第46話 異端者の恋


「……ごめんなさい、取り乱してしまったわ」


 アリシドの話を聞いて泣き崩れたエリシナに対して、幸はどう言葉をかけて良いのかわからず。


 黙って見守っていれば、エリシナはすぐに自分で立て直し、恥ずかしそうに微笑んだ。


「嫌だわ。泣くのなんて何年ぶりかしら――失恋して以来かもしれないわ」


「……えっと」


「そんな気を遣わなくていいのよ。実は私、アリシドに失恋してグインハルムに来たのよ」


「え」


 思わず驚いて声をあげてしまい、幸は咄嗟に自分の口を手で塞いだ。


 アリシドの元婚約者というからには、何か事情があって離れ離れになってしまったのだろうが――てっきり、仕事の都合か何かだと思っていた。


 幸が気まずい顔をしていれば、エリシナはそんな幸の額を指で小突いた。


「だから、気を遣わなくていいって言ってるでしょ? 私とコウ君の仲なんだから」


「誤解を招く言い方はやめてください」


「そういうところだけはサッパリしてるわね。それに誰もいないから、誤解されることもないわよ」


「ここには、わりと色んな人が入ってきてますよ? 俺が書院に配属されるまでは、意外とセキュリティがザルだったんじゃないですか?」


「とにかく! 私があなたの世話役である以上、あなたに変な気を回されるのは嫌なのよ」


「わかりました。失恋の理由について聞いてほしいんですね?」


「……可愛くないわね。もっと言い方があるでしょ」


「気を遣うなって言ったのはエリシナさんですよ」


「……コウ君と話していたら、なんだか切ない気持ちも吹っ飛んでしまったわ。でも、アリシドの事を穏やかな気持ちで語れるなら――悪くはないわ」


 エリシナは自嘲して紅茶のおかわりを酒のように煽ると、豪快に息をついた。


「あいつはとにかく、リビンレストの教え、リビンレストの教え、ってうるさいのよ! こっちが頑張って色仕掛けで勝負して、きわどい服着たって『寒そうだね』しか言わないんだから!」


「エリシナさん、紅茶で酔ってるんですか?」


「酔いたくなるわよ――結局、私じゃなくて神様と結婚しちゃったし――……でもそれは、私のせいなんだけどね」


 エリシナは勢いよく吐きだしたあと、今度は淡々と言った。


「……私ね……アリシドに何度も何度も迫って、ようやく婚約者の座につくことができたの。幼い頃からずっと一緒だったし、アリシドも私のことを嫌いじゃないのは知ってたわ。孤児院の先生になるなら、未婚でないといけないから――ちょっと迷ってはいたけど。でも、私のことを選んでくれて、本当に嬉しかった。ただ……私は運が悪かったのよね。五年前、ちょうど結婚が決まったと同時に、私が『殺し合い』でウェルガルの代表に選ばれたのよ」


「……それ、ゲインから少しだけ聞きました」


「そう。ゲインが言うと、どうしても笑い話になってしまうのよね。――実際は、きつかったわよ。私、どうしても生き残って帰りたくて、たくさん殺したもの」


 エリシナは震える右手を、左手で隠すように包み込んだ。


「私はその頃、魔術師としてけっこう名を馳せていたのよ。でもリビンレストの教えを尊び、自然を愛する多くのウェルガル人にとっては異端だったの。私は自然の摂理を捻じ曲げる存在だから――厄介払いとして、『殺し合い』に参加させられたのよ。


 それをアリシドが猛反対して、私の代わりに『自分を殺し合いに参加させて欲しい』って言ったの。だけど私もアリシドを死なせたくなくて――


 だから私がめちゃくちゃにしたの。あの人が優しくて臆病なことは知っていたから……私が大蛇になって、アリシドを脅して叩きのめしたの。……それなのに……あの人は……それから毎年『殺し合い』に志願するようになったのよ」


 エリシナは掌で口元を覆い、決して嗚咽を洩らさないようにしていた。


 そんなエリシナを黙って見ていた幸だが――ふと思い出して訊ねる。


「……そういえば、エリシナさん。俺にアリシドの『ソ』がついてるって言ってましたよね?」


 唐突に幸が訊くと、エリシナは不意を突かれたように瞠目する。


「…………ええ」


「だったらそれは、エリシナさんに会うためじゃないですか? 俺をウェルガルに行くように仕向けて――アリシドはエリシナさんに会うためについてきたんでしょう」


 幸がそう告げると、窓も開けていないのに、風が吹くような気配がした。

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