スキルとタッチ
今俺たちは、街を出て、魔物の森へとやってきていた。
「魔物使役のスキル、どうやって使うんだ?」
「それはなのじゃ…
魔物に触れ、一言…
『従え』と言うだけでいいのじゃ!!」
「へー…」
魔物に触って、一言言うだけでいいのか…
それはまた…
「便利だな。」
「そうじゃろ、そうじゃろ!!なんたって、妾のスキルだからな!!」
魔王が嬉しそうに、そう口にしてくる。
「じゃー、魔物…、ゴブリンを探すか…」
「のじゃ。」
そうして俺たちは、生い茂った森の中でゴブリン探索を始めた。
とはいっても、探し始めたらすぐに見つかったが…
「ぐぎゃぎゃぎゃ。」
目の前には、一匹のゴブリン…
色は緑…
いや、緑が黒で濁ってしまったような汚らしい色をしている。
背は低く、140くらいしかない魔王よりも低く見え…
目は剥き出しになっているかのように大きく、鼻は低くて、耳は長い。
よく物語に出てくる、ザ・ゴブリンと言った感じだ。
そして手には、何も持っていない。
だから、今の魔王でもきっと問題はないだろう。
「じゃー、スキル、実際に使ってみてくれ。」
「おー、分かったのじゃ。」
魔王から、良い返事が返ってくる。
本人からしても相当自信があるようだ。
「ぬへへへへ。見ておれ勇者、妾の素晴らしいスキルを。そのすごさで、絶対にぎゃふんと言わせてやるのじゃ。ぐふふふ…」
ゴブリンへと向かう魔王の口から、ひとり言のような大きさでそんな言葉が聞こえてきた。
でもさ、そう言うの言う時って…
いや、気のせいだな。
きっと、気のせいに決まっている。
魔物を統べる魔王とも呼べばれることのある存在が、たかがゴブリンごときに…
そうだ、これはきっと気のせいなんだ。
フリとかではなく…
ゴブリンに向かって、堂々とした歩を進める魔王。
その背中を、俺はじっと見つめる。
そしてゴブリンは相手が誰なのか理解していないのか、まるで獲物が向かって来ているかのように大喜びしている。
そんな中魔王は歩を進め、ゴブリンとの距離が3メートルくらいのところで足を止めた。
そして魔王とゴブリンが相対する。
「ぐふふ。勇者、見ておるのじゃ。妾のスキルを!!」
魔王から偉そうな言葉が出てくる。
そしてそれを開戦の合図と思ったのか、ゴブリンが魔王目掛けて走り出した。
ただ、ゴブリンのそんな動きに魔王が動じる様子はなく…
右手を大きく構えてから…
「さぁ、勇者よ、見るがよいのじゃ。これが妾の…
妾の…
待て!待つのじゃ!!動いてたら…、のわぁぁぁぁ。」
何故か、魔王がゴブリンとは反対側…
俺の方へ、振り向いてくる。
「嫌じゃ。あやつの顔、すごく嫌なのじゃ、きもいのじゃ!!!」
そう言って、こっちに駆けだそうとしてくる。
でも先に動き出したゴブリンの方が圧倒的に速く…
だから魔王はその場から一歩も進めずに、後ろからゴブリンに体当たりされてしまった。
「のじゃぁぁぁぁ!!!!」
そんな悲鳴とともに、魔王はバランスを崩していき…
「ぐへっ…」
地面に倒れた拍子で、不細工な声が聞こえてきた。
「い、痛いのじゃ…」
地面に倒されたのが相当痛かったのか、魔王の口から声が漏れ出る。
でも…
「なぁ、魔王…」
「な、なんじゃ!!」
「後ろ…」
「へっ…?」
魔王が首だけで後ろを振り向く。
そしてそこには、当然ゴブリンがいた。
ゴブリンはニヤニヤした笑みを浮かべている。
「ま、待つのじゃ…。お主は妾を一体誰だと…」
魔王が、ゴブリンに向かって制止の声をかける。
ただ、それが獣であるゴブリンに通じるはずもなく…
「ぐぎゃああああ!!」
「ぐぬぉっ!?」
うつ伏せで倒れている魔王は、背中からゴブリンにのしかかられてしまった。
うん、悲しい…
あんだけ苦労して倒した魔王が、今ゴブリンに背中からのしかかられている。
なんだろう。
ほんと、すごくむなしい。
俺たちがしてた努力って、いったいなんだったんだろう…
「ゆ、勇者…」
「どうした…?」
いや、聞き返さなくても分かるけど…
背中からゴブリンにのしかかられてて、魔王が俺を呼んでくる。
つまりは…
いやでも一応…
「助けた方がいいか…?」
「当り前じゃ!!早く、早く妾を助けるのじゃ!!!」
なんであいつ、あんな偉そうなんだ?
