暇つぶし

 俺と魔王…

 そして食堂でばったりと会った女性、アイラ。

 今この三人で、俺が借りている部屋へと戻ってきていた。


 俺はベッドに腰掛け、アイラは椅子へと座り、魔王は折りたたんでいる布団の上に座って足をばたつかせ、三人で歪な三角形を作っていた。

 

 そして魔王とアイラは初対面。

 だから今は、気まずい空気が流れている…なんてことはなく…

 何故か、少しうんざりしたようにアイラから…


 「はぁ…、あんたたちだったのね。うるさかったの…」

 「んじゃ?」

 「ん?うるさい…?」


 何のことだろうか…?


 「あんたたち、夜たまに騒いでたでしょ?私の部屋、ここの隣なのよ。だから、騒ぐ声が隣まで聞こえて来ててすごくうるさかったのよ。」

 「あー…」


 ちょっと心当たりがある。

 確か、夕飯にピザが出た日だろうか…

 

 魔王がピザを手や口元にべっちゃべちゃにつけて…

 なのに、自分のことをレデイとか意味不明なことをぬかしてた日。

 いや、いつも意味不明なことはぬかしてるんだけど…


 「それはすまん…」

 「ほんとよ。特に子供の声。あの時、確か寝る前だったのよ?なのに、横から叫び声が聞こえて来て…。おかげであの日、すごく寝つき悪かったんだから!!」

 「はは…。だってさ。」


 俺は魔王へと、そう言葉と顔を向けた。


 「んじゃ?お主、何でこっちを見るのじゃ?」

 「へ?だって…

 「というかじゃ、ここには子供なんておらんのじゃ。」

 「んっ!?」


 アイラからびっくりした声が飛び出る。

 でも魔王は気にせずに…


 「なのに、子供の声とは…。女子(おなご)、お主変なことを…

 「いや、お前のことだから。」

 「ん?何がじゃ?」

 「子供。」

 「んじゃ?」


 不思議そうに、魔王はコテッと首を倒した。

 でも、すぐに顔をしかめてから…


 「ぬわぁーーーっ、また子供って言ったのじゃ!!またじゃ、またなのじゃ!!もういい加減にするのじゃ!!何度言えばわかるのじゃ!!」

 「何度って…。いやでも子供だろ…」

 「どこがじゃ。いったい、妾のどこが子供だというのじゃ!!!」


 どこって…


 「子供って言われて子供じゃないって怒るとことか…?」

 「はっ、そんなの当たり前なのじゃ。子供扱いされて嬉しいレディなんてどこにもおらんのじゃ。」


 またレディか…

 レディ、ねぇ…


 「あとは…、よく分かってない言葉を使うとことか?」

 「んじゃ?お主は何を言っているのだ?いつ妾がそんなことしたのじゃ。言うのじゃ、言えるもんなら言ってみるのじゃ!!」


 煽ってくるように言ってくる。


 いつって…


 「今さっきだけど…」

 「のじゃ?」


 魔王は小さく首を傾げた。

 これだけでは伝わらなかったらしい。


 「お前が良く使う、レディって言葉だよ。」

 「はっ…!?はっ!?お主は何を言っておるのじゃ。妾がレディを知らずに使っておると?バカも…、バカも…」

 「ん?バカも…?えっと、休み休み言え、か…?」

 「そうそれじゃ!!バカも休み…、えっと…」

 

 一度で覚えられなかったらしい。


 「いや、そんな難しい言葉使おうとするなよ…。難しくはないけど…」 

 「はんっ。レディの…、レディの…。」

 

 また出てこないらしい。

 

 「ちゃんと覚えてから言葉は使いましょう。意味も言い回しも。」

 「ぬぁっ!?ちゃんと覚えておるのじゃ。ただ今は、たまたま、ほんとたまたま出て来なかっただけなのじゃ!!!」

 「アー、ソウナンダー…」

 「そう、そうなのじゃ!!ぬぅーー。」

 

