岩場へ行ってきた
「はぁ…」
「どうかしたのじゃ…?」
「いや…」
街へと帰ってきた俺と魔王。
ただ、小さなため息が出てしまう出来事が森の中であった。
森の中…
もう少し言うと、岩山の麓(ふもと)。
俺たちは少しの間だけそこにいた。
岩山の麓自体はなかなか良かった。
麓は、ほぼ直角の壁のように岩山がそびえたっていて…
そこから森へと広がる地面は水平、しかも木もほとんどなく…
十…
いや、二十メートル弱くらい歩けば、また森へと戻ると言った感じ。
川も割かし近い。
今思い出してみても、なかなかに良い場所だったと思う。
ただ一つ問題があった。
それは、斧(おの)がなかったことだ。
当然、木は切れず…
しょうがないから、街へと戻ってきた感じだ。
ほんと、やっちまったよな…
それくらいはちゃんと考えておくべきだったのかもしれない。
いや今思えば、俺が持っている、『勇者の剣』で木を切るのもアリだったか…
アリ、だったな…
あー、その手があったか…
でもまぁもう今更だし、今日はもうゆっくり休んで明日からまた頑張ろうと思う。
ということで、今は時間としては4時くらい。
まだ、夕食までには時間がある。
さて、何しようか…
俺は立ち止まって考える。
すると、魔王から不思議そうな声が…
「どうしたのじゃ?」
「いやな、夕飯までの間、何しようかなーって…」
「んじゃ?」
魔王から不思議そうな声と顔が向けられた。
「あれじゃないのじゃ?えっと…、斧?を買いに行くんじゃないのじゃ?」
「あっ…」
「お、お主、まさか忘れておったのじゃ?今日は斧がないからって言って帰ってきてたのにじゃ…」
魔王は驚き、すぐに冷たい視線を向けてくる。
「い、いや、覚えてたぞ?でも、明日街を出る前でいっかなって思ってただけで…」
「本当なのじゃ…?」
「ほんとほんと…」
「そうなのじゃ…」
どうやら信じてくれたみたいだ。
チョロい。
ということで…
「じゃ―行くか。」
「どこにじゃ?」
また魔王が不思議そうな顔を向けてきた。
どこって…
そんなの…
「えっ、斧を買いにだけど…」
「はっ!?お、お主、やっぱり忘れとったのじゃなーーーっ!!」
ということで、斧を買ってきた。
時間は進み、夕方…
俺たちは宿屋へと戻り、夕飯を待っていた。
「なーのじゃ、なのじゃ、今日の夕飯、何なのじゃ~。」
きっと足をプラプラとでもさせながら、楽し気に魔王が歌っていた。
「何だろうな。」
「妾、できればピザがいいのじゃ!!」
ちゃんと名前覚えられてるくらいだし、この前食べてピザが相当気に入ったらしい。
「ん-、この前出たばかりだから、さすがにないんじゃないかな…」
「ぬわっ!?そ、それは本当なのじゃ?!」
「うん-、ここはけっこう、色んな料理出してくれるとこだから、そんなすぐに同じのはってなかったような気がするな…」
「ぬはっ!?」
ダメージでも食らったように、魔王が悲し気な顔になった。
でもすぐに…
「むむむ。でもいいのじゃ。人間の料理はどれもおいしいのじゃ。だから、色んなものを食べるのじゃ!!」
「お~、偉いな。」
「えらい?妾は偉いのじゃ?」
「まーな。」
「むふっ、確かに妾は偉いのじゃ。可愛くて偉い、すごいレディなのじゃ!!」
褒められてよっぽど嬉しかったのか、魔王の鼻と座高が少し伸びた。
ただすぐに…
「でも、急になんでなのじゃ?お主に褒められると、なんというか、不気味なのじゃ…」
なにこいつ…
まぁいいや。
「いやな、子供って好き嫌いするだろ…?でもお前は、好き嫌いせずに色んなものを食べようとしてるみたいだから…
だから偉いなーって…」
「ぬふふ、そうじゃ、妾は…
なぁお主、今なんと言ったのじゃ…?なんというじゃ、少し気になる部分があったのじゃ…」
顔がニマニマしたかと思ったら、怪しむような顔を向けてきた。
「ん?子供なのに、好き嫌いせずに偉いなーって…」
「誰が子供じゃーーっ!!!」
「えっ…!?」
「えっ…、じゃないのじゃ!!誰が子供なのじゃ?!」
そんなの…
俺は目の前の子供を指さした。
「ぬぁなな、妾は子供なんかじゃないのじゃーー!!れっきとした、すさまじいレディなのじゃーー!!」
