第23話 息吹く魔術の精
「これ……どうしろって言うんだ……」
幸は自分にしがみついて眠る
宮廷書院に着くなり、大蛇と化したエリシナに襲われた幸だが、なんとか危機を脱したもの――意識を失ったエリシナは、いまだ眠り続けたままだった。
せめてエリシナが起きる前に、散乱した書物を片付けたいのだが、エリシナがしがみついて離さない以上、隅っこで大人しく座ることしかできず。
そのうちエリシナを抱えて座ることに、疲労を感じ始める幸だが――それに比べ、いつまでも起きる気配のないエリシナは、思いのほか幸せそうな顔をしていた。
さきほどの大蛇と同一人物とは思えないその寝顔を見ながら、幸は今後の生活を不安に思う。
アリシドの知り合いに会うリスクについては、何度か考えていた。
アリシドを慕って暴動を起こす人間がいるのだから、幸が歓迎されないことも予想がついていた。
今回はなんとか助かったもの、何度もエリシナのような人間と対峙する自信もない。
「……それにしても、アカルミハエイってなんだったんだ……」
幸は壁に寄り掛かりながら、何気なく呟く。
そんな疑問を口にしたところで、返ってくる言葉なんてない、
――――はずだった。
「――あら、それは魔術師の遺産のことよ」
突然こだました声に、思わず幸は
座ったまま書庫内に目を配るもの、人の姿は見当たらず
「こっち、こっち」
「うわぁああああああ!」
ようやく視界に捉えることができた『それ』を見た瞬間、幸は自分でも驚くほど大きな声をあげていた。
そんな幸の反応を見て、眼前をふわふわと移動する『それ』は、したり顔で笑う。
幸の前に現れたのは、掌サイズの少女だった。小鳥のような少女の背中には蝶の黒い羽がついており、幸の頭上を忙しなく飛び回っている。
常識を超えたその存在に、幸は青ざめる。
姿は小さいが、エリシナの大蛇よりもインパクトがあった。
「なんだこれ……おい、ちょろちょろしないでくれ、目がまわる……」
「コレとは失礼ね! でもいいわ、あなたなら許す」
自由奔放に飛び回る少女はそう言って、幸の立てている膝頭に止まった。
果実のように軽い少女を、幸が食い入るように見つめていると、少女は幸の膝に爪先立ちし、小さなスカートをつまんでお辞儀をする。
「はじめまして、魔術師」
「魔術師? なんのことだ?」
「あなた、私を『読んで』くれたじゃない」
「……『よんだ』? ……君を呼んだ覚えはない。さっき、『焔』という本なら読んだが」
「そうよ、それそれ。あたしの名前はアカルミハエイって言うの」
「アカルミハエイ?」
「あなたが読んだ『焔』の書よ。その昔、偉大なる魔術師に創造された魔術のひとつ」
「君は魔術なのか?」
「もっちろん。知らないの? ここにある書物は全て魔術師の遺産なんだから」
「魔術師の遺産……」
「あなたにはお礼を言わなきゃね。あのお高くとまったエリシナを叩きのめすことができてスカッとしたわ。――あなたのおかげよ」
「叩きのめすって……君は、炎なのか?」
ぺろりと舌を出した少女は可愛いが、言っていることは毒々しい。
火だるまになったエリシナを思い出して、幸は身震いをする。
だが、アカルミハエイは無邪気に笑っていた。
「だって、エリシナってば、掃除もしてくれないの! もうちょっと私を大切に扱ってくれたってイイじゃない。いつもいつも、私のこと睨みつけてばっかで、手にとろうともしないしさ。せっかくここにいてあげてるのに、ストレスばっかりなんだから――」
「――魔術とは接触するべきではないからだ。下手に接触をすれば、お前のように勝手に発現するやつがいるからな」
不満を爆発させる少女に対して、幸が何も言えずにいると、また別の声が増える。
落ち着いた口調、それでいて透き通る声はアカルミハエイを
掌サイズの少女は、書庫に入ってきた
やってきたのは、幸の同級生に瓜二つの少女――アリスだった。
「アリス――どうしてここに?」
「すまない、私がお前を書院まで案内するようにと言い付かっていたのだが、急な仕事が入って遅くなった――だが、私が来るまでもなかったようだな? ……君はさっそく老師と仲を深めたらしい……」
散乱する書物の間を縫うようにしてやってきたアリスが、無表情で言った。
その目には、
「いや、これは違うんだ!」
幸は慌ててエリシナをどけようとするが、熟睡のエリシナは相変らず幸にしがみついて離れず――幸は諦めて溜め息を落とす。
アリスはそんな幸に構わず、幸の肩に隠れるアカルミハエイを睨みながら淡々と告げた。
「事情は知らないが……アカルミハエイが出現しているところを見ると、アリシドは魔術書を読んだのか?」
「悪い……実は、エリシナさんと少しやりあって、その時に偶然目に入った本を読んだら、エリシナさんが燃えて、こいつが出てきたんだ……」
「そうか」
幸の説明にもならない説明で、アリスは納得したように頷く。そして、幸の肩口で震えるアカルミハエイを指でつまんで持ち上げる。
「お前、アリシドを操ったな?」
アリスに顔を近づけられて、アカルミハエイが「びええ」としゃがれた悲鳴を洩らす。
アカルミハエイは、アリスのことが苦手なようだった。
「ちちち、違うの! あたしはこの子を助けたかっただけなの!」
「助ける?」
「そうよ、『本は命よりも大事』って言ってくれたこの子が、エリシナに殺されそうになってたもんだから、あたしが手を貸してあげたの!」
「俺はそんなことを言った覚えはないが……」
首を傾げる幸に、アリスは眉間を寄せて問う。
「老師の怒りを買うなんて……お前は、いったいどんな
「不埒なんて働いてない」
幸はかぶりをふって否定するもの、それを証明することもできず――困惑していると、そんな幸にかわって、アカルミハエイが言った。
「なんかわかんないけど、頭でっかちエリシナが錯乱状態でその子に襲いかかってたんだから! その子は悪くないわよ!」
しかし、アカルミハエイがフォローしたところで、アリスは疑いを解かなかった。
アリスは下品なものでも見るような眼で幸を凝視している。
エリシナに恨みを買っていることもあり、どうやって説明すれば良いのかもわからず幸は頭を抱える。
「あの穏やかな老師が人を襲うなんて……信じられないな」
「――はあ……もういい。勝手になんとでも思ってくれ……そんなことより、エリシナさんを看てくれないか? それで、俺を治した時みたいに、この人も治療してほしい」
いつまでも進まない話に、諦めた幸が投げやりに言うと、アリスは素直に頷いた。
そしてさっそく触診を始めたアリスは、幸からエリシナを離せないと知って、そのまま診察を進めるが――。
「……アカルミハエイに燃やされたと聞いたが、目立った火傷や傷痕はないようだな。肌を残して、衣服の焦げ跡だけか――アリシド……君はまさか、エリシナを裸にするつもりだったんじゃないだろうな?」
「俺がやったんじゃない」
「そうだった……アカルミハエイ、お前の
「えー、あたしは殺すつもりだったのに、その子が『
「アカルミハエイを制御しただと……?」
エリシナを検分していたアリスが、目を細めて幸を見据えた。
その瞬間、幸は自然とアリスの表情を読み取ってしまう。
アリスから見えたのは――強い動揺と恐怖だった。
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