ガキ大将

 俺たちが今過ごしている街…

 フワロスを東に出ると、魔物の群生地である魔物の森がある。

 今俺たちはそんな森の中を北へと進み、高くそびえたっている岩山へと向かっていた。

 

 理由は単純。

 四方八方を森に囲まれたところで作業するには魔物の存在が鬱陶しい。

 なら、視野が限られている岩山の麓(ふもと)の方がまだマシそうかなってことだ。

 自分で言うのもあれだけど、なかなかに良い案な気がする。

 さっき、パッと思いついただけだけど…

 

 ということで、魔王を先頭に、俺たちは岩山のある北へと向かっている。

 そして先頭にいる魔王はすごく楽し気だ。

 何故かと言うと…


 「な~のじゃなのじゃ、な~ののじゃ!」


 こんな変な歌を歌っているから。

 こんな変な歌をずっとリピートして歌っているから。


 なんなんだろう、この歌。

 何か意味でも込められているのだろうか…

 いや、ないな。

 きっと意味なんてないな、うん。


 それと、もう少しだけ今の状況を説明しようと思う。


 今、先頭は魔王。

 そしてその後ろには、一号を除いた9匹のゴブリン…

 さらにその後ろには、俺と一号といった感じで並んでいる。

 

 あれだろうか。

 気分としては、子分を引き連れたガキ大将的なやつだろうか…

 そのうち、『オレは〇ャイアン、ガキ大将~」とか歌いだすのだろうか…

 

 もし歌いだしたら、絶対に泣かしてやる。

 絶対にだ。

 あんなのに子分って思われるとか、マジで嫌だ。


 そして…


 「わっらわはボス、こっやつらのボス~。」


 よし泣かそう。

 今すぐ泣かそう。


 俺は歩みを速め、ゴブリンたちを追い抜いていく。

 そして、魔王へともう少しでという所で…

 

 「~、ぬわっ!!」

 「ぬわっ…?」


 魔王の驚きの声に、俺は立ち止まる。

 そして魔王を見てみると、片足が水たまり…

 いや、沼か。

 そこへ片足を突っ込んでいた。


 「なんかぬるいのじゃ。気持ち悪いのじゃーっ。」


 叫んで…

 そして頑張って、魔王は浸かった足を引っこ抜こうとする。

 

 でも引っこ抜けず…

 ただ、泥が跳ねて魔王の服が汚れていく。

 

 そしてより力強く踏ん張るため、魔王は反対側の足を前へと出した。

 つまり…


 「ぬわぁーーっ、もう片方も入ったのじゃ!!気持ち悪いのじゃーっ!!」


 こいつは、あほなのだろうか…

 いや、あほだったな。


 俺はとりあえず数歩後退した。

 いや、足りないな…

 ということでさらに後退して、合計で10メートル弱くらいの距離を取った。


 そしたらすぐ、魔王が振り向いてきた。


 「なぁ!、おぬ…

 なぁお主…」


 緊迫した表情が、冷静な表情へと変わった。


 「なんだ?」

 「なんか、遠くないのじゃ…?」


 ちっ、気づいたか…

 

 「いや気のせいだろ…」

 「ほんとなのじゃ?」

 「そうそう。」

 「そうなのじゃ…」


 どうやら納得してくれたみたいだ。

 ふー、良かった良かった。


 「ところでじゃ、お主…」


 不思議そうな顔を、魔王が向けてきた。

 

 「なんだ?」

 「どうして、一向に妾を助けに来ようとせんのじゃ?」


 ジトっとした目つきを、魔王が向けてきた。


 どうして…?

 そんなの…


 「汚いからだろ。」


 当たり前だよな。

 

 「そうか。なるほどなのじゃ…、じゃないのじゃ!!!どうして助けに来ないのじゃ!!早く来るのじゃ!!助けるのじゃ!!!」

 「えっ、嫌だ。」

 「なんでじゃ!?」


 「だって…」

 「だって?」


 不思議そうな顔を、また魔王が向けてきた。

 

 「汚いから…」

 「汚いから、じゃないなのじゃ!!いいのじゃ、同じことを二度も言わんでいいのじゃ!!いいから助けるのじゃ!!」

 

 魔王が声を荒げてくる。

 でも…


 「嫌だよ。ばっちぃ。」

 「ばっちぃとかレディに向けて言うなじゃ!!」


 またレディ、か…

 

 「いや、そんなばっちくて汚いレディとかいないから…。レディって言うのはな?もっとこう…、きれいで美してくて…。そしてエロくて…。お前みたいなお子ちゃまとは正反対の存在のことを言うんだよ。だから、頑張れ。」


