聞いてみるべきかもしれない
俺と魔王は、今ご飯を食べ終えたところだった。
「♪♪♪」
魔王が、楽しそうな声を漏らしている。
それも、手や顔をぐちゃぐちゃに汚して…
そして俺は、そんな魔王をうんざりした気持ちで見ていた。
遡ること、30分前…
俺たちは森から街…
宿屋へと戻ってきていた。
サーナさんへと挨拶をした後、食堂のテーブルにつく。
すると、正面に座った魔王から…
「ご飯♪ご飯♪」
楽しそうな声が聞こえてくる。
その声は、まさに子供のものだった。
「楽しそうだな?」
「当たり前なのじゃ!!昨日も今朝もじゃったが、人のご飯はすごく美味しいのじゃ!!めっちゃめちゃおいしいのじゃ!!」
「お、おう。そうか…」
「そうなのじゃ!!不思議なのじゃ!!本当に不思議なのじゃ!!どうしてあんなおいしいのじゃ?!!」
どうしてか…
「料理したことないからちゃんとしたことは分からないけど、たぶん…、美味しくなるように工夫しているからかな…」
「工夫…?そんなものしているのじゃ?」
「あーそうだな、例えば…
昨日のガーリックがあったろ?あんな感じで、植物から美味しく食べれるものを探したりして、それを単純に使ったり、もしくは混ぜたりして、美味しくなるようにしているんだと思うぞ?」
「はー、なるほどなのじゃ。妾はたちとは全然違うのじゃ。」
妾はたち…
今はもういない、魔族のことだろう。
「だろうな。昨日の話じゃ、血も抜いていなかったって話だし…」
「血を、抜く…?」
「あぁ。動物とかを食べる前に、血を抜いたりするらしいんだよ。そうしないと血の風味がとかが臭くて、おいしくならないとかで…」
「あー、そういうことだったのじゃ。妾たちのご飯が美味しくなかったのは…」
「たぶんな…」
そしてそうこう話をしていると、サーナさんがご飯を運んできてくれた。
「はい、お待たせ。」
「あ、はい。」
「わーい、ご飯なのじゃ!!」
魔王は両手を上げ万歳のようなポーズをした後、子供の様な笑顔をこぼす。
その姿に、サーナさんからも笑顔をこぼれた。
「フフ、じゃー、ごゆっくり…」
「ありがとうございます。」
サーナさんがそう言い残して立ち去っていく。
その後ろ姿を少しだけ見送った後、俺は運ばれた料理に視線を移す。
そして渡された時には気づいていたが、今日のご飯はなんとピザだった。
俺と魔王のそれぞれの皿に、半切れ…
三枚ずつ乗せられている。
そしてピザは…
生地には良く焼けた色の、こんがり色のチーズがたっぷりとかけられていて…
その上には一口大に切られたチキンが、さらにその上からトマトソースがジグザグ模様でかけられている。
ピザの定番が何かと言われたら難しいが、これもオーソドックスなものの一種だろう。
「晩御飯、ピザは嬉しいな!!」
「ピザ…?それがこれの名前なのじゃ?