「まぁ、子供ほどそう言うよな…」
「ぬぬぬ、うっさいのじゃ、マジで…
このタイミングで…
「はい、お待たせ。で、どうかしたの?」
サーナさんから声がかかった。
ようやくご飯を持ってきてくれたみたいだ。
それを見た魔王は…
「わー、ご飯なのじゃ!!見たことない、ご飯なのじゃーーっ!!!」
うん、やっぱり…
「子供だよな…」
「ん?何か言ったのじゃ?」
「いや…」
俺は視界を、魔王からサーナさんへと移す。
そしてさっき投げかけられた質問に…
「いや、何でもないでよすよ。」
「そう…。じゃー、ごゆっくり…」
サーナさんは去って行った。
そしてすぐ魔王から…
「これ、これは何というご飯なのじゃ!?」
俺はサーナさんが運んできた皿を見る。
皿は二つ…
一つは、サラダが入っている皿。
もう一つは、細く黄色い麺と、その上に赤いたれが乗っていた。
そう…
「ミートスパゲッティ、だな。」
「み、ミート…?なんじゃ?」
こんな長い名前、魔王には難しかったのかもしれない。
「スパゲッティでいいぞ。」
「スパ…。なんじゃ?」
・・・
「す・ぱ・げ・て・い、だな。」
「お主、妾のことをバカにしておるのじゃ?」
・・・
「よし、食べるか。」
俺はフォークを持った。
「ちょ、待つのじゃ。ちょっと待つのじゃ!!」
「ちっ、何だよ…」
「ちって…。いや、今はいいのじゃ。それよりもじゃ、なんで妾の言葉を無視するのじゃ?」
なんでって…
「めんどくさいから…?」
「めんど…、ひどい。お主は、ひどいのじゃ…」
魔王が嘆いてくる。
でもさ…
「早く食べないと冷えるぞ?ご飯…」
「はっ!!そうじゃ、そうなのじゃ!!よしじゃー、食べるのじゃ!!」
魔王はフォークを持った。
やっぱり…
そして、スパゲッティ目掛けてフォークを進める。
でもその前に…
「待て。ちょっと待て…」
「なんじゃ?」
魔王が鬱陶しそうな顔を向けてきた。
でも、きっと先に言っておかないといけないことがある。
「先に野菜から食べろ。」
「ぬわっ!?な、なんでじゃ!?」
魔王が驚いた顔を向けてきた。
こいつとの日はまだ浅い。
でも、こいつのことはなんとなく分かってきた気がしている。
「どうせ、野菜まずい。食べたくない。残す。とか言ってくるだろ?」
「そ、そそそそ、そんなのいうわけないのじゃ!!」
めっちゃ動揺してる。
「ほんとか…?」
「ほんと、ほんとなのじゃ…」
魔王が何度も頷いてくる。
ふーん…
「じゃー、好きにどうぞ。」
「ほんとなのじゃ!?じゃー…
「ただし…」
「な、なんなのじゃ…」
魔王が恐る恐るこっちを見てくる。
「もし野菜残したら、明日の夕飯、抜きな?」
「ぬわっ!?」
魔王が大きく目を見開かせた。
そしてすぐ…
「ひどいのじゃ!!そんなのひどいのじゃ!!!」
「いや、ちゃんと食べればいいだけだろ…」
「ぬぅぅ…」
何も言い返せないみたいだ。
ただ…
「ぬぅぅぅ…」
何か唸(うな)りながら、睨みつけてくる。
でもすぐ諦めたようで…
「分かったのじゃ。食べる。食べればいいのじゃろ!!」
なんでこんな偉そうに言われないといけないのだろう…
魔王はフォークを野菜たちに刺す。
そして、持ち上げ口の中へ運ぶ。
口の中へ入れ、もぐもぐと…
するとやっぱり…
「うぇ、苦い、苦いのじゃ…」
しゃべった拍子に、口の中が見えた。
「きたなっ!?黙って食えって…」
「ひふぁいないはふぁんざ、ひふぁないふぉは…」
魔王がなんか喋ってくる。
でもやっぱり…
「いや、汚いって…。お前の大好きなレディはそんなことしないって…」
「ふっ!!!」
レディという言葉が効いたみたいだ。
魔王は口を閉じ、またもぐもぐとし始めた。
よし、じゃー俺も…
ただやっぱり…
「うぇ、やっぱり苦いのじゃ…」
もう、こいつからレディって言う権利をはく奪すべきかもしれない。
「ほら、野菜食べないと立派なレディになれないぞ?」
「ぬ!?」
魔王がもぐもぐを再開させる。
そして、ゴクッと口の中にあったものを飲み込んだ。
「そ、それは本当なのじゃ!?野菜食べれば、妾は”より”立派なレディになれるのじゃ?!」
より…?