 俺が納得したと勘違いして、溜飲が下がったらしい。

 そして、少しの間置いてけぼりだったアイラから不思議そうに…


 「ねぇ、フェデ?この小っちゃい子、どうしたの?」

 「のじゃ!?妾は小っちゃくなんかないのじゃ!!大きいのじゃ、すごく…

 「あっ、そうなのね。それで…」


 アイラはあまり相手をする気がないらしい。

 だから、それが気に食わなかったのか…


 「女子(おなご)、無視するなじゃーっ!この妾を無視するなじゃーーっ!!!」

 「えっ…」

 「妾は小っちゃくなんかないのじゃ!!大きいのじゃ。すごく大きいのじゃ!!」

 「えっ、あ、そうなのね…」

 「そうなのじゃ。だから今後、絶対に、妾に小っちゃいなんて言うなじゃ!!!」

 「あ、うん。」


 返事をした後、アイラが困ったようにこっちを見てくる。

 ほんと、なにこいつって感じで…


 なんでか、申し訳ない気持ちになってしまう。

 俺、関係ないけど…


 で、どうしたのか、か…

 なんて答えよう…

 まぁ、ストレートにでいいか。


 「拾ったんだよ。」

 「えっ?拾った?」

 「そう拾った。で、そのまま飼ってるんだよ。」

 「えっ?えっ!?」

 「おいお主、なんじゃ拾ったとは。なんじゃ飼ってるとは!!失礼にもほどがあるのじゃ!!!」


 アイラが困惑し始め、魔王が怒声を飛ばしてくる。

 

 「でも、間違ってはないだろ?」

 「いや、違うのじゃ!間違っておるのじゃ!!」

 「はー…、どこがだ?」

 「全部じゃ、全部。」

 「全部?」

 「そう、全部じゃ!!」


 魔王は自信満々にそう言い放ってくる。


 「全部ってどこ…

 「お主が妾を飼っておるのじゃないのじゃ。逆。妾がお主の面倒を見てあげておるのじゃ!!」

 「はっ…!?」

 「ぬふふ、だからお主は、もっと妾に感謝するべきなのじゃ。」

 「はぁっ!!?」

 

 どうなったら、そういう思考になるんだ?

 

 「俺が、ご飯も寝る場所も提供してるのにか?」

 「そんなの、配下がする当然の義務なのじゃ。当り前のことなのじゃ。」

 「当り前って…」

 「そう当たり前のことなのじゃ。なんたって妾は、魔王なのじゃから。」


 魔王が偉そうに、全く無い胸を張る。

 そしてすぐ、魔王の『魔王』という言葉にアイラが驚きを見せた。

 

 「魔王…、魔王っ!?」

 「そう。妾は魔王なのじゃ!!」

 「えっ…、えっ!?」


 確かめるために、アイラがこっちを見てきた。

 それに、俺は頷きで返した。


 「な、え…、えっ!?なんでっ?!!」

 「拾ったから…」

 「拾ったって…」

 「お主。だから…

 「あんたは少し黙ってて!!!」

 「は、はいなのじゃっっっ。」


 アイラの一喝(いっかつ)で、魔王はすぐに静まった。

 

 「ねぇフェデ、少し確認させて。あれ、本当に魔王なの?」

 「そう、魔王。」

 「でも、あんなちんちくりんじゃ…

 「誰が…

 「あ゛ぁ!?」

 「す、すまんのじゃ…」


 魔王はすぐに押し黙った。

 アイラが相当怖かったみたいだ。

 

