第47話 幼気な少年はもういない
幸がガラにもなく慰めの言葉をかけると、エリシナはしばらく放心状態で幸を見ていた。
エリシナの視線に落ち着かない幸は、掃除用具を片付け始める。
「夜の書院は魔力が溜まるからよくないんじゃありませんでしたっけ?」
くすぐったい雰囲気をはぐらかすように幸が指摘すると、エリシナは目の端に涙をためたまま、ふわりと笑う。
「コウくんったら恥ずかしがり屋さんね。……ありがとう。アリシドがあなたを残してくれて――本当に良かった」
「そういうの、やめてください」
「辛い?」
「ええ。アリシドになれなくてすみません」
「いいのよ。あなたは――」
――――その時だった。
突然、隕石が降るような轟音が王城を激しく揺さぶり、テーブルや書棚が震えた。
幸とエリシナは顔を見合わせて書院を出る。
広い回廊は、城の異常に気付いた者達でごった返していた。
だが何が起きているのかまでは確認できない。
「コウくん、アカルミハエイと一緒にいなさい」
血相を変えるエリシナに、幸は目を瞬かせる。
「え? でも、魔術書を書院から出すのは良くないんじゃ……?」
「今あなたの身を守れるのはアカルミハエイだけでしょう? 私は何が起こっているのか見てくるわ。あなたは書院に鍵をかけて、アカルミハエイと一緒にここで待機してなさい――そして何かあったら、アカルミハエイに守ってもらうのよ?」
「……わかりました」
アカルミハエイを完全に制御できるわけではないが。非常事態ということで、幸はエリシナに従った。
心配をかけることで、エリシナの足を引っ張るわけにもいかない。
幸が頷くのを見て、安心したエリシナは回廊の先を真っ直ぐ駆け抜ける。
エリシナが向かった方角を確認した幸も、慌てて書院に戻る。
――――が。
「……アカルミハエイはどこだ?」
書院の奥で眠っているはずのアカルミハエイが見つからず。
幸は慌てて書棚を漁った。
窓の外はすでに夜が深い。
月が雲に隠れると、明かりさえかき消されるような闇になる。
手元が見えづらくなり、幸は手探りで
すると、書院内が明るくなった瞬間、散乱した無数の書物が幸の目に飛び込んでくる。
「片付けたはずなのに……どうして? それにこの『ソ』は……」
書院内に漂う冷気。
刺すような冷たい風が頬を撫でて、幸の背中に震えが走った。
どこかで感じたことのある陰気な『ソ』に気付いて――幸はゆっくりと振り返る。
「ようやく見つけた――もう一人のグインハルム王」
煌々と火器に照らされた少年の顔を見て、幸は大きく見開く。
「……どうして……ライズが? それにこれは……」
憂鬱な気分を招き寄せるような陰気な『ソ』。
それは幸が王城で最も苦手とする彼女のものだ。
「これはレイエンの……『ソ』? どうしてライズが……」
「さすが、王は違うな。『ソ』を絶妙にかぎわけられるのか」
ライズは太い書物を見せつけるようにして持ち上げる。
幸が探していたアカルミハエイ――『焔の書』だ。
「アカルミハエイをどうするつもりだ?」
いつもと違うその様子に、嫌なものを感じた幸は、ライズを険しい顔で睨みつける。
ライズは無邪気に笑っていた。だがその顔は、どこか暗い感情を含んでいるように思える。
幸がアカルミハエイの身を案じていると、ライズはやや興奮気味に告げる。
「お前をずっと探していたんだ――もう一人の王を」
「もう一人の王? どういうことだ?」
幼い顔をした少年は、アカルミハエイを見せつけながら、ゆっくりと幸に近づいてくる。
「隠しても無駄だぜ? お前の青い葉は、決して嘘には出来ないんだから」
「青い葉……お前もアレを見たのか?」
「ああ。窓に細工をして、見えていないふりをしていた。だが噂は本当だったんだな。グインハルムに王は二人いた」
「……どういうことだ?」
「とぼけるな! お前はエゼルノワーズを操る王なんだろ? だから俺は――お前を許さない。俺の大事なレイエンを奪った――エゼルノワーズも、お前も」
「レイエンを奪った? 何を言ってるんだ?」
「――ふん。国王陛下には『殺し合い』なんて大したことじゃないのか。自分も混ざって遊んでいたくらいだからな――俺もすっかり騙された。だが、お前が他の者とは違うことくらい、最初からわかっていたんだ」
「何を言ってるんだ――」
ライズは何かを勘違いしている様子だった。
しかし彼は幸の言うことなどまるで聞かず。自分に酔いしれるように語った。
その思い込みの激しさに口を挟む暇もなく、幸がただ困惑していると――
さきほどの純朴な少年と同一人物とは思えない激しさでライズは告げた。
「レイエンは去年の『殺し合い』に参加して死んだ――俺の姉だ!」
「ライズの……姉? だったら、あのレイエンはなんなんだ?」
「
「……人間じゃないのか?」
「ああ。だから今頃は――お前の大事なアカルミハエイの姿で、城内を暴れ回っている頃だろう――これでお前の時代は終わりだ」
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