土下座を

 魔石から生まれた、自分を魔王と名乗った小さな少女…

 その少女は今…


 目の前で、土下座をしていた。



 

 時を遡って5分前…

 魔石から少女が生まれ、その少女は自分を、魔王と名乗った。


 「魔王…?はっ!?」


 訳が分からなかった。

 だって魔王は、俺が…

 俺たちが…

 

 そして目の前にいるその少女は、きょろきょろと周りを見渡しながら…


 「あれ?ここはどこなんじゃ?てっきり、魔王城で復活すると思ってたのじゃが…。はて…」


 「復活…?はは…、何を言ってるんだ…?

 そんなことが、あり得るわけが…

 それにあのとき、俺は魔王が死ぬのを、ちゃんと見ていたんだ…」

 

 俺のそんな小さな呟きは、自分を魔王と名乗る目の前の少女に聞こえたらいい。


 「妾が死ぬのを…?」

 そう呟きながら、少女はこっちを見て来て…

 そして目が合った。


 「お主…、お主はっ!?」

 

 目が合った瞬間…

 元から大きい目を少女はより大きく見開かせ、驚きの声を上げてくる。

 

 この反応…

 まるで本当に、以前俺と会ったことがあるかのようで…

 でも俺は、この少女を知らない。

 全く、見覚えすらない。


 だけどそんな俺の戸惑いなんて関係なしに、少女は俺を睨んできた。


 「勇者め、また妾を倒そうとやってきたのか!!!」


 倒そうと…

 それに、勇者…


 「まさか本当に…、魔王、なのか…?」

 「何当たり前のことを言っておるのじゃ?妾が魔王に決まっておるじゃろ!!」


 自信満々に、少女はそう宣言してくる。


 本当に…


 「でも、その姿…?」

 

 「姿…?」

 少女はそう言葉を口にして…

 自分の姿を確認するように、自分の手の平、お腹、足元、背中を順に確認していく。

 「なんか変なところでもあるのじゃ?」


 まるでその言葉は、その姿がまるで当たり前のように言い方で…

 でも俺の知っている魔王は、こんなちんちくりんみたいな姿じゃなくて…

 

 2メートル以上もありそうな大きな背…

 それに厚いガタイに、太い腕…

 性別も、強面の男で…


 「俺の知っている魔王じゃ…」

 

 俺のその言葉に、少女はコテッと首を傾け…

 そしてすぐ、目を大きく見開かせた。


 「あー、あれじゃ。勇者、お主と前会った時は、魔法で姿を変えておったのじゃ。」

 「姿を変えて…、じゃー、」

 「そうじゃ。妾はれっきとした、本物の魔王なんじゃ!!!」


 本当に、魔王…

 

 「ッ!!!」


 俺は剣を抜いた。

 それを見た魔王はすぐ…


 「なんじゃ、また妾とやるのか…?でもいいのじゃ?勇者、今はお主一人のように見えのだが…」

 「ぐ…」


 確かにそうだ。

 あの時も、みんなと力を合わせることでやっとのこと…

 でも俺は今一人…


 どう見ても劣勢だ。

 いや、不可能に近い。

 でも…


 「俺は勇者だ。魔王を倒す勇者だ。例え俺一人でも、俺は逃げるわけにはいかない!!」


 俺はそう宣言した。

 魔王に、俺の意思を伝えるため…

 そして不利であるだろうこの状況で、自分を鼓舞するために…


 「ほう、さすがの心構えじゃ。ならよい。かかってくるのじゃ。」


 小さな背で、全く凹凸のない胸をのけぞらせ…

 魔王は自身満々に、そう言い放ってくる。


 その陰り一つもない自信に、怖さからか手が震えてしまう。

 でもさっきも言ったが、俺は勇者。

 逃げるわけにはいかない、いかないんだ!!!