 「魔王を倒した後、帰りに紅い宝石を拾ったんだよ。」

 「うん…」

 「で、それが実は魔王の核だったらしんだよ。時間が経てば、そこから復活するみたいな…」

 「えっ…」

 「それで魔王が復活して、今は一緒にいるって感じだな。」

 「えっ…?えっ!?」


 さっきから、アイラは驚いてばかりだ。

 いや、しょうがないとは思うけど。


 「じゃー、本当に、魔王…」


 アイラの呟きに、俺は頷きで返した。


 「でも待って、もしそうならすごく危なくないの?だって…

 「いやそれがな、復活するときにかなり弱体化したらしいんだよ。」

 「弱体化…」

 「そう。今はゴブリンくらい弱い魔物しか使役できないスキルしか持ってないらしんだよ。」

 「ゴブリンくらい…。確かに、それなら…」


 下を向きながら、アイラがぶつぶつと呟いている。

 だけど、すぐにバッと振り向いてきた。


 「でも待ってよ。あれ、それでも一応は魔王なのよね?もしそうなら、これからすごい勢いで成長して、また人類の敵になる可能性だってあるじゃない。」

 「あー…」


 確かに…


 「というかよ、それでもなんで一緒にいるのよ。殺せばいいし。殺さないにしても、一緒にいる理由が良く分からないわ。」

 「それは…、監視というか…」

 「監視、監視ねぇ。そんなめんどくさいことせず殺せば早くない?」


 正論だった。

 正にド正論だった。


 「それはなんというか、俺、これでも勇者だし、あんな小さい見た目の子を殺すのは、なんというか、嫌と言うか…」

 「嘘ね。」

 「へっ…」

 「確かにアンタは、小さい子を殺すのに忌避感(きひかん)を覚えないタイプかと言われるとノーだけど、アンタ、やる時は躊躇(ためら)いなくやるタイプだし、だからきっと嘘ね。ほんとは何?」

 

 アイラがじーっと見つめてきて、もう誤魔化(ごまか)せそうになかった。

 

 「はぁ…。あれだよ、暇つぶしだよ。」

 「暇つぶし?」

 

 「そう。今までかなり忙しかったから、休みとういうか、何もしない自由な時間が欲しかったんだよ。でも今まで忙しかったのに、急にそんな時間を手に入れてもやることないだろ?」

 「そうね。」

 「そ。で、そんなとき、目の前で魔王が復活して、その時は殺そうと思ったんだけど、話を聞いてみると殺す必要はなさそうで、そして使えそうなスキルがあった。だから、そのスキルを使って色々やってみたいと思ったんだよ。」

 「なるほどね。ふむふむ…」


 どうやら理解したようで、アイラは一人頷いて何かを考えているようだった。

 そして、今の会話にはアイラ以外にももう一人いて…


 「お、お主、そうだったのじゃ!?」

 

 魔王がびっくりした声と表情を向けてくる。

 きっと驚いた内容は、俺がアイラに説明した内容だろう。

 

 確かこいつにも、勇者として小さい子は殺したくないとか言ってたんだっけ…


 「そう…

 「お主、本当に勇者なのじゃ?どっかの小悪党の間違いなんじゃないのじゃ?」


 なんだこいつ…

 というか…


 「いや、お前だけには言われたくないわ。」

 「んじゃ?どういう意味じゃ?」

 「そういうことだよ。」

 「のじゃ?」


 やっぱり、魔王という名の子供には伝わらなかったらしい。


 「ねぇ!!」

 

 アイラが呼んできた。


 「なんだ?」

 「私も、手伝ってあげるわ。監視。」

 「はっ!?なんで?」

 「だって、暇…じゃなかった。私も勇者パーティの一員だったものとして、魔王の監視をする必要があると思うの。だから手伝ってあげる。」


 こいつ今…


 「アイラ。もしかして、暇…なのか?」

 「はっ…!?はっ!?」


 アイラは驚き、目を忙しく回し始めた。


 「いや別にそう言うわけではないのよ?ただ、いい、今は時間が空いてるというか、なんというか。でも、別に暇とかそう言うわけではないんだからねっ!!!」


 それはもう、すごい早口だった。

 

 「はー…」

 「だ、だからよろしくね!!」


 こうして、何故か俺たちに新しいメンバーが加わった。

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