 「何が、頑張れ、じゃ。誰がお子ちゃまじゃ!!妾はれっきとした…

 というか今は、レディとかそんなのどうでもいいのじゃ!!そんなことよりもじゃ、早くここから妾を助けるのじゃ!!」


 「いや、お前からレディとか言い出し…

 「それはもういいのじゃ、ほんといいのじゃ!!そんなことよりも早く助けるのじゃ!!」

 

 我がままだなぁ…

 しかも自分から言いだしてたくせに…

 まぁでも…

 

 「嫌だ。」

 「ぬぁーんでじゃ!!!」

 「いや、汚いし。それに、いるだろ?ぴったりの奴らが…」


 俺は斜め前にいたゴブリンたちを見る。

 そしたらつられてか、魔王もゴブリンたちの方へ顔を向けた。

 そしてゴブリンたちは、何故か顔をギョッとさせた。


 「はっ!!そうじゃ、今の妾にはかわいい配下たちがいるのじゃ!!」


 かわいい…?

 あー、子分的な可愛さか…


 「一号…、いや、誰でもいいのじゃ!!早くここから、妾を助けるのじゃ!!」


 魔王がゴブリンたちに向けて、助けを懇願する。

 そしたら、ゴブリンたちは互いの顔を見合い始めた。

 

 一斉に、一匹のゴブリンに視線が向く。

 するとそのゴブリンは、必死に顔を横へ振る。

 そしたら、次は別のゴブリンに注目が…

 だけどまた、視線が集まったゴブリンは顔を必死に横へ振った。

 だからまた別のゴブリンに…


 そんなやりとりが何度か続いた。

 つまりは、魔王を助けるためにみんな泥の中に入りたくないらしい。


 「お前…。いやなんでもない…」


 言葉に出すのは、さすがに可哀相な気がした。

 テイムしたはずの、ゴブリンからも人望がないって…

 

 「何じゃーーっ!!お主今、何を言おうとしたのじゃーーっ!!」


 魔王との距離はそこそこあるのに聞こえてたらしい。


 「言って、いいのか…?」

 「いいのじゃ!!というかじゃ、そんな半端なところで止められると、逆にすごく気になるのじゃーーつ!!」


 なるほど…

 なら、いいか。


 「いやな…、テイムしたゴブリンからも人望ないとか、可哀相だなーって…」

 「はっ!?」


 魔王の顔が、鳩の顔のように目が丸くなった。

 そして…


 「うっさいのじゃ!!まじでうっさいのじゃーーっ!!そんなこと、ないのじゃ。絶対、ないのじゃーーっ!!!」

 「でもさ…」


 俺は魔王からゴブリンへと視線を移し替える。

 すると、まだゴブリンたちは、誰が魔王を助けるかの擦(なす)り付け合いをしていた。

 

 「ぬわぁーーっ、お前たち!!誰でもいいのじゃ!!だから早く、妾を助けるのじゃーっ!!」

 

 ただ、ゴブリンたちは一斉に顔を背けた。


 「ぬわっ!?ぬぬぬ、もういいのじゃ!!そこのっ!!」


 魔王が、ゴブリン目掛けて指を指す。

 指を指されたゴブリンが助けに来い、だろう…


 ただ、その指を指されたゴブリンは、すぐに隣にいたゴブリンの顔を見た。

 俺…、ではなく、お前が指を指されているよな?だろうか…?

 

 隣にいたゴブリンは急なことで驚いたのか、目を見開かせあたふたした後、また別の隣にいたゴブリンへと顔を向けた。

 お前…、だよな…?俺じゃなくて…、だろうな…

 その別の顔を向けられたゴブリンも、驚いてあたふたしてからまた隣を…


 そしてまた、そのゴブリンもあたふたしてから隣を…

 さらにその隣のゴブリンも…

 

 そんなことが、最後のゴブリンまで続いて行った。

 そして最後になったゴブリンは、当然あたふたしてから…

 誰もいない方へ、俺関係ないし、と言った感じで顔を背けた。


 「ぬぬぬ…、お主ら…、ほんとお主らと言うやつらは…」


 沼にはまったままの魔王が、プルプルと震えだす。

 そして…


 「もういいのじゃ!!さっさと、全員で来るのじゃーーっ!!!」

 「「「「「「「「「「ぐぎゃっ!?」」」」」」」」」」


 ゴブリンたちから驚きの声が飛び出してくる。

 そして…

 

 「ぐぎゃ!!」

 「ぐぎゃぎゃ。」

 「ぐぐぎゃ。」


 押し合い、引っ張り合いが始まった。

 

 これは長くなりそうだ。

 そして、それを魔王も感じたのか…


 「もう…、もういいのじゃ。もう誰でもいいのじゃ。だから早く、妾を助けて欲しいののじゃーーーっ!!!」

 

 そんな、儚い願いを叫んでいた。



 岩山へと向かっている道中、こんな一幕があった。

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魔王を倒したはずの勇者の、ほのぼの生活 @yuu001214

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