冗談

 魔物使役のスキルが上手く発動できたことがそんなに嬉しかったのか、ニマァと魔王がドヤ顔でこっちを見てきている。


 「どうじゃ、勇者。ちゃんと見ておったのじゃ?魔王である、妾の実力を!!」

 「お、おう…。見てたけど…」

 「そうかそうか。どうじゃ、妾のスキルは?すごかったじゃろ?」


 魔王が嬉しそうに、確認してくる。

 

 「お、おう。まぁ確かに、スキルは、すごかったかもしれないな…」

 

 「そうじゃろ、そうじゃろ?妾は、すごい、の…

 なぁ、お主…」


 嬉しそうな顔から一転、少し真剣みのある表情で魔王は俺を見つめてきた。


 「なんだ?」

 「今、スキルは、と言ったか?スキルは、と…」

 「言ったな…」

 

 あー、気づいたか…

 

 「なんというかじゃ、その言い方…

 まるで、スキル以外はすごくはなかったみたいな言い方に聞こえるのじゃ…」


 「まぁ、事実だからな。ゴブリンに負け…

 「ぬぁっ!?うるさいうるさい。本当にうるさいのじゃ!!そんなこと、さっさと忘れてしまうのじゃ!!」

 

 魔王が頬を赤らめ、激昂してくる。

 でもさ…


 「無理くね…?だって、あの魔王がゴブリンに負け…

 「わーーーっ、わーーーーーーっ!!言うなじゃ!!それ以上は、何も言うなじゃ!!!」


 魔王が俺の服を掴んで、大声を上げてくる。


 魔王としても、相当に嫌だったことみたいだ。

 なら、しょうがない。


 「あー、分かったよ…」

 「ふぅ…、それでいいの…

 「魔王がゴブリンに負けたってこと、なるべく言わないようにするわ。」


 「ぬぁっ!?ま、また…。また言ったのじゃ…

 それにじゃ、なんじゃなるべくって…

 その言い方、お主、あんまり内緒にする気がないのじゃ!?というか実は、言いふらす気満々なんじゃないのじゃ?!!!」


 「」

 「おい、なんでじゃ!!なんでそこで黙るのじゃ!!言うのじゃ。ちゃんと、言いふらさないって言うのじゃ!!!」


 「そういやさ…」

 「ここで話を変えるのは無理なのじゃ!!というかじゃ!!もうそれ、いいふらす気満々なのじゃないのか?!!」

 「…、それでさ…」

 

 俺がそう言葉を発した瞬間、魔王がまた俺の服を掴んできた。

 そして赤い顔で、下から睨みつけて来て…


 「なんじゃ、その間は!!

 それに、なんで妾の言葉に答えてくれないのじゃ!!

 もう…

 もう絶対、言いふらす気満々なんじゃろ!!」


 「え、うん。」

 「うん、じゃないのじゃ!!言うなって言っておるのじゃ!!」

 「いやでもさ…」

 「な、なんじゃ…?」

 

 「もしもなんだけどさ、魔王討伐目前まで来た勇者が、目の前でたかがゴブリンに負けてたらさ、面白いと思わないいか?」

 「お、思うのじゃ…」


 魔王は小さな声で肯定してくる。


 「それを、周りの人とかに言いたいと思わないか?」

 「お、思うのじゃ…」

 「そういうことだ。」


 「なるほど、そういうことなん…、じゃじゃないのじゃ!!!

 嫌なのじゃ、妾は絶対に嫌なのじゃ!!

 後世に、そんな汚名を残したくはないのじゃ!!!」


 「いや、もう無理だろ…」

 「無理でもなんでも、嫌なものは嫌なんじゃ!!妾は絶対に嫌なのじゃ!!!」


 「お、おう…

 あっ、そう言えばさ、ゴブリンだけど…」


 「ゴブリンが何なのじゃ!!そんなものよりも今は…

 「いや…」


 俺は腕を上げ指を指した。

 さっき魔王がスキルを使い、何故か今良い姿勢で立っているゴブリンを…


 魔王も俺の手に誘導され、後ろを振り向く。


 「あっ、忘れておったのじゃ。そうじゃ、さっきスキルを使ったんだっ…

 いやそれよりもじゃ、今は妾の汚名についての話なのじゃ!!」


 あ、まだその話するのか…

 しょうがない。


 「いや、正直言いふらす気はないんだよ。」

 「へっ!?そ、そうなのじゃ!?」

 

