第10話 忌むべき戦い



 がらんどうの町で知り合った男に連れられて、幸は民家らしき建物に入った。


 空き家には、つい今しがたまで人が暮らしていたような、生活の痕跡がある。

 いつでも家人とすれ違いそうな雰囲気はあるもの、男は「人はいない」と断言し、また男が言った通り、誰とすれ違うこともなかった。


 先を歩いた男は、空き家の炊事場キッチンに入ると、周囲を念入りに確認したあと、床と一体化した扉を持ち上げて、地下への通路を開いた。


 壁に備え付けられた蝋燭ろうそくに火をともし、幸は男にならって暗闇に身を投じる。

 

 暗がりの深い場所に続く階段を進めば、生活環境が整えられた広い部屋に辿りついた。


 土を掘り起こした穴倉に、木造のプレハブ小屋を貼り付けているような、そんな部屋だった。


 男が灯りを蝋燭ろうそくごと、大きな鍋のような器に落とすと、部屋じゅうが煌々こうこうと照らされた。


 小さかった蝋燭の灯りが、日中にっちゅうのような明るさに変わって、幸は眩しさに目を細める。


「『火器かき』が珍しいかい?」


 よほど驚いた顔をしていたらしい。火器あかりを凝視する幸に男が苦笑した。


「『かき』、と言うんですか? 触ると熱いですよね?」


「いや、火の『ソ』を分解したあと、再構築し、全く新しい『イン』の力に変えているから、熱くはないよ」


「え……ろうと酸素が結合して発生した反応を分解するんですか? ……今のほうが格段に熱量も大きいし……器に何か別の素材が仕込まれていて、それと別の燃焼反応が起きている……わけでもなさそうだ。……そもそもこちらの酸素は俺の知る分子構造なのか……?」


「よくわからないが、君の国にはない技術なんだね。なかなか難しい魔術式だからね……この器は、高位の魔術師じゃなければ作れないしろものだよ」


 魔術と聞いた時点で、幸は考えるのをやめた。


 火の器は酸素を消耗していないようなので、幸の知る火とはまた別物なのだろう。考え始めたらキリがない。


 幸は明るい部屋を見渡す。部屋がアーチ型の空洞で繋がっているので、最奥まですっきりと見渡せた。


 一番手前の――かまどのようなものが設置された台所を抜けると、八人掛けテーブルだけが置かれた部屋があり、一番奥には寝室もある。


 寝室にはベッドが四つあり、一○○㎡はあるその隠れ家は、家族の匂いがした。


 幸からすれば立派な部屋だが、これが一般的な広さなのだろう。この世界に来て最初に見た男達は、かなりの大柄だった。狭い日本の住宅事情ではさぞ厳しいだろう。


 別世界の生活というものに興味を持ち始めた幸は、男の動向を見張るどころか、部屋を散策し始める。


 またそんな幸を男はまるで気にしない様子だった。


「よければ何か作るよ。もしかしたら君は、この祭が始まってから何も口にしていないんじゃないかい?」


「え……はい。有難うございます」


「いいのかい? 僕が食事に何か混ぜるかもしれないよ?」


 不穏な言葉には動じず、幸は微笑する。


 男は肩を竦めて、炊事場に向かった。



***



「――君は不思議な子だね。全てを見通すようなその目――なんだか怖いよ」


 テーブルで素直に食事をとる幸に向けて、男が言った。


 男が出したのは、芋のペーストのようなものに、唐黍色とうきびいろ汁物スープを混ぜたものだった。


 しかし、コーンスープほど甘くなくスパイシーで、味は甘いグリーンカレーに近い。


 めずらしく味覚が刺激されて、幸は豪快に食事をかきこんだ。


 幸の味覚に合う食事は珍しく――今までは義務としていた飲食が、なぜかむしょうに楽しく感じ、かつ体に沁み渡る気がした。


「ごちそうさまでした」


 そして、満たされるという感覚を知った幸がスプーンを置いた時、男は唐突に話を振った。


「君はここで起きていることを知らないと言ったが……それは本当かい?」


 男に睨むように見据えられて、幸に緊張が戻る。


 幸は男の顔色をさりげなく見ながら話した。


「……はい。俺は何も知らないまま、ここに連れて来られたので……」


「それでよく無事だったね。今まで他の誰かに会ったりはしなかったのかい?」


「一度、武装した男の人達と遭遇して……武器をつきつけられたりはしましたが、つり目がちな女の人……すごく強い女の人が現れて、大混乱になって……その隙に逃げました」


「強い……女の人、ね」


「なんですか?」


「君は、本当に何も知らないんだよね?」


 男の顔に少しだけ『疑惑』という文字が浮かんでいた。


 だが、ほぼ本当のことなので、幸は頷く。


 実際は、相手が勝手に動揺している隙に逃げたのだが。


「君には何から説明すればいいかな。何も知らないというのなら、最初から説明するが……今はこの国の――グインハルム国王の生誕祭中でね。世界の中核であるグインハルムの国王たっての願いで、『殺し合い』が催されているんだよ」


「国王さ……陛下? のお願いで、そんなことが……」


「ああ。戦争が好きなグインハルム王に戦争をさせないために、周辺諸国はこうやって彼のご機嫌取りをしているってわけだよ。だから僕たちは、さしずめ国のために送られた生贄エサってところだね。各国から一人だけ代表を選んで『殺し合い』に参加させて――そして他国の代表を殺した分だけ、グインハルム王に願いを聞いてもらうことができるんだ」


 幸は知らぬ間に息を止めていた。


 魅力的な景品につられて集まった人間のことを考えるだけで、寒気が走る。


 『殺し合い』と言っても、ただ人が争う場ではなかった。


 さらに男は重たげに言った。


「だがね、この『殺し合い』は……残念ながら、勝者が決まっているようなものなんだ」


「どういうことですか? 勝者は大勢出るわけじゃないんですか?」


「実はこのグインハルムという国には、戦の女神と呼ばれる女がいるんだ。そいつはこういう残酷な戦いに駆り出されては、一人勝ちするんだよ。国王のために」


「国王のため……」


「そうだ。生誕祭というのは建前でね……国王は他国の代表を殺して、その脅威を知らしめるためにこの催しを開いているのさ。戦の女神を使ってね」


「そんな……じゃあ」


「だからこれは実質『殺し合い』なんかじゃなくて、女神からの処刑を待つ――ただの処刑場さ。そしてその女神は――おそらく君が出会った女だよ」


 男は現実から意識をそらすように目を伏せる。


 かたわら、処刑と聞いた時点で幸はもう声が出なかった。





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