第24話 意外と優しい


「アリシドは老師と同じ、ウェルガルの魔術師なのか?」


 幸の向かいに座るアリスが複雑な顔で訊ねる。


 何か誤解されているようなので、幸は正直に告げた。


「俺は魔術師じゃない……それどころか読み書きも出来ないんだ。だから、学ぶために本のある場所ここで働くことを希望した」


「だがお前は、アカルミハエイを読んだのだろう?」


「それは俺にでも読める字だったからで――俺は文字が読めないんだ」


 幸が説明したところで、アリスの疑念が晴れる様子はなかった。


 魔術を使うことは、よほど特異なことらしく、むしろ警戒の色が強まっているようにも見える。


 だからといって身元を証明できるはずもなく、幸が黙り込むと――アカルミハエイが間に入って説明を始めた。


「その子、文字の意味インを自分でも理解できる『ソ』に変えて、文字を読み解いてたわよ」


 アカルミハエイが指摘すると、アリスが目を丸くする。


「馬鹿な!……魔術を扱えない者にそんな芸当が出来るものか? それとも、使えるものを使えないと嘘をついたんじゃ――」


「もう、アリスったら疑り深いんだから。……たまにいるのよね、万物の『ソ』を読み解ける素質者が。――魔術師になるしかないような人間が」


「なるほど……それで、アカルミハエイの言葉も読み解いているというわけか?」


「そういうこと」


 ようやく話に決着がついたらしく、アカルミハエイのおかげで疑心暗鬼だったアリスの顔が、少し明るくなる。


 しかし、今度は幸のほうが気になる番だった。


「『ソ』とか、『イン』とか、どういうことなんだ? 俺はどうしてここにある本が読めたんだ?」


 幸が訊ねると、アリスは少し口調をやわらげてこたえる。


「『ソ』も『イン』も知らないとは……魔術を知らないというのは本当みたいだな。いちから説明するとなると長くなる――そういった魔術の基礎はさておき、理由を簡単に言えば、お前の体が翻訳機能を作り出したということだ」


「俺の体が?」


「ああ。エリシナに襲われたことで、生存本能が働いたのだろう。ちなみにお前は気づいていないだろうが――『焔の書』は他国の魔術であって、ここにいるアカルミハエイは、他国の言葉で話しているぞ」


「……アリスとアカルミハエイの言語は違うのか?」


「そうだ。アカルミハエイは数百年も昔に滅んだ国の言葉を操っている。私は古典魔術にも通じているから聞き取れるが――アカルミハエイと話せる者は、そう多くはないだろう」


「俺はてっきり、言葉の通じる魔術でも使ってると思ってた」


「確かにそういった魔術もあるが、『言術げんじゅつ』はそれほどハッキリと聞き取れるものではないぞ」


「……そうなのか」


「おそらくお前は、相手の言葉が持つ意味インを自分の言葉えて使っている。しかも自分の言葉の意味インを他人の言葉えて伝えることも出来るらしい」


「だから、城の人とも違和感なく話せたのか……?」


「お前は『言術げんじゅつ』を使う人間から、『言術』の作り方まで読み取ったのかもしれない」


「よくわからないが……とりあえず言葉に困ることはないということか?」


「それに読み書きも、だ。――しかし」


「なんだ?」


「だったらお前は宮廷書院ここに来るべきではなかったのかもな」


「どうして?」


「宮廷書院にある書物がなんなのか、お前は知っているか?」


「さっきアカルミハエイからは、魔術師の遺産と聞いた」


「そうだ。ここにある書物は、全ていにしえの魔術師が作った魔術だ。これを全て読み解けば、おそらくこの国は――――ほろぶぞ」


 アリスは冗談めかして言うが、空笑いだった。


 突然の不穏な話に、幸は固唾を飲む。


 幸が見たアカルミハエイは、確かに恐ろしい魔術だった。それが何万冊もあるとすれば、国が滅びてもおかしくはないだろう。


 畏縮して青ざめる幸を見て、アリスは苦笑する。 


「ここにある本が危険物だということはわかったようだな。だから管理は慎重じゃないといけない。お前のように、魔術師として身を守るすべを持たない者は、読むつもりがなくても、読むように仕向けられることもある――今回のようにな」


「危険物だなんて失礼ね! あたしはこの子を守ったんだから!」


 アリスに危険物扱いされて、ぷりぷりと怒るアカルミハエイを無視して、アリスは続ける。


「理由はどうあれ、アリシドには無駄に『ソ』を読む才能があるようだから、うっかり読んでしまっては、洒落にならんぞ」


「無駄って…………まあ、確かに無駄と言えば無駄だけどな」


「それでアリシドは、王宮の魔術師を目指す気はないのか?」


「その仕事が、この先どういった場面で活かせるかにもよる。今はウェルガルの国があまりよく思われてないんだろ? 破壊する力があったところで……俺が危険人物認定されても困る」


「だったらお前は……どうしたいんだ?」


「いつかウェルガルという国を支援できるようになりたい。俺に出来ることがなんなのか……まだよくわからないが」


「……そうか。お前の思う道は、決して簡単ではないが――私は他人のこころざしを肯定も否定もしない。お前の考えは、何ものにも縛ることが出来ない、お前だけのものだからな」


「ありがとう」


「礼を言われる覚えはないが?」


「いや……そうやって否定しないでくれると、俺にも何か出来るような気がして、嬉しいんだ」


「そうか」


「――やだあ、そこの二人ってば、なんか良い雰囲気ねぇ」


 いつの前にか、アリスとの距離が縮まっていることに気付いて、幸はなんとなく咳払いをする。


 そんな風に照れる幸を見て、アリスは小さく笑った。






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