第37話 意外な展開


「なんだ、お前は」


 国王を前にして頭を下げるでもなく、愛嬌をふりまく『アイ』に、エゼルノワーズは目を丸くする。


「あたしはアイ。よろしくね陛下」


「うむ。お前はもしや、書院の守り番か。国宝に問題はないか?」


「やだ、国の宝だなんて、嬉しいじゃない! さすが陛下だわ。エリシナのオニババとは大違い!」


「アイ、ちょっと来い」


「え? なに? コウ」


 エゼルノワーズに持ち上げられて、ご機嫌なアイだが――幸はその首根っこを掴み、国王とやや距離を取る。


『どうするんだよ。陛下は魔術を見に来たんだぞ』


 幸が囁くように言うと、アイは不服そうに口を尖らせる。

 

『じゃあ、元の姿に戻してよ』


『俺が他人の前で魔術を使うことは禁止されてるんだ』


『でも国王って一番偉いんでしょ? 嘘なんかついていいの?』


『……それはよくないかもしれないが、場合にもよるだろ。頼むから、見えないところでアカルミハエイに戻ってくれ』


 幸とアイが密談するかたわら、不審に思ったエゼルノワーズが睨みつけてくる。


 エゼルノワーズの気の短さを思い出した幸は、慌てて彼の元に戻った。


「お前たち、何をしておる。我はアカルミハエイを見に来たのだぞ」


「申し訳ありません、陛下。アカルミハエイを奥の棚から持ってきますので――ほんの少しだけお待ちください」


「歴代の偉大な魔術師に敬意を払い、我が出向こう」


「え、いや、その」


「守り番よ、案内せい」


 エゼルノワーズの意外な礼儀正しさに動揺した幸は、慌てて止めようとするもの、うまい言い訳が見つからず。

 

 いつになく取り乱す幸を置いて、エゼルノワーズは書院の奥へと進んだ。


「何をしておる。早くお前も来ぬか」


 エゼルノワーズに促され、アイを元に戻せないまま幸は書庫へと移動する。


 アイに視線を送ると、彼女は「知~らない」と呟いて幸のうしろに続いた。


 エゼルノワーズは書庫にやって来ると、凛とした顔で静かにこうべを垂れた。


 窓から差しこむ光を浴びたその姿は、真摯かつ潔く。


 戦好きの王とは思い難い雰囲をかもしている。


 その清廉な姿を前に衝撃さえ覚えた幸は、思わず息をのんで見守った。


「偉大なる魔術の衆よ、われがその御身に触れることを許したもう。ひいては、われがその叡智を手に永久とこしえの安寧を約束する。魔術のゆりかごたる書院に安らかな眠りがあらんことを」


 エゼルノワールは短い黙祷を捧げたあと、ゆっくりと幸を振り返る。


「何をしておる、早くアカルミハエイを見せぬか」


「……はい」


 その変わり身の早さに、幸は呆気にとられる。


 エゼルノワーズが祈りを捧げる間にアカルミハエイを元に戻すべきだったと後悔した。


 だがもう遅い。すっかり待ち構えているエゼルノワーズをこれ以上待たせることもできず、幸はとうとう覚悟を決めてアイを手招きする。


 そしてアカルミハエイの名を呼ぼうとした――その時。


 虫の羽音のようなものが書院の入り口から聞こえ、幸は振り返る。


 見れば、てのひらサイズの少女が頭上を飛び回っていた。


「……あれ? あたし?」


「アカルミハエイが……もう一人?」


 アカルミハエイそっくりな少女は、書院の中を飛びまわったあと、エゼルノワーズの前でスカートをつまんでお辞儀をした。


「陛下、お初にお目にかかります。アカルミハエイと申します」


「おお、そなたが偉大なる魔術か」


 実物よりも礼儀正しいアカルミハエイを見て、幸とアイは顔を見合わせる。


 エゼルノワーズはてのひらサイズの少女がいたく気に入った様子で、彼女を手に乗せて眺めていた。まるで新しい玩具を見つけた猫のようだ。


 アカルミハエイの羽や服を容赦なく引っ張って検分していた。


 エゼルノワーズが真剣にアカルミハエイを観察する中。そんな彼を幸は何がなんだかわらかず、複雑な顔で見守っていたが――ふいに誰かが呼ぶ声がして、辺りを見回した。


『こちらです』


 幸はカウンターのうしろから頭をのぞかせる少女を見つけて、大きく見開く。


 そこにはレイエンの姿があった。


『レ、レイエン――どうして?』


『お困りのようでしたので差し出がましいとは思いましたが、助力させていただきました』


 レイエンは相変らず陰気な空気を背負いながら、笑ってみせる。


 幸は偽アカルミハエイに夢中のエゼルノワーズをアイに任せて、レイエンが隠れているカウンターで一緒に屈みこむ。


『どうして困ってるってわかったんだ? それにどうして君がここに?』


 幸が訊ねると、レイエンは相変らず不気味に笑いながらも正直に答えた。


『ライズ様に頼まれて書院の偵察に来ました。すると、たまたまあなたがひどく取り乱しておりましたので。アカルミハエイを呼びだせないのだと気づいたのです』


『ライズのやつ……陛下が俺と一緒にいるのが気になったんだな。でも、助かった。その通りだ。本当に、アカルミハエイを呼びだせなくて困ってたんだ。でも、あのアカルミハエイはいったいなんなんだ?』


『あれは、魔術で作った人形です。この間、治癒の魔術を使った際、アカルミハエイの組織を覚えたので――ですが、誤解しないでください。私はあなたのためにアカルミハエイを作り出したわけではありません。これはあくまで国王陛下のためですから』 


 レイエンは見下すように笑って、身をひるがえした。


 彼女が嘘をついているようには見えなかったので、幸は納得して「ありがとう」とだけ言っておく。


『あなたのためではない、と言っているでしょう。ですが、完璧に模写することが出来て良かったです』


 レイエンはそう言って、まるで音をさせずに書院から出ていった。

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