それにお主の反応的に、これ、そんなおいしいのじゃ?そんな風には全然見えないのじゃけど…」
見た目なのか、魔王はピザに懐疑的なようだ。
俺の中では、前世の記憶も相まってすごく美味しいものという位置づけにある。
ただ初めて見た人からしたら、そうは見えないのかもしれない。
でもそんな評価は、一口食ったら確実に変わる。
「食ってみれば分かるよ。」
食べた時の反応が楽しみで、俺は少しニヤつきそうになるのを我慢する。
そんな俺の表情に何かを感じたのか、恐る恐ると、魔王はピザを掴んだ。
そしてゆっくりと、口へと近づける。
ピザはもうすぐ口元…
そのためか、ピザの香ばしい匂いが、魔王の鼻に届いたみたいだ。
「んにゃっ!?」
魔王は目を見開き、鼻の穴までも大きくした。
そして何度もピザの匂いを嗅ぐ。
「クンクン、クンクン…
な、なんじゃ、この良い匂いは…
知らん、妾はこんな美味しそうな匂いを知らんのじゃ!!」
魔王は、さらにもう一度匂いを嗅ぐ。
するとその後すぐ、魔王は唾をゴクンと飲み込んだ。
匂いでか、顔は段々と緩み…
そのせいで、だらしないことに口の端からよだれが垂れそうになっている。
ピザの圧倒的な香ばしい匂いに、身体までもが反応しているみたいだ。
「おっと、危ないのじゃ。一人前のレディなのにじゃ…」
そう言いながら、魔王は口元を拭う。
魔王の中のレディの定義が何かは知らないが、知る必要もないだろう。
そして…
「い、行くのじゃ…」
とうとう食べるみたいだ。
みっともなく、魔王は大きく口を開く。
そしてがぶりと、ピザに噛みついた。
魔王の口からしたら、大きなピザを口に入れるために一回…
追加で、味わうためにもう一回、魔王はピザを噛む。
そして二回目にピザを噛んだ瞬間、魔王は大きく目を見開かせた。
「ん、ん~~~~~っ!!!!んん゛%$#&’&!!!」
言葉になってない音を、もがもがと魔王は叫ぶ。
正直、何を言っているか全く分からない。
でも、キラキラとした目…
赤く潤んだ目…
強く何かを訴えて来てる目で、俺は魔王が何を伝えようとしているのかが分かった。
「どうだ?美味いだろ?」
首が取れるのではないかとよぎってしまいそうになるほど、魔王が何度も首を縦に振ってくる。
そしてその後すぐ、魔王は手で持っていた、残りのピザを口に放り込んだ。
「ん~~~~~~~っ!!」
美味しそうな声を漏らし…
しかも、それほどまでに堪能しているのか…
ピザを掴んで少し汚れてしまった手を、何も気にすることなく頬に沿えた。
そして咀嚼し終えると、こっちを強く見つめて来て…
「う、美味い!!美味いのじゃ!!!」
「そうか。」
「そうなのじゃ!!」
それだけ言った後、また続けてバクバクと、魔王は自分の分のピザを口の中に放り始めた。
「美味い!!めっちゃくちゃ、ものすごく美味いのじゃ!!!」
そして、これはもうお決まりなのかもしれない。
「ん゛っ!?」
魔王が、喉にピザを詰まらした。
「あー、はいはい。水…」
「ん゛。」
水を飲み…
「ぱぁ…、死ぬかと思ったのじゃ!!」
「いや、もっとゆっくり食べろよ…」
「無理なのじゃ。これが…、ピザが美味し過ぎて…
でも覚えたのじゃ。賢い妾は覚えたのじゃ!!これの名前がピザということを!!!」
「あー、そうなんだ…」
「そうなのじゃ!ぬぁっ!?」
「どうした?」
魔王が、悲しそうな顔になっていた。
「ないのじゃ…」
「ん?何が…」
「妾のピザが、もうないのじゃ!!!」
「まぁ、さっきバクバクと、勢いよく食べてたからな…」
「はっ!!そんなはずは…」
記憶にないらしい。
喉を詰まらすほど、バクバクと食べてたくせに…
そしてすぐ、何故かこっちを睨んできて…
「妾、もっと食べたいのじゃ!!」
「子供かな…?」
「はっ!?何言っておるのじゃ!!妾はれっきとした、一人前のレディなのじゃ。そしてそんな一人前のレディである妾は、今ピッザが食べたいのじゃ!!ピッザが!!!」
レディ関係ある?
しかも、何あの発音…
すげぇムカつくんだけど…
まるで、海外かぶれに自慢された時みたいに…
「そっか…」
「そうなのじゃ。だから、ピッ…
「でも嫌。」
「はっ…!?な、なんでじゃ!?」
「なんで、そりゃ…」
発音が腹立ったから。
それに、レディレディうるさいし…
あと他にも…
俺の都合とは言え、寝所と食事まで提供してるのに、その上おかわりまでさせてあげる必要なくね?