 「らぁぁ!!!」


 俺は魔王と名乗る少女へと駆ける。

 

 魔王も、俺の姿にニヤッと笑みを浮かべ…

 そして手を前に出してくる。


 やばい…

 きっとまたあの時の、黒い光線だ。

 

 俺は急停止し、剣を前にして身構えた。

 そして…


 「ははっ、勇者め、くらうのじゃ!!」


 自信満々に魔王はそう言葉にしてくる。

 するとすぐに、魔王が突き出した手が黒く光り…

 そして…

 

 手の先から、ボフっという音だけがした。

 

 「「へっ…?」」


 俺と魔王の間に、変な間が生まれた。

 ただすぐに、魔王はまた顔を真剣なものにしてから…


 「く、くらうのじゃ…」


 そう言って、同じ手…

 また、右手を突き出してくる。

 

 でもやっぱり…

 出てくるのは、ボフっ、だった。


 「「………」」


 俺は、どう反応すれば良いか分からなかった。

 でも、まだ魔王は諦めていないようで…


 「く、くらうのじゃ…」


 まだ、続けるらしい。

 

 また同じように、右手で…

 ただやっぱり出ないから、次は左手…

 そして、右手…

 また、左手と…


 光線を放つために、何度も手を交互に突きだしてくる。

 でもやっぱり、少女が出したかったであろうものは出ず…

 

 だからただ俺の前に広がっている絵は…

 まるで小さな子供がお相撲さんのように張り手をしているような、ただただ微笑ましいものだった。


 「なんでじゃ、なんで出ないんじゃ…」


 わなわなと手を震わせながら、少女が自分の手を睨みつけている。

 そしてすぐ…

 

 「はっ!!そうなのじゃっ!!!」

 

 何かに、思い至ったらしい。


 「えっと…」

 「あれじゃ、あれなのじゃ。蘇ったばかりなのじゃから、まだスキルがほとんどないのじゃ。」


 えっ…


 「そうじゃ、そうなのじゃ。前蘇った時も、確かそうだったのじゃ。」


 前、蘇った…?


 何か気になるワードが出てきた。

 でも今はそれよりも…


 「スキルが、無いのか…?」

 「そうじゃ。今の我はスキルが、ない…、のじゃ…」


 自分を魔王と名乗った少女から返ってくる声が、段々と小さくなっていく。

 それはまるで、今がどんな状況で…

 そして自分の前には、誰がいたのかを思い出したかのような…


 「へー…」


 そして、少女のその言葉を聞いた瞬間…

 自分の口元が勝手に上がったのに、俺は気づいた。


 そしてさっきまで自信満々だった少女の顔は、今はまるで恐怖で引きつったような顔をしていた。


 「なぁ、お主…」

 「なんだ…?」


 今は機嫌が良いから、聞くだけは聞いてやろう。


 「まさかとは思うのじゃが、まさか…」

 「まさか…、何だ?」

 「いやその…、まさか、こんなか弱い少女を殺そうとか、思ってないんじゃよな?」


 少女の顔は、さっきから引きつったままだ。


 「でもお前、魔王なんだよな…?」

 「」


 少女は何も答えない。


 「で、しかも、スキルが使えないんだよな?」

 「」


 やっぱり、少女は何も答えない。

 ただ顔を引きつらせて、そして泣きそうな顔をしているだけ…


 「そして俺は、勇者なんだよ。」

 

 俺がそう言った瞬間…

 少女の引きつった顔が、真剣なものへと移り変わった。


 来るか…?

 俺はそう思い警戒する。

 だが違った。


 真面目な表情になった少女は、左足を後ろに引き始める。

 そして左足を地面につけ、続けて右足も同じように…

 両膝をつき終えると、今度は腰を下げる。

 手は少し先の地面へと突き出し、頭を下げてから…


 「どうか、どうか頼むのじゃ…

 み、見逃して、ほしいの、じゃ…」


 語尾に向かうに従って小さくなっていく声。

 それとまるで何度もしてきたかのような、洗練された土下座…


 その所作はすごく美しく…

 確かに、俺の心に響くものがあった。


 だから俺はしょうがなく…


 「えっ、嫌だけど…」


 そう返した。

 

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