 「そうなんだよ。

 だってさ、その話をするということは、魔王が復活したという話にもなるんだよ。なのに、せっかく念願の平和が訪れたのに、実は魔王が生きてました、復活しましたってなったら、また慌ただしくなっちゃうだろ?だからこの話は、魔王の生存を知らない人には言えないんだよ。」


 「な、なるほどなのじゃ…」

 「そー。そう言うことんだよ。だから、変に心配する必要はないんだよ。」

 「なるほどなのじゃ。良かったのじゃ、本当に良かったのじゃ。」


 魔王は安心した表情を見せた。

 でも、すぐに俺の方に不思議そうな視線を向けて来てから…


 「でもじゃ、でもなんじゃ…

 なら、さっきのやりとりはなんだったのじゃ!?」


 あー…

 

 「ん?」

 「ん?じゃないのじゃ!!最初から言う気がなかったのじゃったら、さっきのやりとりはいったいなんじゃったんじゃ!!」

 「何って、ただの冗談だけど…?」

 「冗談!?冗談だったのじゃ!!?」


 魔王からびっくりした声が聞こえてきた。

 

 「まぁ、落ち着けって…」

 「誰の、誰のせいじゃと思っておるのじゃ!!誰の…」


 誰の、か…

 まぁ、事の発端で言うなら…

 

 「ゴブリンに負け…

 「わーーーー、わーーーっ!!!い、今はそんなことよりも、妾の僕(しもべ)となったゴブリンについてじゃったな。うん。そうじゃ、そうなのじゃ!!よーし!!」


 魔王はそう言うと、そそくさとゴブリンの方に向かって歩いて行ってしまった。

 その光景に少し笑ってい舞いそうになりながらも、俺もその後をゆっくりと付いて行った。

 

 

 

 そして魔王とゴブリンのところまでたどり着くと、魔王がゴブリンに向かって何やら命令のようなものを下していた。


 「よし、一号、右手を上げるのじゃ!!」

 「ぐぎゃ。」


 魔王の指示に従って、ゴブリンは右手を上げた。


 「お~、よくできたのじゃ!!よし、次は左手じゃ!!」

 「ぎゃ。」


 ゴブリンは左手を上げ、今バンザイをしているみたいになっている。


 「お~、お~、いいのじゃ、良い感じなのじゃ…」


 何が良い感じなのだろうか…

 というかあいつは、いったい何をしているのだろうか…?


 「じゃー次がラストなのじゃ。」

 「ぐぎゃ。」

 「良い返事なのじゃ。じゃ、行くのじゃ…。よし一号、三回回ってワンと泣くのじゃ!!」

 「ぎゃ。」


 ゴブリンはそう返事を返した後…

 一、二、三回転しながら最後は飛び跳ね、最終的にこっちへバンザイをしたまま着地した。


 その光景に、魔王は拍手をし始め…


 「おー、すごいのじゃ!!よくできたのじゃ!!!」

 「ぐぎゃぐぎゃ。」


 魔王の賞賛に、ゴブリンも笑み?で返す。

 そして俺は、いったい何を見ているのだろうか…

 

 「うむうむ。偉いのじゃ。ほんと偉いのじゃ!!だからお主には、『タマ』と言う名前を…

 「いや、なんでだよ…」

 「んじゃ?」


 魔王がこっちに振り向いて来て、不思議そうな顔を向けてきた。


 「いやさ、まず一号って名前はどこ行ったんだよ…」

 「あっ!!!」


 魔王は、目を大きく見開かせた。


 「忘れてたのか…」


 さっきの今なのに…


 「ち、違うのじゃ。忘れてなんかないのじゃ…」

 「ほう…」

 「た、ただ…」

 「ただ?」

 「」


 魔王からは返事が返って来ない。

 やっぱりこいつ、忘れてたな?