しかも、魔王に…
でもまぁ、これは言いにくい。
だから…
「働いてない、から…?」
「働いて…。ん?」
「そう、働いてないから。
だってさ、今俺が寝所とかご飯提供してるけど、お前、まだ何もしてないだろ?なのに、おかわりまで…
さすがに、もう少し役に立ってからじゃないとないかなー。」
「ぐぬぬぬ…」
悔しそうに…
恨めしそうに、魔王が見てくる。
「あとはついでに、さっきの『ピッザ』が腹立ったからかな…」
「そ、そんなことでなのじゃ…?」
「そんなことでなんです。ということで、無しです。」
「ぬぬぬ…」
ということで、魔王のおかわりの話はなしになった。
今魔王は、ちびちびと野菜スープを飲んでいる。
そんな奴の目の前で、俺は…
「あ~ん…」
勿体付けるように…
魔王に見せびらかすように、ピザを食べていた。
口にピザが入ってくる。
サクッとした、生地の歯ごたえ…
その上には、生地の感触をもちっと柔らかくする、チーズの優しい口触りに歯ごたえ。
噛めば、口の中でとろけていくチーズ。
そのチーズには、薄い塩味にトマトソース…
それに加えて…
チキンから出た旨味と、チキンの味付けのために加えられている胡椒からインパクト…
これを一言で言うのであれば…
「ん~~~、おいしい!!」
しかもチキンは柔らかく、歯に引っかかることなく口の中で溶けていく。
「あー、おいしいわぁ。」
魔王を見ながら、俺はそう呟く。
そんな俺の表情に、魔王は忌々しそうな…
悔しそうな顔を向けて来ている。
「ぐぬぬぬぬ…」
「どうした?食べないのか…?あー、もうなかったのか…。それはすまんな…」
「はっ…!?」
魔王は、目を丸くした。
そしてすぐ…
「なななな…、クッソ腹立つのじゃ!!あやつ、クッソ腹立つのじゃ!!!」
悔しそうに、声を荒げてきた。
楽しい。
クッソ楽しい。
えっ、性格が悪い…?
それならもう知ってるから問題はないな、うん。
残ったピザは、ラスト一枚。
その一枚を、口をスッキリさせた状態で味わうため、俺は野菜スープを飲む。
すると、それを何と勘違いしたのか…
「おっ!!もういらないのじゃ?なら、この優しい妾が…」
そう言って、魔王が手を伸ばしてきた。
だからその手を、俺は手で払った。
「これ、俺の。」
「ぐぬぬ…」
魔王が悔しそうな目で見てくる。
そしてすぐ…
「ひどいのじゃ、いじわるなのじゃ、性格が悪いのじゃ!!!
ピザの一切れくらい、くれたっていいのじゃ!!減るもんじゃないのじゃ!!!」
「いや、それは減るだろ…」
「ぐぬぬぬ…
やだやだやだ。おかわりおかわり、おかわり!!!妾、もっともっっとピッザが食べたいのじゃ!!」
こいつ、本当に魔王か…?
ガチで、子供にしか…
呆れた気持ちで魔王を見る。
するといつの間にか、魔王の魔の手が俺のピザが乗っている皿にまで伸びていて…
魔王が、ピザを鷲掴みにした。
「へっ…?」
「うにゃっ!?ベチャっとしたのじゃ、ベチャっと!!」
魔王が、手を放す。
するとそこには、無残なピザの姿があった。
ぐちゃぐちゃで、食べる気も起きてこない…
そんな儚い姿の…
うわぁ…
うん、これはさすがにいらない。
「あげるわ。」
「へっ…?急にどうしたのじゃ?さっきまでは、あんなにイジワルじゃったのに…」
ん-…
「いや…」
俺は皿を差し出した。
すると魔王は、顔を綻(ほころ)ばせ…
「いいのじゃ?ほんとにいいのじゃ?後で、文句を言っても返さないのじゃ?」
いや、こんなぐちゃぐちゃのいらないし…
それに食べた後とか、もっと…
いや、止めとこ。
「いいから食え。」
「やったーなのじゃ!!本当に、やったーなのじゃ!!」
魔王は喜びながら…
汚れた手をさらに汚し、顔まで汚しながらピザを食べていた。
とりあえず…
俺は一度、こいつのレディの定義を聞いてみるべきかもしれない。
ピザを楽しそうに食べる魔王を見ながら、俺はそんなことを思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます