第41話 違和感を消す必要がない


「じゃあ、入口で――ここで待っていてください」


 幸が丁重に告げると、ライズは怪訝な顔をする。


「は? なんで俺が待たないといけないんだ」


「……書棚がちょっとした事故で崩れているので、少しだけ整理したいんですが」


「長くは待たないからな」


「……わかりました」

 

 ライズの遠慮のなさに辟易へきえきしながらも幸は頷いた。


 昨日は、国王といることが一番の苦痛だと思っていたが、そうでもなかった。


 ライズは貴族らしい貴族だった。今までどんな我儘でも通ってきたのだろう。この少年は退くことを知らない。


 上流の相手をすることに慣れない幸は、カウンターの奥に入るなり大きく息を吐く。


 同じ貴族でも、武人気質のエリシナやゲインとは全く違っていた。王国のブレーン候補ともあれば、他人を従えることが仕事なのかもしれない。


 幸は入口に置いてきたライズを何度も振り返りながら、書院奥にまで足を運ぶと、大きな硝子の格子窓を解放する。

 

 窓に近い大木は、やはり青い葉をつけていた。


 それどころか、先日に比べさらに色を濃くしているように見える。


(本当にこれは俺のせいなのか……?)


 青い葉が幸のせいだとは未だ信じられないもの、自分の立場を悪くするようなものは早々に消しておくに限る。

 

 幸は周囲を見回し、近くの書棚にあったアカルミハエイの魔術書を手に取る。


「起きてくれ、アカルミハエイ」


 今の幸がアカルミハエイを起こすのに、詠唱は必要なかった。エリシナから言えば、それもまた脅威らしい。


 幸が魔術書を揺らすと、アカルミハエイは小さく唸りながら小さな少女に変わる。


「おはよう、コウ。どうしたのぉ? そんな怖い顔して」


「朝から悪い。実はお願いがあるんだ。窓の外にあるアレを燃やしてほしい」

 

 幸が「頼む」と言えば、アカルミハエイは伸びをしながら窓の外を見た。

 

「窓の外って何? 木しかないけど」


「その木だ。手前の青い葉をつけたやつ」


「なんで? いちばん綺麗だよ」


「美醜の問題じゃない。理由はまた今度話すから――今は聞いてくれ」


「うーん」


「――木を燃やすのか? どうしてだ?」


 話の途中、自分よりも高い少年の声がして、幸の背中にぞわりと怖気おぞけが走った。


 いつからそこにいたのか。


 近づいてくるまでその気配に気付かなかった。


 魔術であるアカルミハエイとは違って、人間の『ソ』は、顔を見なくてもニオイのように漂ってくる。


 いつもなら仰々しいほど『ソ』を振りまいて歩くライズの接近を予測できなかったことに、幸は愕然とする。


 だがマイペースなライズは幸の動揺には気づいておらず。相変らず尊大な態度でもって話しかけてくる。


「何を一人で大騒ぎしてるんだ? 木を燃やすだのなんだの、物騒なやつだな」


「……いや、ごめん」


「しかも王樹を燃やすなんて、不敬罪だぞ。お前は死にたいのか? ――で、燃やすのはどの木だ?」


 ライズが幸を押しどけて窓に近づこうとする。


 幸は慌てて止めようとするが――。


「こんな風に、清廉な乙女のごとく美しく咲き誇る王樹の価値なんて、お前にはわからないのだろうけどな――」


 ライズは窓の外をうっとりと眺めて言った。


 幸も青ざめた顔でライズと同じ方向におそるおそる目をやる――が、そこにあるべきものがなくなっていることに瞠目する。


「……なんで」


「なんだお前、バカみたいな顔して。まあ、バカなんだろうが」


「え……いや、その」


「それで、どうして王樹を燃やすなんて言うんだ? わかった! 嫌がらせのつもりなんだろう! お前ごときが陛下に敵うわけがないからな。ウェルガルが押さえられた報復のつもりだな? 地味な嫌がらせにもほどがあるな」


「……いや、そんなんじゃない……です……視界を広げるために、庭の木を整理したほうがいいと……陛下に言われたので」


「なんだ、そんな話か。だったら、大騒ぎするほどのことでもないじゃないか。……まあ、この俺様をさしおいてお前に言いつけるくらいだから、そんなもんか。――だがまあ、その程度のことであれば、俺が出るまでもないな。俺は授業で扱う魔術書を物色するから、お前はその間にでも、なんとかしろよ」


「……はい」


 木の伐採と聞いてあっさり興味を失くした少年は、書棚を漁り始める。


 幸は窓の外を見ながら、呟くように言った。


「……これは、お前がやったのか? アカルミハエイ」


 ライズがやってきた時、咄嗟に本の山に隠れたアカルミハエイが、小さな頭をのぞかせる。


『違う。あたしじゃないわよ』


『なら、どうして青い葉がなくなっているんだ?』


『さあ、知らない。あいつが来た時には、もう青い葉はなくなっていたもの』


『……そうか。まあ、逆に助かったのかもしれない』


『もうあの木を燃やさなくていいの?』


『ああ。いきなり起こして悪かった』


『じゃあ、あたしまた眠るね。昨日の夜も人間の姿になったから、ちょっと体の調子がおかしいの。だからオヤスミナサイ』


 アカルミハエイは幸の胸にすり寄ると、本の姿に変わる。


 幸は胸に抱いた魔術書を、そっと元の場所に戻した。



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