第50話 衣は色を移ろい

「ゲイン!」


 エリシナをかばい咄嗟に前に出たゲインの首を食いちぎらんと噛みつく魔性。


 青ざめるエリシナのかたわら。ゲインは眉間を寄せるが、すかさず腰に下げていた剣を抜き――空いた手で魔性の長い髪を掴んだ。


 ゲインが魔性の首めがけて剣を逆手持ちに走らせると、魔性は自分の髪を犠牲にして逃げる。

 

 膝を崩しかけて持ち直すゲイン。


 魔性は距離を取りながら冷淡に笑う。


「オジさんの『ソ』は私がほしいものとはちょっと違うから、居なくなってもいいよ? そこのオバさんを置いて逃げちゃえば?」


「バカ言うな」


「ゲイン!」


「来るんじゃねえ! こんな時くらい、俺のいいとこ見てろ。それよりお前は――あいつを連れて来い! こいつの飼い主なら、本物かどうか見分けることも出来るだろ」


「――わかったわ」


 ゲインに促され、エリシナは踵を返す。


 ――が、王座を出ようとした次の瞬間。


 エリシナの腹から鮮血とともに鋭い切っ先が飛びだした。


 針で縫いとめられるように背中から貫かれたエリシナは、自分の懐を見下ろしながら瞠目する。


「……どう……して……」


 振りかえれば、どす黒い『ソ』にのまれたゲインがすぐ背中にいた。


 ――――やられた、と思った。


 魔性の『ソ』が移ったのか、ゲインはまるで魔性アカルミハエイのような顔をしていた。


 だが視線をあげれば――遠くにもう一人、ひどく青ざめた男の姿があった。

  

「あ……ゲイ……ンが……二人……?」


「エリシナ!」


「駄目、オジさんはそこにいて」


 禍々しい『ソ』を振りまくゲインはエリシナから剣を抜くと、その場でくるりと回転した。


 軽やかに回ったゲインが、今度はコウの姿に変わる。


 ゲインの懐に飛び込んだコウは、いつになく毒々しい笑みを浮かべて、ゲインの胸を切り裂く。


 幾重にも斬り裂かれた胸からは血飛沫があがり、ゲインはその場に崩れた。


「フフフ……オジさんの剣を借りちゃった」


 不気味に笑うコウに、ゲインは苦々しく言葉を放つ。


「……お前はいったい……なんなんだ……?」


「オジさん、しぶといね。まだ死なないんだ?」


「――やめ……て、……あなたが欲しいのは、私……でしょう?」


 今にも止めを刺されそうなゲインを見て、エリシナは堪らず声をあげる。その顔は泣きそうに歪んでいた。


 だが魔性はエリシナの言葉を無視して、ゲインに剣を向ける。


「……へっ、上等だぜ。お前が次に仕掛けてきた瞬間、こっちが殺してやる」


 すでに地面に這いつくばりながらも、相変らず強気なゲイン。


 何かを企んでいるようだった。それはおそらく、死を伴う覚悟なのだろう。


 自滅を予見させるゲインの『ソ』を感じ取ったエリシナは、言葉を失くす。

 

 そして躊躇いなくゲインに落とされる剣。


 ゲインの手が魔性に向かって伸ばされた――その時。


 その剣先は、ゲインの鼻頭に触れる直前で弾かれた。



「――おいお前、我の足元を穢すでない」



 兵士や魔術師が総倒れの惨状にもひるまず、毅然として現れた国王――エゼルノワーズは、コウを真っ直ぐに見据えて、口角を上げた。


 続けざま、エゼルノワーズの細剣はコウの目を狙う。


 するとコウは舌打ちし、エゼルノワーズの前から飛び退いた。

  

 エゼルノワーズがじわじわと魔性との距離を詰める中――


 ゲインが危機を回避したと知って、エリシナは安堵の息を吐いた。


「…………いっ……」


 息をすれば、エリシナの胸の傷がさらに熱と痛みを伴った。


 エリシナは自分の残骸で傷を塗り込めて応急処置を始める。治癒まではいかないが、死は免れるだろう。


 エゼルノワーズと魔性コウが黙然と対峙するかたわら。


 エリシナは両手をついて半身を起こし、ゲインの様子を見る。


 頑丈が取り柄のゲインは、あれだけの攻撃を受けながら、自力でエリシナの元まで這いつくばって移動していた。


「……ゲイン……あなた、不死身なの?」


「お前を置いて死なねぇよ」


「言ってなさい」


「それにまだ育てねぇといけないやつがいるからな――にしても、やつはなんなんだ? まるで本物みたいな『ソ』をしていやがる」


 ゲインは余裕ぶって笑うもの、その拳は震えていた。『ソ』を読まなくても、悔しさは伝わった。


 エリシナはゲインの拳をそっと両手で包むと――遠くで睨みあう魔性と覇王を鋭い眼で見守った。

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