第38話 訝しい


 レイエンが再現した偽アカルミハエイは、本当によくできた魔術だった。


 エゼルノワーズが命令すれば、歌い、踊り、炎さえも操り――まるで本物をコピーしたようなまがい物。精巧すぎて逆に不安にさえ思う。


 幸は都合の良すぎるレイエンの登場に、少々違和感を感じていた。


 だがレイエンのおかげで危機を脱したのもまた事実であって。


 とりあえずエゼルノワーズが納得したようなので、ここは素直に偽アカルミハエイを使わせてもらった。


 レイエンにはあとできっちり借りを返せば良いのだから。


 ちなみにエゼルノワーズはというと、偽アカルミハエイを長い時間かけて調べていた。


 高潔な一面を見せたかと思えば、純粋な子供のような目で偽アカルミハエイを見つめる姿を見て、レイエンのこと以上に、幸の頭は混乱する。


 実際、エゼルノワーズとはどういう人物なのか。


 戦好きの国王を落ち着かせるために作られたという『殺し合い』。


 その『殺し合い』で出会ったエゼルノワーズは確かに恐ろしく、幸は生死を彷徨ったわけだが。


 『殺し合い』という特殊なフィールドを出てから、エゼルノワーズが戦に出た話は聞かない。


 いつも戦場に赴くのは、ベアリスのほうだが――ゲインに騎士姫の話をした時は、首を突っ込まない方が良いと警告された。


 だがたとえゲインに止められても、グインハルムに秘密があるというのなら、幸はそれを知りたいと思う。


 王城での暮らしは、アリシドの命を奪った責任と引き換えにあるものだ。


 恩人に報いるなら、まずはグインハルムという国を知らなければならない。


 ウェルガルのために出来る事を探すためにも、足元から辿る必要があった。ウェルガルはグインハルムの手中にあるのだから。


 幸は短い逡巡のあと、エゼルノワーズを近くの椅子に座らせて自分は床に座る。


 またアイは限界だったようで、奥の書棚に隠れるようにして眠った。


 そして静かになったところで、幸は口を開く。


「陛下は動物がお好きですか?」


 唐突に訊ねると、膝に小さな偽アカルミハエイを乗せたエゼルノワーズは、首を傾げる。


「――動物? メントンの肉は好きだ」


「いえ、食べるほうではないです。愛でるために動物をそばに置くことはありますか?」


「ああ、我は駿馬しゅんめが好きだ。だが、それがどうした?」


「いつか陛下に献上できるものがありましたら、と思いまして。参考に聞かせてください。――それで、陛下は馬を直々に飼いならされたことはありますか?」


「ああ、以前、仔馬を貰ったことがあってな。我が世話をしていた」


「その馬は、今も陛下が管理されているんですか?」


「いや。あれは少し前に死んだ」


「……それは、大変失礼しました」


「なに、かまわぬ。あれがいなくなった時は、たいそう取り乱したがな」


「いなくなったんですか?」


「……ああ」

 

 エゼルノワーズは過去の痛みを噛みしめるように、苦い顔をして沈黙した。


 かと思えば――少しして、自ら言葉を繋ぐ。


 幸はエゼルノワーズという人間の一挙一動に注目しつつ耳を傾ける。


「……見つかった時には……ふたつに分けて、埋められておった」


「……ふたつに……?」


「そうだ。我を国王と認めない輩が、下劣な行いを」


 エゼルノワーズは驚くほど素直に語った。


 そのまっとうな答えに、幸は眉間を寄せる。


 エゼルノワーズの言葉に嘘偽りないことは『ソ』でわかる。


 加虐傾向にある人間は、動物に虐待を加える可能性が高いと聞いたことがある。エゼルノワーズの人となりを知ることができれば、と思ったが。


 それが、とんでもない方向に転んだ。


 幸はさらに重ねて訊ねる。


「それはとても残念でしたね……せっかく陛下が手塩にかけて育てた馬を……馬鹿な人間がいますね」


「ああ。どうやらうまやに他国の間諜が潜んでいたようでな。身の程を知らぬ愚民は、ベアリスが始末したわ」


「……そうですか」


 主君を守るため、常にエゼルノワーズのそばにいる騎士姫。


 その存在を国王はまるで自らの手足のように語っていた。


 幸は慎重に言葉を選ぶ。


「ベアリス様は騎士のかがみですね。陛下をあらゆる厄災から守るその姿が素晴らしいです」


 自分でも笑えるほど饒舌じょうぜつだった。エゼルノワーズの威圧感は相変わらずだが、それに耐えてでも、幸は国王と向き合った。


 またそんな風に堂々と語らう幸を面白いと思ったらしい。エゼルノワーズは口元をくつろげて言った。


「そうだな。あいつは何ごとも先回りして始末しよる。まるで未来さきでも見えているかのようにな」


「先回り? 陛下の馬に手をかけた間諜は……ベアリス様が見つけたのですか?」


「そうだ。あいつはよく勘が働きよる。我にとって唯一無二の騎士姫だ」


「……俺には一生爪先すら追いつけそうにない存在です」


「本当にそう思うか?」


 その時、目の前に赤い火花が散って――幸は反射的に身を傾ける。


 幸が座っていた場所に、突き刺さる豪奢な短剣。


 不意打ちを綺麗によけた幸を見て、エゼルノワーズは笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る