「た、たぶん…」
「ぬん。分かったのじゃ、食べるのじゃ!!」
ということで、魔王は苦い顔をしながら野菜を食べ始めた。
もぐもぐと…
「ぬぅ、苦い。やっぱり苦いのじゃ。でも、これもレディの…」
急に黙った。
レディ、の…?
なんだろ…
何言おうとしたんだろう…
「ぬわぁーーっ!!!」
叫びながらも、魔王は野菜を貪っていく。
ただ一つ思ったことがある。
それは…
魔王って、ここから成長するのだろか…?
前に魔王城で戦った時は、魔王自身から変身の魔法を使ってたって言ってた気がする。
そして少なくとも、俺がこの世界に生まれてから魔王が死んだという話は一度も聞いたことがない。
だから、俺が倒したときは少なくとも17歳以上のはずで…
なら、そのときの魔王の本当の姿はどんな姿だったんだろう…
このままなのか、それとも成長した姿だったのか…
「なぁ…」
「なんじゃ!!」
野菜と必死な格闘をしていたからか、魔王から不機嫌な声がぶつけられた。
でも気にしない。
「魔王城で戦った時もさ、変身してないお前の姿って、もしかしてそのまま、なのか…?」
「そうなのじゃ。それがどうかしたじゃ?」
「いや…」
「ぬ…。急に変なことを聞いて来て、相変わらず変なやつなのじゃ…」
魔王から少し心外な言葉を向けられる。
でも、今はそれどころではない。
つまりは…
きっとこの小さな魔王は、この小さな姿のまま成長しないということで…
それは、こいつがいつも言ってる立派なレディには、おそらく一生なることはできないということなんだろう。
それは、可哀相な気が…しないな。
全然しないわ。
それよりも…
レディになれるからって野菜を食べえさせたけど、いつか食べても立派なレディになれないことに気づいて、寝首でも掻(か)かれないかの方が心配だ。
いや、掻(か)かさないけど…
「ぬわーっ。食べ終わったのじゃ、ようやく食べ終わったのじゃ!!」
少し考え事をしている間で、いつの間にか魔王は野菜を食べきったらしい。
「おー…」
魔王の野菜の皿は空になっていて、ほんとに食べきっていた。
「どうじゃ?すごいのじゃ?妾を褒めてもいいのじゃぞ!!」
期待した目で、魔王が見てくる。
「ワ―。スゴーイ。」
「ぬふふ、そうなのじゃ、妾はすごいのじゃ!!」
俺の棒読みの言葉に気づかず、魔王は嬉しそうに鼻を伸ばす。
そしてすぐ満足してたのか、スパゲッティにフォークを伸ばしだす。
俺も魔王に続いて、スパゲッティへフォークを伸ばした。
まずは、麺をクルクルと…
ズズーっ!!
すぐに、麺をすする音が聞こえてきた。
顔を上げてみると…
スパゲッティで、魔王が口元の辺りを真っ赤に汚していた。
うわ…
「ぶ?はびかびはもざ?」
こっちに気づいたみたいで何か言ってくる。
「いや、何…、でもない…」
「ほぶはもま、ざーはヴぇぶもざ。」
もういい。
誰でもいい。
だからこいつに、誰か礼儀作法を叩きこんでくれ!!!
こうして、スパゲッティを食べる時間が過ぎて行った。
夕飯を食べ終え、そのまま食堂でゆったりしている俺と魔王。
そしてそんなとき…
「ありがと。今日もおいしかったわ。」
聞いたことのある声が聞こえてきた。
俺は声がしてきた方を向く。
すると…
「あっ…」
「あっ…?あっ…」
そこには見知った顔があった。
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