毒気と質問を

 自分を魔王と名乗り、そしてそれがきっと事実であろう少女は…

 今俺のすぐ目の前で、きれいな土下座をしていて…

 そして、見逃せと言ってきていた。


 見逃せ…?

 魔王を…?

 しかも、勇者である俺が…?


 だから俺は…

 

 「えっ、嫌だ。」



 俺のその言葉に、少女はすぐに顔を上げた。

 そして俺をぽかーんと、少しの間だけ見つめて来て…

 それから…

 「へっ…?」

 目を丸くした。


 少女からしたら、俺の反応が意外だったらしい。

 

 おかしい…

 俺は勇者なんだから、みすみす雑魚い魔王を見逃すわけがないのに…

 

 ただ、まだ少女は固まったままだ。

 だからもう一度…


 「えっ、普通に嫌だ。だから、ここで今度こそ魔王、お前を殺す。」


 俺がそう言うと、少女はぽかーんとした顔から一気に焦り出した。


 「な、なんでじゃ、なんでなんじゃ!!

 普通こんな幼気(いたいけ)で可愛らしい女の子がお願いすれば、勇者なら聞き入れるはずなんじゃ。そうすべきなんじゃ。なのに…」


 「自分で可愛いとか、幼気とか言うのか…。しかも、魔王が…」

 「えっ、でも実際そうじゃろ?」

 「実際ねぇ…」


 黒く、そして微かにピンクが混じった髪…

 それに大きくて丸い瞳…

 確かに、可愛らしくは見える。

 でも…

 

 「膨らむことも覚えてない子供に、俺は興味なんかない。」

 「膨らむことも…。膨らむ…?はっ!!」

 

 そう口にして、バッと少女は自分の胸元を見た。

 

 少女の身長は140センチくらいでかなり低く…

 だからなのか…

 全く…

 これぽっちも、膨らんでいない。


 そしてそんな少女は顔を赤くしてから…


 「うるさい、うるさい、うるさいのじゃ!!!人の気にしていることを!!!」

 「気にしてるのか…」

 「そうじゃ、気にしてるんじゃ!!!悪いのか!?」

 「いや…」

 「フンッ!!!」


 少女は、不機嫌そうに首を背けた。


 そしてすごい威圧感だった。

 それは、今殺されそうになっている人物とは思えない様な…


 あとなんというか…

 魔王が、人並みの悩みを持っているせいか…

 それともあの恐ろしかった魔王が、こんなにも頭が悪かったと理解したくないせいか…

 毒気が抜かれていってしまう。

 

 ん-、なんか殺しにくいし…

 どうせならこの際、気になったことでも聞いてみるか…

 それからでも、遅くはないだろうし…


 今もまだ、少女は顔を背けて不機嫌そうだ。

 そんな少女へ…


 「魔王、復活って何なんだ…?」

 

 今実際に、魔王が目の前にいる。

 だから復活というのは、そのままの意味なんだろう。

 でも、魔王の口から…

 それにどうして復活できたのかも、俺は聞きたかった。

 殺しても、また復活する恐れがありそうだから…


 不機嫌そうだった少女…

 そんな少女は俺がそう言ったらすぐこっちを、一瞬だけチラッと見てきた。

 

 「気になるのじゃ…?」

 

 そう言う少女の口元は、微かにだが笑みを浮かべていたように見えた。


 「えっと、うん…」

 「言ったら殺さない…?」


 殺さ…

 うわー、交渉へ持ち込む気かよ。

 めんどくさ…

 しかも、そんな内容で…

 

 あと、プライドとかはないのかよ。

 魔王としての…

 

 俺があ然と…

 悲しい気持ちで、魔王を見ていると…

 魔王はそれを何と勘違いしたのか、ニマニマと俺の方を見て来て…


 「どうずるんじゃ?今妾を殺すと、一生分からないままじゃぞ?いいのじゃ?それで…」

 

 俺としては。また魔王が復活…

 下手したら、ずっと復活し続けることが嫌だった。

 でもこの言いよう…

 もしかして…


 「もしかしてだけどさ、次殺せば死ぬのか…?」

 「へっ…、そうじゃけど…」


 死ぬのか…


 「なら、交渉にならなくね?」

 

 「ん?」

 コテッと、魔王は首を傾けて来て…

 「でも、分からないままじゃぞ?そうすると、絶対後で気になるんじゃ。で、きっとお主は、気になって夜も眠れなくなるんじゃぞ?いいのじゃ?それで…」


 この小さい魔王は、まだ自分が交渉のテーブルに立っていられていると思っているらしい。

 俺はそれがなんだか悲しくて…

 

