぜる。
そして中から、ゴロッと大きめの緑色の野菜…
ピーマンを掬(すく)った。
あー、これ、ピーマンも入って…
俺がそう思ったとき、隣から…
「げっ…!?」
そんな声が聞こえてきた。
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