 ほんの一瞬で…


 じーっと、俺は魔王を見つめる。

 するとそんな俺の視線が嫌だったのか、魔王がすぐに視線を逸らし…


 「い、一号。こっちにくるのじゃ!!」

 

 焦ったようにゴブリンを呼び、そして自分からも向かいに行く。

 

 こいつ…


 俺は魔王を見続ける。

 ただ魔王は、決してこっちを見ようとはしてこない。

 

 そして、魔王とゴブリンは合流した。


 「ぐぎゃ。」

 「おー、偉いのじゃ。」

 「ぎゃ。」

 

 「ふむ。一号は良い子のなのじゃ。どっかの誰かみたいに、妾を揶揄(からか)わな、い…

 そ、そうじゃ。そうなのじゃ!!」


 何か思いついたように、魔王が大声を上げた。


 「どうかしたのか…?」

 「フフフフ…、思いついたのじゃ。思いついてしまったのじゃ。」

 「何をだ?」


 「フフフ…、一号!!」

 「ぎゃっ。」

 

 魔王の呼びかけに、ゴブリンは良い返事を返す。

 そしてその反応を確認した後、魔王はこっちに指を指してきた。


 「あやつを…

 妾をイジメるあの憎き勇者を、ぎったんぎったんの、ぼっこぼこにするのじゃ!!!」


 「ぐぎゃ。」

 「はっ…?」

 

 何言ってんだ、あいつ…


 いきなりすぎて、ちょっと理解が追いつかない。

 なのに、命令を下されたゴブリンはこっちへと走ってくる。

 そして魔王の浮かれた声まで聞こえてきた。


 「そうじゃ、そうだったのじゃ。

 あやつを殺せば妾は自由になれるし、もうあやつに揶揄われることもないのじゃ。しかもそれだけじゃなく、妾の汚点を知る者まで消えるという特典まで付いてくるのじゃ。

 一石二ゴブリン…

 いや、一石三…、もしくは四ゴブリンなのじゃ。フハハハハハ、妾は天才、いや秀才なのじゃ!!フハハハハハ…」


 ん-、ツッコみたい…

 色々とツッコみたい。


 俺が死んでも、自分をボコボコにしたゴブリンがいるということを…

 そして、なんでゴブリンごときが俺に勝てると思ったのかを…


 だからとりあえず、俺は向かってくるゴブリンを、剣の腹で吹っ飛ばした。


 「ぬぁっ!?ポチ…。ポチーーーーーっ!!!」

 「いや、タマだろ…」

 「あっ…。タ…

 「遅いって…」

 

 魔王は抜けた顔をしていた。

 でもすぐに、キッと睨みつけて来て…


 「何をするのじゃ!!妾の大事な僕を!!!」

 「いや、そう思うならけしかけてくんなよ…。しかも名前間違えてたし…」

 「ぐ…、ひどいのじゃ。本当にひどいのじゃ!!暴力反対なのじゃ!!!」

 

 暴力反対…?

 こいつ、さっきの自分の言葉を覚えていないのか…?


 「さっきさ、俺をギッタンギッタンの、とか言ってなかったか…?」

 「あっ…」

 「おい…」


 ジトーっと、俺は魔王を見つめる。

 すると、魔王の顔から汗が吹き出し始めた。


 「冗談…。そう、ほんの冗談なのじゃ…」

 「冗談ねぇ…」

 

 「ま、全く、こんな冗談も通じないとは…

 これだから勇者は…

 ハハハハハ…」


 魔王から、渇いた笑いが聞こえてきた。

 

 「そっか、冗談なら仕方ないよな。」

 「そ、そうなのじゃ…」

 「でも一応言っておくけど…」

 「な、なんじゃ?」


 俺は笑顔を作ってから…

 

 「次は、やるからな。」

 「や、やる…。ひぃっ!?」

 「返事は…?」

 「ひゃい…」


 こうして、勇者と魔王との日々が進んでいく。


 

 そして追加で…

 俺の言った言葉に、魔王よりも吹き飛ばされたゴブリンの方が強く頷いていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る