 あんだけ、苦労して倒した魔王…

 それが、こんな頭残念なやつだったなんて…


 なんかもういいや。

 

 「いや、いいよ。別に…」

 「へっ?なんでじゃ?気になって、夜も寝れなくなるんじゃぞ?それでも…

 「夜寝れないなら、昼寝るだけだから、別にどっちでもいいや。」


 「昼、寝る…?」

 少女はそう小さく呟いたと思ったら、あわあわと慌てだした。

 「ダメじゃダメじゃ、それはダメなのじゃ!!!人間は夜寝る生き物なのじゃ、それを昼に寝るだなんて…

 ダメじゃ、絶対ダメなのじゃ。そんなの、絶対に妾が許さないのじゃ!!!」


 何言ってんだ、こいつ…?


 「別に、魔王であるお前に許してもらう必要はなくね?」

 「ぐ…」


 少女は顔を歪めた。

 ただ、すぐまた平静な顔のようなものを装ってきた。

 

 「でもあれなんじゃ。夜寝ないとお肌とか…

 あとは…、あとは…、

 あとはなんじゃ?あとは…」


 魔王である少女が、夜寝ないことのデメリットを一生懸命考えて…

 そして、なんとか絞り出そうとしてくる。

 でも…


 「いやあのさ…」

 「なんじゃ?妾は今考えるので忙しいのじゃ。だから…

 「いや、今も俺…。昼間寝すぎて、夜寝たり寝なかったりなんだけど…」

 

 「はっ!?はっ!!?」


 少女は目を見開かせ、大きく驚いた声を上げてくる。


 「そ、だからさ、気になるからって、別に夜寝れなくなっても俺、対して困らないんだよな…」

 「はっ!!!?」


 驚きで、少女の表情から他のものが消え去ってしまう。


 「お、お、お主…、お主は本当に勇者なのじゃ!?」

 「いや、そうだけど…」

 「い、いや、だってなのじゃ、普通勇者というのは、品行方正で、規則正しくて…。なのに、なのに…」


 少女は口を開けて、あわあわと俺を見てくる。

 それはまるで、自分の常識ではないものが目の前にでもいるかのようで…

 そして何か思いついたのか、目を見開く。


 「と、ということはなのじゃ…

 わ、妾、普通に殺されるんじゃ…」


 今更気づいたらしい。


 「まぁ、そうだな。」

 「嫌じゃ、そんなの嫌なのじゃ!!妾は死にたくないのじゃ!!!」

 「お、おう…。いやでも殺すけどな。」

 「ぐ、ぐ…。………じゃ。」


 少女が悔しそうな声をこぼしていると思ったら、小さい声で何かを呟いてきた。


 「ん?」

 「なのじゃ…。妾は、魔王なんかじゃないのじゃ!!!」

 「はっ!?でもさっきまで…」

 「さっきもへちまも知らないのじゃ!!妾は少女。今は何もできない少女なのじゃ!!!だからなのじゃ、勇者、妾を見逃すの…

 「嫌。」


 魔王の言葉の途中で、俺はピシャリとそう言葉にした。

 すると魔王はプルプルと震えて、そして…


 「ぐ…、ぐーなのじゃ。ぐーで、ぐーなのじゃ!!」


 ぐー…?

 急にどうした?

 とうとう、頭でもおかしくなったか?


 「もう勇者なんて、知らないんじゃ!!妾、家に帰る!!!」


 そう言葉にしながら、少女は踵(きびす)を返す。

 どこか…

 きっと、魔王城にでも帰るつもりなんだろう。

 だから少女がさらにもう一歩踏み出そうとしたとこで、俺は…


 「もう一歩進んだら、首をはねるからな。」


 俺がそう言った瞬間…

 少女の足が止まった。

 そして、ビクビクと震えながら振り向いてくる。」


 「冗談…。ほんの、冗談なのじゃ。勇者はほんと、冗談が通じないのじゃ。あははは…」


 分かりやすく繕った、笑顔と明るい声…

 それを、少女は向けてくる。


 「そっか、冗談か…」

 「そー、冗談…、ただの冗談なのじゃ。ほんと勇者は…

 

 「そっかー。」

 俺がそう返すと、安心したように魔王は肩を下ろす。

 だからそこへ…

 「ふざけたことやったら、次は殺すからな。」


 「はい、すみませんでした…」


 まだまだ、俺と魔王の楽しい雑談は続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る