第51話 謂れのない
「……お前は平穏を望むのではなかったのか、コウ?」
薄笑いを顔に貼り付けたコウを、エゼルノワーズは軽蔑するように見据えた。
事情を知らない国王は、王城を荒らすその魔性をコウだと思っているようだ。
だがエリシナは、国王が勘違いしていることよりも、彼のコウに対する接し方が引っかかった。
――まるで個人的な知り合いのようだ。
エリシナは気づくと今のコウが偽物だと主張するのも忘れて、彼らの言葉に耳を傾けていた。
視線の先では、エゼルノワーズが落胆したように溜め息を落としている。
対して魔性は、自分がコウであることを否定することなく会話を繋いだ。
「国王陛下、平穏とは――青い葉を封印するか否かの話ですか?」
――青い葉。
その言葉を聞いて、動揺しないはずがない。
青い葉のことは、エリシナもつい先ほど教えられたばかりだ。
王の色しか纏わない王樹が、コウの色を纏った事実。
それを知るのは自分やアリシドだけだと思い込んでいた。
だが自分の知らない場所で何かが動いていると知って、エリシナはただでさえ血の気がない頭が、真っ白になる。
かたわら、ゲインは不思議そうにコウとエゼルノワーズを見ていた。
だが秘密の匂いを隠し通せるわけでもなく。
エリシナのことに関しては察しが良いゲインなだけに。静かに目を泳がせるエリシナから何かを感じ取ったらしい。
ゲインは訝しげな顔で上半身を起こした。そしてエリシナに何か言おうと口を開くが――
それをエゼルノワーズの強い口調が遮る。
「青い葉は、お前や周囲の者を必ず不幸に至らしめる。見ないふりを決めたと思ったが――どうやら我の見込み違いだったか」
「何をおっしゃいますか。――グインハルムがあなただけのものじゃないというのは明白。それを私達だけの秘密にするなんて、勿体なくはありませんか?」
「どういうことだ?」
「もう隠すのはやめにしましょう、国王陛下――いや、エゼルノワーズ。グインハルムの腐敗に終止符を打つのです。グインハルムが――世界が必要としているのがどちらなのかを、決めなくては」
「……本当に、我と争うつもりなのか……? 後悔するぞ、コウ。我の後ろで控えている闇をお前がどうにかできるとでも思っているのか?」
「グインハルムに巣食う闇は俺もあなたも同じ。だけど、世界をのみこむ闇は二つも要らない。――ていうか、二つとも要らないよね?」
「コウ……?」
「あはは。コウ――いや、青い葉の国王は、今頃私の主の手にかかっている頃だわ」
コウの姿で語った魔性は、突然態度を豹変させて笑い出す。
声をあげてひとしきり笑ったコウは、再びアカルミハエイに姿を変えた。
「……やはり、コウではなかったか」
「わかっていて、茶番に付き合ってくださったのね。ありがとうございます、陛下」
スカートを持ち上げてお辞儀をする魔性を、エゼルノワーズは表情の無い目で見ていた。だが、その髪の赤が、炎のようにゆらめき始める。
人前で無闇に力を誇示しないエゼルノワーズが、戦闘態勢に入っていることにエリシナは気づく。
――怒っているだろうか?
エリシナが固唾をのんで成り行きを見守る中、エゼルノワーズは落ち着いた声で魔性に問う。
「お前は……書院で我の前に現れた、あの『アカルミハエイ』か?」
「まあ! 覚えていてくださったのね。光栄だわ」
「お前の主は、今コウと一緒にいるのか?」
「そうよ。私の主は――あなたも、あなたを操る王も憎く思っているもの」
「我を操る王? なんの話だ?」
「とぼけても無駄よ。世界を食いつぶすグインハルムの闇はあなただけじゃない。陛下も、さっきコウの青い葉を肯定したでしょう?」
「……馬鹿な」
「隠したって無駄よ。グインハルムの王が死なない理由を――知ってしまったもの」
「死なない理由……だと?」
エゼルノワーズの表情が、初めてほんの少し動揺に染まった。
魔性は続けた。
「その昔、『殺し合い』のせいで大切な人を失った私の主は、『殺し合い』に乗じて刺客を放ったの。だけど、何度手にかけても、グインハルム王が崩御したという話を聞かなかったわ。そこで主は、『グインハルムには王が別にいる』という仮説を立てたの。
国王が『殺し合い』で何度闇討ちにあっても、グインハルムが落ちないのは――死んだ王が本物じゃなかったから。グインハルムが強国であり続ける理由は、その支配体制にあったのよ。そしてグインハルムに潜入した主が、辿りついたのは『青い葉』という存在。本物の国王をようやく見つけたのよ」
魔性は語るだけ語ると、自分からエゼルノワーズに歩み寄る。
エリシナが頭の中で話の内容を整理しきれない中――エゼルノワーズは溜め息をついて言った。
「コウは災難をかぶるためにグインハルムにやってきたのか……?」
「災難をかぶるのはあなたです。たとえ傀儡の一人であっても、王と名乗る以上、死んでもらうわ」
魔性は不敵に笑う――が、次の瞬間には、姿を消していた。
「アカルミハエイが消えた……? 違う――――後ろだわ、陛下!」
エリシナが指摘するも遅かった。
魔性に背中をとられたエゼルノワーズは、瞬く間に透明な炎にのまれた。
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