第10話 忌むべき戦い
がらんどうの町で知り合った男に連れられて、幸は民家らしき建物に入った。
空き家には、つい今しがたまで人が暮らしていたような、生活の痕跡がある。
いつでも家人とすれ違いそうな雰囲気はあるもの、男は「人はいない」と断言し、また男が言った通り、誰とすれ違うこともなかった。
先を歩いた男は、空き家の
壁に備え付けられた
暗がりの深い場所に続く階段を進めば、生活環境が整えられた広い部屋に辿りついた。
土を掘り起こした穴倉に、木造のプレハブ小屋を貼り付けているような、そんな部屋だった。
男が灯りを
小さかった蝋燭の灯りが、
「『
よほど驚いた顔をしていたらしい。
「『かき』、と言うんですか? 触ると熱いですよね?」
「いや、火の『ソ』を分解したあと、再構築し、全く新しい『イン』の力に変えているから、熱くはないよ」
「え……
「よくわからないが、君の国にはない技術なんだね。なかなか難しい魔術式だからね……この器は、高位の魔術師じゃなければ作れないしろものだよ」
魔術と聞いた時点で、幸は考えるのをやめた。
火の器は酸素を消耗していないようなので、幸の知る火とはまた別物なのだろう。考え始めたらキリがない。
幸は明るい部屋を見渡す。部屋がアーチ型の空洞で繋がっているので、最奥まですっきりと見渡せた。
一番手前の――かまどのようなものが設置された台所を抜けると、八人掛けテーブルだけが置かれた部屋があり、一番奥には寝室もある。
寝室にはベッドが四つあり、一○○㎡はあるその隠れ家は、家族の匂いがした。
幸からすれば立派な部屋だが、これが一般的な広さなのだろう。この世界に来て最初に見た男達は、かなりの大柄だった。狭い日本の住宅事情ではさぞ厳しいだろう。
別世界の生活というものに興味を持ち始めた幸は、男の動向を見張るどころか、部屋を散策し始める。
またそんな幸を男はまるで気にしない様子だった。
「よければ何か作るよ。もしかしたら君は、この祭が始まってから何も口にしていないんじゃないかい?」
「え……はい。有難うございます」
「いいのかい? 僕が食事に何か混ぜるかもしれないよ?」
不穏な言葉には動じず、幸は微笑する。
男は肩を竦めて、炊事場に向かった。
***
「――君は不思議な子だね。全てを見通すようなその目――なんだか怖いよ」
テーブルで素直に食事をとる幸に向けて、男が言った。
男が出したのは、芋のペーストのようなものに、
しかし、コーンスープほど甘くなくスパイシーで、味は甘いグリーンカレーに近い。
めずらしく味覚が刺激されて、幸は豪快に食事をかきこんだ。
幸の味覚に合う食事は珍しく――今までは義務としていた飲食が、なぜかむしょうに楽しく感じ、かつ体に沁み渡る気がした。
「ごちそうさまでした」
そして、満たされるという感覚を知った幸がスプーンを置いた時、男は唐突に話を振った。
「君はここで起きていることを知らないと言ったが……それは本当かい?」
男に睨むように見据えられて、幸に緊張が戻る。
幸は男の顔色をさりげなく見ながら話した。
「……はい。俺は何も知らないまま、ここに連れて来られたので……」
「それでよく無事だったね。今まで他の誰かに会ったりはしなかったのかい?」
「一度、武装した男の人達と遭遇して……武器をつきつけられたりはしましたが、つり目がちな女の人……すごく強い女の人が現れて、大混乱になって……その隙に逃げました」
「強い……女の人、ね」
「なんですか?」
「君は、本当に何も知らないんだよね?」
男の顔に少しだけ『疑惑』という文字が浮かんでいた。
だが、ほぼ本当のことなので、幸は頷く。
実際は、相手が勝手に動揺している隙に逃げたのだが。
「君には何から説明すればいいかな。何も知らないというのなら、最初から説明するが……今はこの国の――グインハルム国王の生誕祭中でね。世界の中核であるグインハルムの国王たっての願いで、『殺し合い』が催されているんだよ」
「国王さ……陛下? のお願いで、そんなことが……」
「ああ。戦争が好きなグインハルム王に戦争をさせないために、周辺諸国はこうやって彼のご機嫌取りをしているってわけだよ。だから僕たちは、さしずめ国のために送られた
幸は知らぬ間に息を止めていた。
魅力的な景品につられて集まった人間のことを考えるだけで、寒気が走る。
『殺し合い』と言っても、ただ人が争う場ではなかった。
さらに男は重たげに言った。
「だがね、この『殺し合い』は……残念ながら、勝者が決まっているようなものなんだ」
「どういうことですか? 勝者は大勢出るわけじゃないんですか?」
「実はこのグインハルムという国には、戦の女神と呼ばれる女がいるんだ。そいつはこういう残酷な戦いに駆り出されては、一人勝ちするんだよ。国王のために」
「国王のため……」
「そうだ。生誕祭というのは建前でね……国王は他国の代表を殺して、その脅威を知らしめるためにこの催しを開いているのさ。戦の女神を使ってね」
「そんな……じゃあ」
「だからこれは実質『殺し合い』なんかじゃなくて、女神からの処刑を待つ――ただの処刑場さ。そしてその女神は――おそらく君が出会った女だよ」
男は現実から意識をそらすように目を伏せる。
かたわら、処刑と聞いた時点で幸はもう声が出なかった。
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