意気揚々と向かっていて…
その前後で偉そうなことを言ってて…
そしてあいつは魔王で、相手は魔物界で最弱と名高いゴブリンなのに…
あいつにプライドというものがないのか…?
俺が茫然と見つめていると…
ゴブリンは魔王の上で楽しそうに上下に弾んでいる。
「ぐへっ…
早く、早く助けるのじゃ!!!」
「うん…」
悲しい…
ほんと悲しい。
この世界に来てからの…
勇者になってからの、俺の10年間はいったいなんだったのだろうか。
「早くなのじゃっ!!!」
魔王から恥も外聞もないような、盛大なSOSがまた飛んできた。
うん…
しゃ、しゃーない…
俺は鞘にしまっていた剣を握り、抜く。
そしてゴブリンへと近づき、剣の腹をゴブリンの顔を目掛けて思いっきりぶつけた。
「ぐぎゃっ…」
ゴブリンは吹き飛びながら、痛々しい声を漏らす。
そして上に乗っていたゴブリンが退くことで身体が軽くなったからだろう、魔王がのそのそと立ち上がった。
そして俺の服を掴んで来てから…
「…のじゃ、助けるのが遅いのじゃ!!もっと早く助けるのじゃ!!!」
そんな大声を向けてきた。
「いや、なんでそんな偉そうなんだ…?助けられた分際で…
しかもあの魔王がさ、ゴブリンなんかに負けるとか思わないじゃん…」
というか、思いたくなかったよ…
「はっ!?別に妾は負けてないのじゃけど…
たまたま妾がこけてしまって…、そしてたまたま、ゴブリンが妾の上にこけてきただけなんじゃ。決して、妾が負けたわけではないのじゃ!!」
たまたま、ねぇ…
しかもゴブリンの方は、どう見ても転んだようには見えなかったんだけど…
ただ魔王は、キッと俺を睨んで来ていて…
否を言っても良いような雰囲気ではない。
でも言うけど…
「まぁどう見ても、こけてゴブリンに襲われてたんだけどな…」
「ぬぁっ!?そそそそ、そんなことはないのじゃ!!」
「いや、動揺しすぎだろ…」
「ど、動揺なんてしてないのじゃ?全くしてないのじゃ?
でもじゃ、でもでもじゃ?
妾は決して負けたわけはないのじゃ?でも、こんな可愛らしい女子(おなご)がそう言ってるのじゃから、勇者として…、一人の男として、そういうことにしておくものなんじゃないのじゃ?」
「お、おう…」
いやでもそれ…
「もう認めてることになってないか…?」
「はっ!?い、いや、全くなってなのじゃ。全然、なってなんかないのじゃ!」
「お、おう…」
めんどくさいし、もうどっちでもいっか…
終わらないし…
俺はさっき吹き飛ばした、ゴブリンの方を見る。
するとゴブリンは叩かれた衝撃で気を失っているのか、地面に横たわっていた。
「じゃー、やってみてくれ。」
「わ、わかったのじゃ…」
魔王は魔物使役のスキルを使うため、ゴブリンへゆっくりと近づいていく。
恐る恐る一歩、また一歩と…
そして少ししてようやく、倒れているゴブリンの目の前に立った。
そこから魔王はそーと足を前に出して、チョンチョンと足でゴブリンを突く。
さっき襲われたのが相当怖かったようだ。
いや、ゴブリンを怖がる魔王とは…
突かれてもゴブリンに反応はない。
それに、魔王は安堵のため息をついた
そして大きく息を吸ってから…
「勇者、見ておるのじゃ!!
これが、妾のスキルなのじゃ!!!」
魔王はしゃがんでゴブリンに触れる。
そして…
「『妾に従え!!』」
魔王がそう宣言する。
するとその瞬間、魔王の身体から黒い渦…
黒い魔力が噴き出す。
それは禍々(まがまが)しく、身が縮みそうになる。
そして、その禍々しい黒い魔力はゴブリンへと襲い掛かり…
ゴブリンの周囲を取り囲んでから、身体の中へと入って行ってしまった。
そしてすぐ魔王は俺の方を振り向いて来て…
「成功なのじゃ!!さすがは妾はなのじゃ!!!」
自信満々にそう言い放っていた。
いや…
なんでそんな残念なの…
まぁとりあえずは、スキルが成功したみたいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます